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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
654/677

四百七十三時限目 ホワイトクリスマス


 夜から朝にかけて降り続いた雪は明け方に雨へと変わり、溶けずに残った雪の塊が視界をほんのり白く染めていた。


 道路状況が心配されていたけれど、ニュースを見る限り電車の遅延は起きておらず、平時通りの運行がされている。路面凍結もなさそうで、ほと胸を撫で下ろしたのが今朝のこと。


 ホワイトクリスマスになって嬉しい反面、折り畳み傘を鞄に忍ばせようか悩みどころだ。現在は止んでいる雨と雪も、午後に再び降る可能性は充分にある。


 ところによって雪が降る、と女性の天気予報士が語っていた。携帯端末で天気を調べても、同じような結果が表示される。


 ──これが血液型占いだったら放送局で違うのよね。


 因みに、本日の一位はかに座のアナタで、ラッキーカラーは紫色。


 クリスマスカラーとは大分異なる色を提示されたかに座のだれかさんは、紫色をどこに取り入れるのか。まあ、ラッキーカラーの効果なんてカレーに入れる隠し味程度しか効き目はないのだろうけど。


 電車を降りる人々の片手には、地味な色の傘が握られていた。


 社会人ともなれば、雨や雪で服を濡らしてしまうのは恥じだと思うのかしら。それとも、他人と違うことを極端に嫌がる日本人特有の性質が多少の汚れに対して潔癖にさせるのかもしれない。常識のなかに潜む『非常識』を排除しようと、人は傘を手に取るのかも。


「まさかね」


 すれ違う人々の目を盗み、苦笑した。普段の私では疑問にすらしないことを、どうしていまになって考えてしまうんだろう。それよりも考えなきゃいけないことが山のようにあるのに──佐竹はユウちゃんとどこまでいったのか、とか。


 改札機のタッチパネルに携帯端末を(かざ)して外に出ると、切符売り場からやや奥に、可憐な少女の姿があった。白のセーターに赤と紺色のチェックロングスカートを合わせ、首元には深緑のマフラーを巻いている。頭にはボンボンがついたチョコレート色のニット帽を被り、アンニュイな表情で雲を見つめていた。


「おはよう、ユウちゃん」


 声をかけると我に返ったように私を見て、朗らかに微笑んだ。


「おはよ、レンちゃん。メリークリスマス」


「うん、メリークリスマス」


 ──ユウちゃんはガーリーな服を選んでくると思っていたけど、想像以上に女の子してる!?


 私のコーディネートはというと、朱色のミディアム丈ダッフルに茶色のスカートを合わせている。インナーカラーの灰色はヒートテックの長袖シャツ。コートを脱いでもいいようにって考えて、これしか合うインナーがなかった。


「レンちゃんはいつも大人っぽい服装だね」


「そうかしら? あまり深く考えたことないわ」


 ──嘘だけど。


 ガーリッシュなユウちゃんの隣を歩くのだから、似たような服を選んでも意味がない。であれば、私はちょっとばかり背伸びをして、大人っぽいカジュアルな服装を選ぶよう心掛けていた。


 私たちが目指すショッピングモールは、ここからバスに乗って八分ほどの場所にある。


 まだ開店直後の時間帯だというのに、ショッピングモール行きのバスは混雑していた。子連れの親子、大学生風のカップル、私と同年代であろう子も、ヤンチャっぽい男子を連れている。


 勿論、このなかには純粋に買い物をしようと思っている人もいるのだろうけれど、こんな日にわざわざ買い物しにくるほど、私たちが向かうショッピングモールの商品は安いとは言えない。


 ショッピングモール内にあるバス停に駐まったバスが、次々に乗客を吐き出していく。私は窓際の席で、ユウちゃんが立ち上がらないと出られない。でも、ユウちゃんは俯いたまま、なかなか席を立とうとしなかった。


「どうかした?」


「最後に出ようと思って」


「そうなの……?」


 ユウちゃんにはそうしなければならない理由があるのだろう。ここがユウちゃんの地元に近い場所にあるから人目を気にしているのかもしれないわね、と勝手に結論を出して、私たちは最後尾に並んだ。


 広々としたショッピングモールには、私が知っているブランドの服屋や雑貨屋のほかに、訊いたことがない名前のブランドショップが並んでいる。然し、私が見にきたのは服でもなければアクセの類でもないので、無料のコーヒーを配布している珍しい商品を取り扱うショップのなかをぐるぐるしてから寝具を販売する店に向かった。


「寝具専門のお店って、私、初めてかもしれないわ」


 雑貨屋にある物珍しい枕を買おうと思っていたのだけれど、この店はオーダーメイドもできるみたいだ。枕ひとつにしても様々な種類があるとはいえ、枕のなかに入れる素材まで自分好みにカスタマイズできるのだから魅力的ではある。


「枕を一から手がけると、相当な値段するのね……」


「やっぱ、高校生には早かったかなあ」


「そうね。別の店を見てみましょう」


 そうして遠回りしながらやってきたのは、不思議の国のアリスでお馴染みのキャラクターの名前がついている雑貨屋だった。キッチンで使う便利グッズから化粧品まで揃えてある。


「ねえレンちゃん、これすごいよ! ゲルマニウムクッションだって」


 座りながら大はしゃぎしているユウちゃんが微笑ましく思っていると、ユウちゃんの奥にある棚に枕らしき商品を見つけた。


「低反発の枕、いいかも」


 後ろで楽しそうにゲルマクッションを満喫しているユウちゃんを横目に入れながら、見本品に触れてみた。突いた指が、もにゅう、と沈み、離すとゆっくり元の形に戻っていく。低反発というだけあって肌触りもよく、これがあれば何時間でも眠れそうだ。


「それにするの?」


 ユウちゃんの問いに、私は首肯した。


「うん。でも、まだ買わないでいいかな」


「なくなっちゃうよ?」


「枕なんてそう売れる商品じゃないわよ」


 在庫カードも残っているし、帰り際に寄って買えばいい。


 これで、楓のプレゼント選びはおしまいだ。


「さてユウちゃん、ここからは私たちの時間」


「へ?」


「せっかくショッピングモールにきて、枕買っておしまいじゃ釣り合わないでしょう?」


 むしろ、ここからが私の本番なのだから。



 

【修正報告】

・2021年7月11日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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