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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六十三時限目 くるまたにラーメン、再び


 僕は佐竹の案内で、とある喫茶店を目指していた。


 新・梅ノ原駅から徒歩で八〜一〇分弱の場所にあるらしいその喫茶店名を訊いて、佐竹の頭はついにここまでバグってしまったんだと悲しい気持ちになったのだが、そうではないらしい。


 店名に〈ラーメン〉が付いた喫茶店なんて津々浦々にある喫茶店、並びに、ラーメン屋に対する冒涜だ。軽快に先をいく佐竹とは裏腹に、僕の足取りは重い。


 くるまたにラーメンの中に入ると、風除室に券売機が置いてあった。


 どこからどう見たとてラーメン屋のそれである。佐竹の異様に詳しい説明に困惑しがらもブレンドのボタンを押した。いや、別に大盛りはしなくていいんだよ。味もそこまで期待できそうにないしなあ。


「今日は俺が奢るからすきな飲み物を頼んでくれ」


 張り切る佐竹をうざったく思いつつも適当な席に座った。


 いろいろと店にツッコミたいところではあるが、それは置いておくとして。


「職員室でなにをしてたのさ」


 佐竹が教室に戻ってきたのは、月ノ宮さんが教室を出て十五分後のことだった。


 三木原先生に説教をされていたのは知るところだが、それにしたって長過ぎる。なんなら「職員室で三木原先生と一服していた」と言われても疑わないだろう。人を待たせている身分で暢気に構えやがって、と怒りは込み上げてくるが。


「そりゃあ説教だぞ。それと宿題のプリントを……」


「三木原先生の隣でやらされてたってわけか」


 それならば時間がかかってもしょうがない。


 寧ろ、佐竹の割には早く仕上げたほうだ。職員室という不慣れな場所でも、隣に教職員がいれば気軽に質問もできるだろう。緊張感も相俟って、いつも以上に集中力が高まっていたと推測できる。


「おかげで今日の宿題も終わったぜ!」


「それはようござんした」


 暫くすると、屈強な男がブレンドとオレンジソーダを運んできた。ウサギの刺繍が入ったエプロンがとてもアンバランスに見えて仕方がないのだけれど、とても指摘できそうにない威圧感である。


 ビクビクしながらも謝意を伝えると、男は野太い声で「ごゆっくり」と言い残し、厨房の奥で週刊誌を広げた。真っ黒な表紙に赤文字で、『新・(かぶら)()組と(さん)(のう)()(ばた)会が全面戦争に!? 激化する抗争の裏側に迫る』という見出しが書いてあるのが読めた。


 アンダーグラウンド系を特集する週刊誌〈闇箱(パンドラ)〉は、極道以外にも、政治家の汚職、芸能人の黒い噂など、一般人が普通に生活する上でまず無関係だろうと思われる内容を掲載する、言うなれば『攻めた週刊誌』だ。名前も攻めているしなあ。週刊誌なのに名前が闇『箱』だし、パンドラ(=パンドーラ)は人名であって箱その物の名前ではないんだけどねえ……。


 まるで厨二病を拗らせてしまった中学生が『キレると記憶がなくなって相手をボコボコにしていた』と、記憶がないにも拘らず鮮明に内容を把握しているツイートを見てしまったときの痛々しさを感じて止まないネーミングセンスである。


「あの人はいったい……?」


「この店のマスターだ」


「マジかよ」


 あまりのミスマッチ感に僕の語彙力が佐竹る。あの見た目で喫茶店の主人(マスター)だと……? イアンクック程度のモンスターであれば素手でも()()そうな体躯だぞ。いいや、ラージャンとも互角に張り合えるかもしれない。是非ともモンハンの世界に転生して、そこで喫茶店を開業してほしい。ハンター側じゃないのかよ。


 舎弟という名のお供がいそうな店主に(ろう)(ばい)しながらも、テーブルに置かれたブレンドを一口飲んだ──あれ? 割と本格的な味で美味しいぞ。照史さんより腕は劣るものの、酸味の中に甘みがあって奥深い味わいだ。 


「驚いただろ、マジで」


「うん」


「俺もこの店に初めてきたときは驚いたわ」


 ああ、珈琲の味ではなくてそっちの話だったか。


「ココアがないのが残念だけどなあ……」


 だからソーダを注文していたのか、と合点がいった。


 佐竹はコーヒーが苦手というわけではないが、基本的にジュース類をこのむ。ダンデライオンでココアを注文する理由は、ダンデライオンの濃いココアが割と普通にガチでお気に入りらしい。


 糖分の過剰摂取は体に毒だぞと、チョコレート菓子を開封したら止まらない僕に言われたくないだろうな。


 店内で流れる演歌に耳を傾けながらブレンドを味わっていると、珈琲が日本発祥の飲み物に思えてくるから不思議だ。無論、珈琲の発祥地が日本じゃないことくらい知っている。けれども、演歌と珈琲の相乗効果で〈お洒落な和の飲み物〉のような感覚に近くなっていた。


 ──それにしてもコテコテな曲だな。


 ビブラスラップの、カーッ、という高音にキーボードとヴァイオリンが、デデンッ、と応えるオーソドックスな伴奏で、男性歌手が抉り込むようなこぶしを効かせて歌う。


 トップオブ演歌のサブちゃんずきである僕としては、少々粘っこくて(くど)い印象を受けた。演歌というよりも艶歌だなと結論に至ったが、それでもまあ悪い曲ではないと思う……多分。


 曲が二番のサビに突入し、歌い手の男が唸りを上げる。さあ、恋を諦めた男はこれからどうするのか? と気になり始めたこの頃、佐竹が沈黙を破った。


「プレゼントの購入場所は池袋ハンズでいいんだよな?」


「いいよ」


「優志もハンズでアロマキャンドルを買うつもりか?」


 いいや、と頭を振る。


「石鹸の専門店あるじゃん? そこで買おうかなって」


 池袋の駅ナカにあるし、佐竹と合流する前に購入してしまおうと算段を立てた。


 それからはとんとん拍子に話が進み、気がつけばブレンドを飲み終えていた。空になったカップを持ち上げて下ろした僕に、「お代わり頼むか?」と訊ねる佐竹。


「いや、そろそろ帰るよ」


「え? あ、おおう……」


「まだなにかあるの?」


 歯切れが悪い佐竹を訝るように見る。すると、観念したかのように息を吐き出した。


「あのさ」


「やだ」


「まだなにも言ってねえだろ!?」


「きーきーたーくーなーいー」


 言わなくてもわかるのが、佐竹の「あのさ」である。これまでどれだけの「あのさ」を訊いて、面倒事を押し付けられたかわからない。自分の気持ちに決着を付けようと考えている矢先にクリスマスの件が重なっている現状で、僕の内部メモリに別件を引き受ける容量はなかった。


「今回の〝あのさ〟はそういうのじゃねえんだよ、マジで!」


「それじゃあどういった用件の〝あのさ〟なのさ!」


「それはだな……もしサンタクロースがいるとして、優志はどんなプレゼントを強請るのか訊きたかったんだよ!」


 ──サンタクロースが、なんだって?


 もしもなにも、サンタクロースは実在する。


 たしか日本にもサンタクロースの資格を持つ男性が一人いたはずだ。だが、そのサンタクロースは〈資格〉であって、天を駆ける異能を持つトナカイは飼育していないし、夜な夜な煙突から人様の家に忍び込んで枕元にプレゼントを置いていくような奇人でもない。どちらかといえばイベントに呼ばれて、ホホウッ! と言いながら配布用のお菓子を配るくらいだろう。


 そんな豆知識を披露した僕に佐竹は呆れ顔になって、


「この状況でその雑学は要らねえよ、普通に」


 苦笑いを頬に湛えながら苦言を呈した。



 

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