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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百六〇時限目 特別メニューはお二人様で


「ここ最近の冷え込みのせいか、梅高全体で欠席者が続出しています。みなさんも風邪には充分注意してくださいねー」


 出席簿で肩を叩きながら気怠そうな顔をして教室にやってきた我らが担任の三木原商事こと三木原章治は、今日も今日とて出勤時にやる気を道端にでも落としてきたのかってくらいアンニョイな雰囲気を醸し出していた。


 普通、学校からの緊急連絡はもうちょっと厳かにというか、凄惨な事件を読み上げるニュースキャスターよろしくに、淡々粛々と伝えるべきではないだろうか。然し、三木原先生はどんなときも自分らしく、正々堂々と怠そうな気分を隠さない教師なのである。正々堂々の使い方はこうじゃなかったような。まあいいや。


 まるで危機感のない言葉に、僕らは唖然とするばかりだった。もし家庭科実習室で火災が発生して逃げなければならない状況に陥ったとしても、脱力系教師である三木原先生のエマージェンシーコールでは、最後まで「どうせ訓練だろ?」と認識を改めない生徒しかいなそうだと疑うほどに緊迫感がない。


 この人は緊張という感情を知らないんじゃないか、と僕は思った。その線で一考すると、どれだけ他人を愛しても三分の一も伝わらなそうでもある。愛しさも、切なさも、心強ささえ三木原先生からは感じないとなると、いよいよもって三木原先生の人となりがわからなくなった。


「つうかこれってマジでヤバみじゃん?」

「ねー。クリスマス前だってのに」

「つうかウチらカレシいないっしょ?」

「それ言うなしー」

「つうか今年も一緒にサミシガリマスするしかなくね?」

「ガチでそれなー。女二人でカナシミマスだわー」


 近くの席に座るギャルっぽいアゲポヨな二人が、ホームルームが終わると同時に近場にいる男子にアピーる。この場合の『近くにいる男子』とは漏れなく佐竹のことなのだが、当の本人は訊こえないふりを貫き通している。その様子を羨ましそうに、遠くから眺める宇治原君に多少の同情の念を抱いた。どんまい。


 日本語教育の敗北を目の当たりにした僕は、英語教育にシフトすべく教科書とノートを取り出した。一限から英語なんて幸先悪いスタートだなあ、と不満を抱きつつ教科書をパラパラ捲り、目に留まったジョニーとメアリーとタロウ・タナカの例文に目を通していた。


 タロウ・タナカがアメリカ人のジョニーとメアリーに京都案内しているシーンだ。メアリーが「あの城が金閣寺ですか?」とタロウ・タナカに質問をし、タロウ・タナカが「そうです。正式名称は鹿苑寺と言います」と答える。


 ジョニーは日本マニアのようで、「鹿苑寺には北山殿や北山第という呼び方もありマース」と補足していた。このジョニー、カードゲームでトゥーンデッキを使ってそうである。まあ、それは読み手のさじ加減なのだが。


 英語で学ぶ京都の歴史に、もやっとした感情を抱いていると、電源を切り忘れていた携帯端末が振動した。授業が始まる前でよかったと思いながらも慌てて鞄から取り出す。


 画面には『天野恋莉』の名前が表示されていた。ちらと天野さんを見遣ると、天野さんは携帯端末を片手に持ち、空いている手の人差し指で携帯端末の頭を叩く。英語教師がくるまでそう長くはないが、二、三通のやり取りは可能であると確信して僕にメッセージを送信したようだ。だが、二、三通で終わる内容かは読んでみないとわからない。


『放課後、時間あるかしら』


 もう一度、天野さん本人を見る。天野さんは携帯端末を握ったまま、教員がやってくるドアを見つめていた。背中で『早く返信しろ』って語るとは、さすがは天野さんだ。なにがさすがなのかは僕もよくわからないけど、いい女は背中で語るって言うしな。言うのか?


 今日の放課後は特に用事はない。というか、ほぼ毎日のように放課後は用事がない。


 佐竹みたいに軍団員たちとカラオケにいくでもなく、月ノ宮さんのように……月ノ宮さんって放課後はなにをしてるのだろう? 天野さん関連の情報収拾とか、天野さん関連のえげつない内容のあれやそれとか? ファンクラブの面々を撒くのは大変そうですね。


「特に用事はないよ」って送信すること数十秒後、『クリスマスの打ち合わせをしたいからファミレスで待ち合わせね』と返ってきた。こういう話し合いの場を設ける際はいつもダンデライオンだったけれど、二人きりで話をしたいから避けたのだろうか──それとも、ダンデライオンは僕らの秘密基地ではなくなってしまったのだろうか。





 * * *





 賑々しいファミレスの雰囲気は、どこか浮世離れしているように感じた。どこもかしこも赤と緑の装飾で溢れ返っている。グランドメニューとは別に、クリスマスメニューの冊子が用意されている。


 天野さんは僕の向かい側の席で、赤と緑のクリスマスメニュー冊子を見ていた。四隅には金色の鐘と西洋ヒイラギが印刷されていて、ところどころにサンタクロースとトナカイが笑顔を見せている。天野さんの目はクリスマス限定パフェを捉えているようだ。


 甘酸っぱそうなラズベリーソースが生クリームにかけらたパフェの写真は、たしかに美味しそうではある。だが然し、一人で食べるには量が多い。


 それもそのはずで、クリスマス特別メニューはどれも二人前からなのである。勿論、お一人様が食べたって問題ないはずだが、趣旨が『恋人と過ごすクリスマス』だけに、一人で食べるのはどうも気が引ける。


 僕はこの謳い文句に違和感を覚えた。恋人たちがクリスマスという特別な日をファミレスで過ごそうと思うだろうか? なかには「アナタがいればファミレスも高級レストランと変わらないわ」って言葉を鵜呑みにした彼氏が連れてくる可能性もなくはない。そして、「そうは言ったけど本当にファミレスに連れてくるとは思わなかったわ」と険悪なムードになってオワカレシマスになってしまえ。


 恨み節は程々にしておくとして。


「優志君はもう決まった?」


「ううん、まだだよ」


 入店してからこっち、場の空気に呑まれてしまって水しか飲んでおらず、グランドメニューも天野さんが独占しているので選ぶに選べないのですが? このままだと山盛りフライドポテトかミックスグリルを注文してしまうまである。


 とりあえずファミレスではこのどちらかを注文しておけば間違いはないはず。これといって難しい料理ではないし、ミックスグリルに至っては電子レンジにぶちこむだけの簡単な作業だ。ただ、付け合わせの野菜がミックスベジタブルというのが微妙だけど、そこは目を瞑る。


「私、このパフェを食べてみたいんだけど……」


「そうなんだ。量が多いけど大丈夫?」


「なんで私一人が食べる前提なのよ!? 二人で食べたいから訊いてるの!」


 お腹ぺこぺこぺこりーぬでヤバいですね! ってくらい空腹だったのかと思ったが、そうじゃないらしい。ま、冗談だったんだけど。



 

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・報告無し。

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