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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六十六時限目 クリスマスイブ


 十二月二十四日、クリスマスイブ──。


 今日がクリスマスイブだと実感したのは、テレビに映るお天気お姉さんのサンタコスを見てからだった。どうして女性用のサンタクロースコスチュームは、半袖、ミニスカ、と決まっているのだろう。


 長袖にロングスカートでも可愛いと思うのだけれど、世間がそれを許してはくれないらしい。スカートからちらと見える絶対領域を神聖化する一昔前のオタクじゃないんだからと思いつつ、焼き過ぎたトーストを頬張る。


 お天気お姉さんのコラムコーナーで、『クリスマスイブの〝イブ〟とはなんでしょう?』とスタジオに訊ね、その場に居合わせたピエロのようなメイクをした芸人の男が「エボリューション!」と叫んだ。


 たしかにエボリューションのスペルはevolutionで、イブと呼べなくもない。寧ろ、このためだけに彼はスタジオに呼ばれたのではないか? とすら思えた。正解は『イブニング』の略らしい。以上、お天気コーナーでした。


 肝心な天気予報が全く頭に入らず、僕は手元に置いてあった携帯端末で天候を確認する。へえ、夜は雪の予報か。明日はホワイトクリスマスになるかもしれない。


 待ち合わせ時刻までの余暇に、僕はなにをするべきだろうと考えていた。


 メイクや衣選びは言わずもがなだけれど、肝心なのは気構えだろう。 


 女装をすることに慣れて、女装している自分にも慣れてしまった僕だから、ときたまに素が出てしまうことがある。琴美師匠からあれだけ注意されていたのに、いつから油断してしまったのだろか。


 テレビの電源を切った。


 途端に静けさを取り戻した室内に、エアコンと、冷蔵庫の製氷機が氷を作る音、壁掛け時計の秒針がこちこちと時を刻む音が寂々と鳴る。散歩している犬がなにかに吠えて、お向かいさんの駐車場からBMWが発進した。今日はいつもより遅い出勤のようで。


「一応、お風呂に入っておこうかな」心の中で呟いた。





 * * *





 八時四十五分発、急行池袋行きの電車に乗り込んだ。


 別に今日のために買ったわけじゃないけれど、新しいトートバッグは心が弾む。表面を撫でると肌触りがいいふわっとした感触が手に馴染み、衝動的に顔を埋めたくなる。この生地で枕を作ったら、人間は堕落の一途を辿るに違いない。しかし、今日の相手は佐竹君で、枕選びは明日だ。


 待ち合わせ時刻よりも三〇分早く池袋駅に到着した私は、先に自分の用事を済ませてしまおうと、目的の店を目指して構内を歩く。


 世間はクリスマスムード一色でも、社会人にとってのクリスマスは戦場だ。


 暢気でいられるのは私たちのような学生だけで、企業戦士たちは過酷な二日間を乗り切るべく、鞄の中にファイト一発なエナジードリンクを忍ばせているに違いない。


 目的の店が近づくにつれて、様々な香りが混じり合った異様な匂いが強くなる。そうそう、この店がどこにあるのかは匂いの発信源を辿ればいい。人によって感想は異なるけれど、私は嫌いじゃない。だが然し、ずっと嗅いでいたいか? と問われると、さすがにそこまでとはいかないけどね。


 駅ナカの一角に設けられた限られたスペースに、その店はある。こぢんまりした店内は目測で六畳ほどしかないが、外壁にも棚を設けることで充分な販売スペースを確保していた。


 商品棚には極彩色でド派手な石鹸が並べられ、見ているだけで目がチカチカしそう。香りの効果も相俟って、油断したら意識を持っていかれかねない。


 店内奥にあるレジカウンターに一人、ホール番は二人の三人体制で、店員は女性のみ。


 三人という少ない人数でクリスマスプレゼントを所望する何百人もの客を相手にするのかと思うと、目が回りそうだ。


 開店すぐにきてよかった。これがもし帰りに寄るとしていたら、長蛇の列に参加しなければならなかったかも──そう思うとぞっとしない。


 触ってみませんかー? の実演販売を微苦笑でやんわりと断って、奥にあるキャンドルコーナーに移動した。


 当店おすすめのポップが貼られていたのは、その日の気分に合わせて使い分けられる十二個セット販売の商品だった。値段を見て目が点になった……いいお値段する。でも、ここで出し渋るのは普段から様々な場面でお金を出して貰っている身として不義理だよねえ、と自分の貧乏性を堪え、その商品をレジに運んだ。


 多分、他人に渡すプレゼントでは一番高い買い物だったと思う。


 ──だとしても、後悔はない。


 佐竹君との待ち合わせ場所に向かう道中、自分に言い訊かせながら歩いた。楓ちゃんに渡す物がアロマキャンドルでよかったのかは、考えないことにして。





 * * *





 いけふくろう前には既に佐竹君の姿があって、私は急いできたことをアピールするために小走りで駆け寄った。これで、「ごめーん、待った?」の下りが成立するね! 我ながら計算高くも古典的な手法を使うものだ。


「おせえよ」


「え?」


 予想と反する反応に、一瞬だけ体が固まった。


 あれ?


 あれれ?


 ここは「いまきたばかりだ」じゃないの? おっかしいなあ……。


「ごめんなさい……」


 しょげしょげと顔を俯かせる私の頭に、佐竹君の大きくてごつごつした手が乗せられた。


「冗談だ、俺も今し方到着したばかりだしな。マジで」


 ははは、と笑う。


「ぐぬう、佐竹君に一本取られるなんて不覚の極み……」


 えい、と佐竹君のお腹を突いてドメスティックな彼女を演じる。


 私の右手の人差し指は佐竹君の着ているローアンバーのトレンチコートによって阻まれた結果、佐竹が痛がる様子もなく、二重に悔しい思いをさせられてしまった。


「佐竹君のくせに生意気だー」


 暴力系ヒロインの人気が低迷し、見る影もなくなった昨今のラノベ、アニメ市場に私が一石を投じてもよかったけれど、理不尽な暴力は見ていて気持ちがいいものでもないわけで。まあ、後ほど虚を衝いて痛がらせようとは思う。──膝カックンとかして。



 

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