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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五十五時限目 それでも佐竹義信は認めたくない


 いろいろと話が脱線している気がしないでもない。


 優志と話しているときも、ガチャガチャとテレビのチャンネルを変更するかのように、話題がころころ変わる。読書を趣味とする連中のコミュニケーションはちょっと面倒臭えな、慣れてるけど。


 つうか、どいつもこいつも揃って読書、読書って、読書がそんなに偉いのかよ。読書しない人間には人権がないみたいじゃねえか。


 そりゃあこんな俺にだって、面白いと思った本がなかったわけじゃない。


 額に傷を持つ少年の魔法学校物語は、箒でおこなうサッカーみたいな競技まで読んだし、指輪を巡る壮大なファンタジー作品は、エルフが出てくるシーンまで読んだ。


 中学時代、夏休みの読書感想文で本選びに悩み、どちらも姉貴に勧められるがままに読んだ本だったけど、結局は最後まで読み切らなかった。


 面白い作品だってことは、読書を趣味としない俺でもわかる。ただ、活字をひたすらに読み進めるって行為が俺の性に合っていなかった、それだけ。


 感想文は、ネットにあった作品のファンの記事を駆使して提出した。『お前にしてはよく書けてるじゃないか』って、担任の丸川には褒められたけど、褒められた分だけ罪悪感が増したのも事実──優志(アイツ)に少しでも近づくには、苦手を克服しなきゃいけなそうだな。


 どうせ優志のことだから、いま頃は風呂に入って夕飯を一人で食ってんだろう。テレビ代わりに動画サイトにアップされた動画を見て……ああ、それなら俺も趣味にできそうじゃねえか? 趣味は動画サイト閲覧ですって、格好はつかねぇけど。


「この店、種田のお父さんが営んでいるんですよ」


「ふうん──え?」


 種田烈伝を右から左に受け流していた俺の耳に、意外な真実が飛び込んできた。ここで種田と喫茶店が繋がるのか! 種田の親父さんの店だってことは、あの強面のマスターが種田の親父さんなんだなあ。


 太陽は『マサさん』と呼んでたけど、名前がスジモンだろガチで! モンスター育成ゲームだったらチンピラモンの進化先。最終形態は数字で呼ばれるまである。警察に捕まってんじゃねえか。 





「お待たせしや……しました。冷コーでごぜ──ございます」


「あざす……」


 いまどき、アイスコーヒーを「冷コ」って呼ぶか? 関東圏では馴染みがないだけで、関西では呼んだりしているのかもしれない。実際はどうなんだろう──それはそれとして。


 ちょくちょく気になっていたし、なんならもう隠す気ないのでは? とさえ思っていたが、種田の親父さん、本当にカタギの人間なんだよな? 俺、日本海に沈められたりしねえよな……。


 種田の親父さんもツッコミところ満載だが、それよりもツッコまなければならないことが多過ぎる。


 ──なんでアイスコーヒーを入れるコップが小ジョッキなんだよ!


 とか、


 ──ラーメン屋の風貌がアイスコーヒーとミスマッチ過ぎるだろ!


 などなど。


 頼んでもないのに枝豆が入った小鉢まで用意されて……お通しか? 後々になって「お会計、締めて一万円です」とぼったくりバーよろしくにぼったくられないよな? え、サービスですか。そうなのか。それなら喜んでいただくとしよう。コーヒーと枝豆って合わねえなあ……。


「面白いでしょう、種田のお父さん」


 厨房──と呼ぶに相応わしい──に戻る種田の親父さんの背中を見つめながら、けらけらと悪趣味に笑う太陽。コイツの度胸は鋼よりも硬そうだ。


「もうどうにでもなれ」自棄っぱちで、キンキンに冷えた小ジョッキを口元に運ぶ。ゴツゴツした氷を唇で受け止めつつ、アイスコーヒーをゴクリと飲んだ。──あれ、思ってたよりも悪くないぞ?


 優志みたいに珈琲通じゃないし、具体的にどうとは言えないけれど、喉越しはキリとしていて後味がスカッとしている。ビールかな? ジョッキを冷やしているから抜群のキレが生まれているのかもしれない。やっぱりビールかな? いやいや、飲んでるのは紛れもなくアイスコーヒーだ。


 不格好な見た目なのに、味は割と繊細というか、思っていたよりも本格的だと賞賛するべきか。期待していなかったから余計に美味しく感じるのかもしれない。それに、ジョッキでぐいと飲むアイスコーヒーも悪くないと思った。


 俺が一丁前に品評しているその一方で、向かいの席に座っている太陽は、手馴れた手つきでガムシロとミルクを全部入れて、ジョッキに口を付けた。


 ははん、太陽はなんでもかんでも先に調味料を入れる派だな?


 拘りの強いラーメン店でそれをやると嫌われるぞ。俺も昔は割と普通に胡椒を先に入れたりしていたが、いつぞやだったか姉貴に『それはラーメンに対する冒涜だわ!』とガチギレされて以来、最初の一口はなにも入れないようにと心掛けていたりする。


 ──自分語りはどうでもいいとして。


「なあ、太陽」


「はい」


「どうして店名が〝くるまたにラーメン〟なんだ」


 この店が種田の親父さんが営んでいると訊いてから疑問だった。くるまたには〈車谷〉だが、この店を営んでいる店主の苗字は〈種田〉で、〈たねだラーメン〉のほうがしっくりくる。語呂は悪いけど。


「種田は母親の姓らしいですよ」


「へえ、婿養子ってことか」


 相槌を打ったが、同時に、種田について詳し過ぎじゃないか? 些か不気味さを覚えた。


 太陽の脳内には、クラスメイト全員のありとあらゆる情報が詰まっていそうだ。


 そういえば、相手の弱みを握るのが太陽の常套手段だったな。村田たちもこれに引っかかったと思うと、気の毒に思えてならない。


「単に苗字を相手方にしただけの可能性もありますね」


 俺の認識では、女性方の苗字に変更することを『婿養子』と呼ぶと思っていたけれど、太陽の言い分では『それ以外もある』と言いたげだ。たしかに、考えてみると『婿+養子』だもんな。それなりに深い意味がありそうだが、俺の頭ではそこまでの思慮はできそうもない。


 だとすると、種田の親父さんは結婚する以前にラーメン屋を開業していて、店名は当時のままにしてるってことになる。ややこしいな。


 芸名が『〇〇くん』だと、『〇〇くんさん』と呼ぶのが正しいのか、それとも『くん』を取っ払って『〇〇さん』と呼ぶのが正しいのか悩むくらいややこしい。


 俺もSNSやソシャゲの名前を『サタケマン』や『バンブーマン』にしている。だから偶に、『サタケマンさん』、『バンブーマンさん』って呼ばれたりするけど、『〇〇マンさん』ってのもなんだか違和感あるよな。


 そうはいっても、スーパーマンを『スーパーさん』って呼ぶと、スーパーマーケットの店員みたいで威厳がなくなるもので、偽名やあだ名、それらに準ずる命名は、慎重になったほうが得策かもしれない。


「種田もいろいろと苦労してそうだな、マジで」


 冗談半分で言うと、太陽は苦笑いを浮かべた。どうしてそんな顔をするんだ? と口から出そうになったが、太陽の顔に「これ以上はなにも言いたくない」と書いてある。話題に出したのは太陽なのに、なんなんだか。


 水とコーヒーが分離したジョッキを持ち上げて、三回くらい回す。ジョッキの中でガチャガチャと角を鳴らす氷。ジョッキからぽたりと垂れた水滴が、薄まった唐紅色のテーブルを少し濡らした。


 そろそろいい頃合いだろう。


 俺の目を見て意味を悟った太陽はゆっくりと首肯して、自分のジョッキに口を付けた。掻き混ぜても、混ぜなくても、コーヒー本来の味は変わらない。些細な味の変化にも気がつけない俺たちは、繊細さに欠けるのだろう。


 他人を自分の所有物としたがる太陽と、他人にお節介をする俺の本質は同じなんじゃないかって。──いや、多分違う。


 違うと思いたいだけで、本当は同じだったとしても、それを認めてはいけない気がした。



 

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