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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六十一時限目 当たり前にはしておけない


 注文したパフェが僕らテーブル席に運ばれてきた。


 メニュー表には『写真はイメージです』と注釈がされていたけれど、実際に運ばれてきたパフェは想像していた物とは異なる代物で、僕らはテーブルの中央に置かれたパフェ(それ)を暫く傍観していた。


 通常のパフェが三五〇ミリリットルの容器に収容できるサイズだと仮定して、それの二倍と考えると、単純計算で七〇〇ミリリットル。この数値は居酒屋などで使用される大ジョッキの平均的サイズとほぼ同等である。


 だが、飲み物と違ってパフェは物質だ。


 話は変わるが、盛り髪というヘアスタイルが流行した時代があった。どれだけ煌びやかに〝髪の毛を盛る〟かで競い合う、言わばチキンレースのような勝負を都会に住むアゲアゲ女子は行なっていた──本当に競い合っていたのかは不明である──のだが、運ばれてきたパフェはまるで盛り髪を象徴とするような盛り具合だ。


 最下層から、チョコソース、コーンフレーク、バニラアイス、ラズベリーソース、コーンフレーク、生クリームが段々と層になっていて、最上部のラズベリーソースがかけてある生クリームには、カットしたイチゴ、ミカン、キウイフルーツ、棒状のチョコレート菓子二本、バニラウエハース、シロップ漬けのさくらんぼが乗っかっている。


 お値段にして税込一五〇〇円が安いのか高いのかはこの際不問として、ファミレスでこのレベルのパフェが提供されるとは。どうせ見掛け倒しの『なんちゃってパフェ』が出てくるとばかり思っていたせいで、僕と天野さんは虚を衝かれてしまった。パフェの高さはガラス容器から五センチほどはみ出している。


「ねえ、優志君。私、頑張って食べるから」


 それは死亡ならぬ脂肪フラグか!? 大分失礼だな。


「大丈夫、僕の胃袋は宇宙だ」


 これは胃潰瘍フラグだ! このネタがわかる人はいなそうだな。


 責任感が強い天野さんのことだから、実物を前にして『絶対に完食してやる』と決心を固めたようだ。「紅茶を淹れてくるわね」と席を立つ天野さん。これまで様々なケーキを一緒に食べてきたんだぜ? って、僕はドリンクバーでティーパックを選んでいる少女の背中に不敵な笑みを送った。──さすがにこのサイズは厳しいかもです、姐さん。


 紅茶の準備はばっちりだ。いざ尋常に実食! と踏み切れない僕ら。どちらが先に手をつけるかを牽制し合い、双方、出方を窺っている。こういうのをゲーム用語で『お見合い』と言ったりするんだけど、この状況下でその単語を使うのは危険過ぎる。なんというか、変に意識しちゃって殊更に手が出ない。


「天野さん、ここは〝いっせーの〟で同時にいこうじゃないか」


「そうね。それじゃあ……」


「いっ」


「せえ」


 ──の! で、僕と天野さんのスプーンが同じタイミングで生クリームの山を貫いた。


 ここから約一時間半、僕らの甘い時間が続く。





 年間を通して生クリームを食べられる量が決まっているとしたら、おそらく僕らはその限界値を軽く超えただろう。更に向こうへ、プラスウルトラの精神だ。吐き気がきたッ! それを我慢している僕と案外余裕そうな表情で紅茶を飲んでいる天野さん。


 やはり女子は〈第二の胃袋〉を持っているらしい。そんな彼女のヒーロー名は〈ダブルストマック〉でいいですかね? 命名が『ハゲマント』くらい適当過ぎる。


「顔色が悪いけど、大丈夫?」


「いやなに、これくらい……」


 どうってことないさと格好つけようとしたのだが、いますぐにでも横になりたい気分だった。市販藥の注意書きに『用法用量を守り、正しくお飲みください』と記してあるけれど、生クリームにもその一文を書いておくべきだろう。美味しいからって沢山食べると痛い目を見るぞってさ。


「本当に大丈夫? 今日はもう帰る?」


「大丈夫だって。──リアルガチで」


 佐竹用語の使い方は、語尾に『マジ』、『ガチ』を付けるのが基礎である。そこに『割と』、『普通に』を追加するのが中級。そして、それらを超越し、ここが決めどきだってときに使うのが『リアル』。とどのつまり、佐竹語は最終的に現実(リアル)へと回帰するのだ。


 などと、(すこぶ)るどうでもいい解説を交えるくらいには体調も回復してきた頃、天野さんが重たい口を開いた。


「大分顔色も戻ってきたみたいだし、クリスマスの打ち合わせをしてもいいかしら?」


 うん、僕は頷く。


「打ち合わせといってもそう難しい話ではないのだけれど。そうね、当日の待ち合わせ場所とか、詳細を決めてしまいたいの」


「その前に一つ確認しておきたいんだけど」


「なに?」


 天野さんは紅茶を飲もうとしたその手を宙で留め、首を傾げる。


「優梨の姿でいくのは構わないんだ。ただ、その。クリスマスという特別な日を、友だちのプレゼント選びの日に使っていいのかなって。天野さんの友だちや家族と共に過ごすとかあるでしょ?」


「そうね」


 と、天野さんは穏やかに笑う。


「私にとって泉たちは大切だし、奏翔だって大切。でも、クリスマスは特別だから、特別だって思う人と過ごしたいの。それにね? クリスマスは実質二日間あるわけで、問題ない──いいえ」


 そうじゃないわね、頭を振る。


「私は二十五日にデートする権利を得た。その内容が楓にあげるプレゼント選びだったとしも、私にとってはデートなの。だからだれにも邪魔されたくないのよ……我儘かしら?」


 天野さんの覚悟をいまになって思い知ったような気がした。そこまでして僕のことを特別に思ってくれているなんて、心がほんわり温かくなった。


 僕はいつも、自分は特別な人間などではなく、ただの凡人だと認識したいた。それはずっと脳裏にあって、だれかの特別にはなり得ないだろうと高を括っていたのだ。いいや、諦めていたってほうがしっくりくる表現だろう。優しさと強引さを以て僕の内側にある氷を溶かしてくれた天野さんには、感謝しても足りないくらい感謝している。


 異性の優しさに触れたのも、天野さんが初めてだった。


「我儘なんかじゃないよ」


 そう、我儘なんかではない。それが『当たり前』なのだ。


 僕はその当たり前を、ただの当たり前としておくわけにはいかない。



 

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