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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六十七時限目 ヘッドホンを求めて


 ハンズに入店した私たちは、一階を素通りしてエレベータに乗り込んだ。


「さーせん、七階お願いシャス」


 ボタンパネルの前にいるサラリーマン風の男性に佐竹君が臆面もなくお願いすると、サラリーマン風の男は無言で七階のボタンを押した。


 私たち梅高生が冬休み一番乗りかと思っていたけれど、同席したエレベータのなかには同年代かと思われる男女の姿がある。


 隣にいるのは大学生風の男性で、コロンの匂いがきつい。それでもこのエレベータに乗っている人々は顔を顰めたりしないので、日本人の忍耐力が如何に美徳だと教育されているのが見て取れた。


 エレベータは二、三、四階と各フロアに止まり、四階のフロアで五人が降りた。最近あまり話題にならなくなったDIY──Do it yourselfの頭文字を取った略称──だけれど、その魅力に取り憑かれた人々はコツコツと作品を作り上げているようだ。


「DIYって難しそうだよな」


「佐竹君は工作苦手だもんね」


 梅高の選択授業で木工があり、佐竹君率いる佐竹軍団の男子諸君はこぞってこの木工の授業を選んた。


 木の板を〈のみ〉という道具で削りお皿を作るという授業で、佐竹君が作り上げた物はお世辞にも褒められた代物ではなく、よく言えば個性的、悪く言えば歪な形をしていた。


「苦手なのにどうして木工を選んだの?」


「勉強より楽だと思って」


 予想通りの回答で苦笑いしている間に、エレベータが七階に止まった。





 エレベータを出て直ぐにあるフロアガイドに目を通す。七階にある商品は主に雑貨類が占めている。購入予定のヘッドホンは、携帯端末アクセサリー、またはモバイルオーディオアクセサリー辺りにあるはずだ。


 訪れた売り場を真剣な表情で隈なく探し始めた佐竹君は、三桁値段の格安イヤホンをじいと見つめて、


「やっぱりオーテク安定か?」


「探しにきたのはヘッドホンじゃなかったっけ?」


「まあ、そうなんだけどよ」


 三桁値段のイヤホンに手を伸ばそうとして、引っ込める。


「予算はいくら?」


 訊ねると、(おもむろ)にコートのポケットから長財布を取り出して中身を確認し始めた。無言でお札の枚数を数えて、


「三千、四千円以内で選ぼうかと」


 だからといって三桁値段のイヤホンに変更するつもりだったのか、この男は。プレゼントすると一度決めたら、腹を括って三、四千円のヘッドホンを選びなさいよ。往生際が悪い。──それに。


「ワイヤレスヘッドホンなら最低でも五千円は出さなきゃ」


 音に実体はないので、『耳を塞げて音が出る』だけでいいと考えるならばそれ以下の値段でも問題はない。


 だけど、最低限の機能を搭載した物を選ぶとなると、五千円札を握り締める必要がある。


 専門的な知識を持ち合わせていない(いっ)(かい)の高校生が選べる範囲は、お小遣いやお年玉、バイト代で買える相応な値段のヘッドホンが妥当だ。


 ──なんて発言は、あまりにも優梨(わたし)らしくないよね。


 と呑み下し、代わりにといってはなんだけど、四,八〇〇円のラベルが貼られた黒のワイヤレスヘッドホンを手に取って佐竹君に渡した。


「こういうのでどう?」


 税込価格、五二八〇円──。


「悪くねえけど予算が……出せても四〇〇〇円ちょい超えるくらいがラインだ」


「税抜き価格で三八〇〇円が限度ってこと?」


「そうだな」


 ──思っていたよりもヘッドホン選びに時間がかかりそうね。


 二人で楓ちゃんに渡すヘッドホンを探していたはずだったのに、ふと気がつけば佐竹君は理化学用品コーナーをふらふらしていた。


 試験管やビーカーなど、理科の実験では定番な品々が棚に並んでいて、佐竹君の目が新しいオモチャを与えられた少年みたいになっている。


「佐竹君。ヘッドホン選びはどうなったの?」


「ちょっと休憩だって。おいなあ、これ見ろよ。ビーカーだぜ?」


 そんなにテンション──佐竹君でいうところのバイブス──が上がる物でもなさそうだけど、と思いつつも指定されたビーカーを見る。 


「これでコーヒーを淹れる理系女子(リケジョ)って本当にいると思うか?」


 私は頭を振った。


「研究室でコーヒーつったらこれだけど、実際にそんなことするはずねえよな」


 調べれば、ビーカーを使って珈琲を淹れる研究者はいるかもしれない。そして、思春期に起こる特異な現象についてあれこれ悩むブタ野郎な友人に助言する理系女子もいたりするのだろう。


 世界は狭いと相場が決まっているが、人間の趣味趣向は宇宙のように広い。であればこそ、ビーカーを無断使用して珈琲を淹れる研究者も存在する可能性はある。


 私のなかで結論が出たところで、


「それよりもヘッドホン選ぼうよ。遊ぶのは目的を果たしてからでもいいでしょ?」


 そういうと、佐竹君は自慢げに鼻を伸ばした。


「ヘッドホンならもう選んだぜ」


 佐竹君は私が真剣にヘッドホンを眺めている最中に、「これだ」と思う表品を見つけていたようだ。で、その商品はというと、私が最初に「これはどう?」と見つけたやつの色違いである。──予算オーバーだって否定したのに。


「白にしたのはどうして?」


「楓は腹黒だからな。ヘッドホンくらい白くてもいいだろ?」


 ──ひどい言い草だなあ。


 理由がどうであれ、楓ちゃんが佐竹君の選んだヘッドホンを着けてる場面を想像した私は、『楓ちゃんはどんな色でも似合うなあ』と羨ましく思った。


 ヘッドホンを購入し、プレゼント包装まで終わった。


 外に出てすぐに、


「なにか食いにいこうぜ」


 お腹を摩りながら言った佐竹君は、よほど空腹のご様子で。


 腕時計を見ると、時計の針が天辺を指していた。


 午前中の行動を、ハンズ散策に費やしたらしい。


 なるほど、これがハンズマジックか!


 ハンドマジックとハンズをかけた寒々しい駄洒落は、私の脳中でのみ披露された。門外不出。墓場まで持っていく覚悟だ。


「佐竹君はなにが食べたい?」


「寒い日はラーメンだな、ガチで! ──あ、いや、別にラーメンじゃなくてもいいんだ。せっかくのデートだしな。もっとこう、小洒落たファミレスでも」


 それをいうなら『小洒落たレストラン』だけど、ファミレスって言っちゃってるし。


 ファミリー向けのファミレスに小洒落た雰囲気もないのだけれど、いまのいままでデートだということを失念していたんだろうねえ。


「フフッ。いいよ、ラーメン食べにいこ?」


「優梨がそこまで言うなら、そうすっか!」


 そうして、佐竹君に手を引かれてやってきたのは味噌ラーメンの名店である。美味しそうだし、別にいいんだけどさ? ──もういいや、佐竹君だし。



 

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