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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五十九時限目 あの席はまだ遠い


「じゃあ話しますけど、いいですか?」


「すまん、頼む」


 申し訳ないと頭を垂れた。


「さきほど話したサッカーの比喩と大して変わりはありませんが、これは面子(メンツ)の問題なんです」


「面子の問題……」


 はい、と太陽は顎を引く程度に首肯する。


「佐竹先輩はあの勝負に勝つなんて有り得なかったんですよ。ぼくは勝てる勝負で敗北した。その景品を受け取らないとなれば、勝負を仕掛けた意味がないですよね」


「まあ、そりゃそうだな」


「潔く身を引いたぼくが馬鹿みたいじゃないですか」


「で、こうして説教タイムに突入してると。そういうわけだな?」


 面倒臭いと言いながらも──。


「やっぱりお前は優しいヤツじゃねえか」


「優しいとかクソほどどうでもいいんですよ、佐竹(ヘタレ)先輩」


「ヘタレって読むのやめろ? 俺にも大なり小なり先輩としての面子ってもんがだな」


「わかりましたよ、ヘタケ先輩」


 ──混ざってしまった!?


「とにもかくにも、勝負に勝った責任は果たしてください。とっても不愉快なので。──ぼくが言いたかったのはそれだけです」


「俺も訊けてよかったぜ。──お前の口癖」


「ヘタレの上に理解力もないとは、どうしようもありませんね」


 そう言って、太陽は立ち上がった。


「次は冗談で済まないことを、覚悟してください」


 ──ああ、わかってる。


 今年中に()()を付けるつもりだ。





 * * *





 店を出れば、外はすっかり夜になっていた。行きは太陽と一緒だったけど、俺の隣にはだれもいない。


 太陽は最後の捨て台詞を吐いて、そのまま店を出ていってしまった。俺も一人で長居するつもりはなかったので、太陽が出た数分後に「ご馳走さまでした」と店主に挨拶をしてから店を出ていまに至る。


 制服のズボンのポケットに入れたままだった携帯端末を取り出し、時刻を確認する。濃密な話し合いをしていると思っていたが、一時間半ほどしか経過していなかった。それでも季節は冬なもので、あっという間に暗くなる。歩道を歩いていると、隣を走る車の風圧が冷たい。


 パチンコ屋の街灯が悪目立ちする十字路を右折すれば、眼前に新・梅ノ原駅が見えた。この時間にもなると学生の姿はどこにも見当たらず、スーツ姿のサラリーマンがちらほらと駅の周囲に散見していた。


 市内を廻る巡回バスを待つ人もいるが、その多くは近くのコンビニで暖を取っているようで、コンビニはちょっとした混雑になっている。コンビニで肉まんでも買って、食べながら東梅ノ原駅までの糧にしようとと思っていたのだが、やめておこうとスルーして、駅ナカをぶった切った。


 道中の自販機でホットココアを購入し、歩きながら暖を取る。甘い味が心地よくも、疲弊した脳を癒してくれた。その甲斐あって、今頃になって太陽が言わんとしていた気持ちがなんだったのかを熟考する余裕ができた。


 悔しかったんだな、と俺は思った。自分に勝利した相手が賞品を受け取らずに放置していれば、「なんのために戦っていたんだ!」と、スポーツ選手が商売道具を全力でへし折る気持ちだったんだろう。スポーツマンシップにモッコリってギャグを飛ばすガキとは違うんだ。太陽も高校一年生で、準大人に該当する。


「とはいえ、悪いことをしてたんだな……」


 呟いた声は常夜灯に照らされて白く濁り、吹き抜けた風と共に霧散していく。


 太陽は真剣勝負を俺に挑んだ。それをゲーム感覚に捉えていた俺が一番悪い。もっと冷静になって状況を判断するべきだった。失敗した。馬鹿だった。──わかりきってることじゃねえか。


 いいや、そうじゃない。こうなったのも俺の決断力がなかったゆえに起きたんだ。太陽がどうとか、優志がどうとか、そういった話ではなかったんだと、憎らしかった後輩に一から十まで諭されてようやく気がついた俺が愚か過ぎて、穴があったら入りたいくらいだ。


 ファーストフード店が立ち並ぶ通りを直線に進み、カラオケ屋前にある赤信号で立ち止まった。さっき買ったココアは大分冷めてしまって、暖を取るにはこと欠ける。そのままぐいと飲み干したら、缶はぐんと冷えていった。


 信号が青になり、俺は横断歩道を渡り切った。すぐそこにある路地に入れば、ダンデライオンへと繋がる裏通りに入る。が、この時間はもう閉店しているはずだ。百貨店だってそろそろ蛍の光が店内に流れる時間だろう。


 そうは思っても習慣というのは怖いもので、無駄だと知りながらも足取りはダンデライオンに向かっている。二十四時間営業のコインパーキングに停車している車は一台の軽自動車のみ。百貨店と提携しているパーキングなので、百貨店の関係者の車かもしれない。


「……やっぱり閉まってるよな」


 いつもなら開いているシャッターも閉じて、ドアには〈close〉の木製看板が引っ掛けてあった。そういえば、指定席にはどれくらい座ってなかっただろうか。もう随分とあの席から遠ざかってしまっているように感じて、心が苦しくなった。同時に、前に進むしかないんだ、とも。


 俺たちが揃ってあの席で笑える、そのときまで──。



 

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