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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
651/677

四百七十時限目 白灰色


「気〜が〜く〜る〜う〜ちゃ〜う〜!」


 現役高校生が歌うには渋い選曲だ。話題のアーティストのヒット曲を歌うものとばかり思っていた私は、現代の若者を中心に流行っている曲を選ぼうとしていた。グッバイッ! とか、ドラゲナイとか、私以外私じゃないのは当たり前、みたいなやつ。──歌えないけど。


 私たちがこの部屋に来る前に歌っていた人の歌唱履歴には、お笑い芸人のコンビ名みたいなアーティスト名がずらりと並んでいて、「これはウケ狙いで付けたの?」と疑問を浮かべてしまうものが多い。中には、『Tシャツ屋』や『株式会社』など、初見では絶対に歌手・アーティストと見破れない名前がある。


 この『奇を衒ったバンド名ブーム』は、いつから巻き起こったんだろう、と考えているうちに、佐竹君の熱唱が終わった。採点結果は八十七店。微妙というか、中途半端というか、三点くらいおまけでつけてあげてもいいのに。


「やっぱりこのバンドの曲は元気出るよなあ、マジで」


 熱唱した佐竹君は「よっと」と発して座り、メロンソーダを一口飲んだ。メロンソーダの緑色が毒々しい。でも飲んじゃう。さくらんぼの砂糖漬けを乗せて出す店もあるけれど、私は別になくてもいい派だ。


「優梨の番だぞ?」


「ええっと……パスで」


「五回連続パスはねえわあ」


 私の前に置かれたデンモクを自分側に寄せて、「次はぜってえ歌えよ」と、佐竹君は疲れた顔で渋々番号を入れた。モニターに映像が映されて、重そうな腰を持ち上げた。


 マイクを握る手の小指が立ってるけれど、指摘しても癖になっていて直らない。いまも小指は高々と天井を指していた。


 さすがにこれ以上連続で歌わせるのは忍びないとは思うけれど、歌える曲というのが青春パンクだけなのがどうにもこうにも頂けない。


 まさか佐竹君の前で『馬鹿野郎!』と叫ぶわけにもいかないし、どうしましょうと悩んでいたら、履歴の中にボーカロイドの楽曲がいくつか残っていた。


 ボカロだったら歌えそうだけど、一応、佐竹君は恋人候補の一人である。恋人候補の前でボカロを選曲するのって、デート的にアウトなのでは? それに、歌えるとしてもしんみりするようなバラード調の曲しかないので、場を盛り下げること間違いない。然し、五回連続パスしている私にとって、場を盛り下げるとか今更感が否めないよねえ。


 歌が終わった。モニターに映し出されたタイトルを見て、佐竹君が首を傾げる。


「電子タバコ?」


 この曲が発表されたのはずっと昔……知らない人がこの曲のタイトルを見るとそういう反応になるんだ。などと微苦笑を浮かべながら目を閉じて、前奏のキラキラしたエレキギターに身を委ねる。


 ──どうせ歌うんだし、全力で歌ってやる。


 歌詞にはない高音域のハミング、それは、某歌い手さんの真似だけれど、私はこのアレンジがだいすきで、動画を見つけて初めて聴いたときは全身に鳥肌が立った。あの日受けた衝撃を再現するには、歌唱力が足りない。


 それでも、私は声を張り上げて歌う。


 歌詞の内容は、はっきりと言えないけれど、私が思うにこの曲は、自分の胸の内を伝えられずに恋心を忘れてしまいたい。でも、それができずにいる心境を歌にしたんだ、と勝手に解釈してる。本当のところは違うかもしれない。だとしても、解釈は聴いた人に委ねられるべきであって、自分の解釈をだれかに強要するものではないでしょ。 


 気づかないうちに大人になったら、自然と綺麗な嘘を口にできる日もくるでしょう。それでも消えない心の傷は、どこにも溶けてくれないのに──。


 メロディアスなBメロから、激情感溢れるサビへ。


 短いサビの歌詞を、伴奏が広げてくれる。


 ──ああ、なんだか泣きたい気分だなあ。


 歌い終わって佐竹君をちらと見ると、茶色掛かった黒の瞳から一筋の涙が落ちた。──え、ええっ!?


「くそ、電子タバコの曲じゃねえじゃんか」


「当たり前じゃん……」


「つうか、こんなに上手いなんて訊いてねえんだけど!? 声帯どうなってんだよ、ガチで」


 どう、と言われましても……。「普通だよ」と返す以外にどんな言葉を返せばいいの? だけどそれって、『いい天気ですね』の問いに『そうですね』って返答するみたいだし、なんか嫌だ。


 点数が表示される──七十四点。


 歌詞にないハミングなんて入れるから、こういう悲惨な点数になるんだ。


「そんなによかった?」


 質問に質問で返すと、佐竹君は頭をぶんぶん振って答えた。


「割と普通に、ガチでやばかった」


「それ、褒められてる気がしないよ」


「なあ、もう一曲! いいだろ?」


 人差し指を立てて懇願する。


「じゃあ、佐竹君も知ってるはずの、あのゲームから選ぼうかな」


「いや待て。〝デデッデン!〟のゲームには若干のトラウマが」


 ──問答無用。





 * * *





 四時間プランも残り一時間を切った。


 テーブルの上には佐竹君が注文したフライドポテトの空皿と、氷が溶けて汗をかいたグラスが二つ並んでいる。


 いつの間にか私の隣にちゃっかり座っている佐竹君は、精根尽き果てた様子でソファーに背中を押し付けて脱力。背凭れの上に頭を乗せ、天井を見ながら「もう歌えねえ」と呟いた。私が五曲、佐竹君が十三曲。疲れるのもわけない。


「飲み物取ってこようか?」


「悪いな。ガチゴールド頼む」


「はーい」


 返事をして、重たいドアを開く。


 ドリンクバーのサーバーがあるのは、受付の手前。私たちがいる部屋からだとちょっと遠いけれど、面倒な距離でもない。くの字階段を降りて直ぐだ。


 自分のグラスにマテ茶、佐竹君のグラスにガチゴールドを注いで部屋に戻ると、テーブルの上に緑色の包み紙で包んだ小さな箱が、私の座る席の前に置いてあった。


「佐竹君、その箱は?」


「クリプレ」


「私に?」


「ああ」


 ドリンクを適当な場所に置き、佐竹君が置いた小さな箱を手に取った。


 ──軽い。


 重さを感じさせない小さな箱の見た目は、指輪ケースが包まれていそうな形をしている。でも、平時金欠の佐竹君が指輪なんて高価なプレゼントを買えるはずはない。


「開けていい?」


 佐竹君は無言で頷く。


 包装紙を破かないよう丁寧に開けると、白灰色の指輪ケースが中から現れた。



 

【修正報告】

・報告無し。

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