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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五十三時限目 ツッコミが追いつかない喫茶店


 見事にラーメン屋だなあ、と俺は目の前の光景を見て思った。


 近代のラーメン屋は個室があったり、女性が一人でも来店できるよう内装をオシャレにしたりと工夫を凝らした作りが流行っているけれど、この店を一言で喩えれば、昭和のラーメン屋だった。


 本来の色は唐紅だったはずのカウンターテーブルは、白いフィルターが掛かったように色落ちしている。


 カウンター席に並べてある木製椅子は背凭れが浅く、深く腰掛けても背中を支えてはくれないだろう。紐が長い袈裟掛けバッグを背凭れの突起部分に引っ掛けたらバッグの底が床に付着して汚れそうだし、短冊型に切ったコピー用紙に油性マジックで書いたお品書きだって、その意味を果たしているのかどうか怪しい。


 従来の飲食店と違って、この店は食券機を採用している。新たに追加注文をするにしても食券をお買い求め下さいであれば、各テーブルに置かれた卓上メニュー表で事足りるはずである、と──ツッコミを入れればきりがない。俺は早々に考えるのをやめた。


 教室よりもやや広い店内を飾る装飾品は、壁掛け時計、カレンダー、熊の木彫り人形──なんでそんな物を飾っているのか、その意図は不明である──くらいなもので、ダンデライオンみたいに小洒落て気の利いた感じはしない。


 どちらかといえばトラックの運ちゃんや、土方のにいちゃんたちが腹を満たすために訪れる休憩場所っぽい雰囲気だ。だが然し、この店は喫茶店である。店名が〈くるまたにラーメン〉だとしても喫茶店なのだ。食券機でオーダーを取る喫茶店なんて訊いたことねえけど、だれがなんと言おうと喫茶店なのである。


 喫茶店で大切なのは、居心地と珈琲の美味さだ。でも、中華屋然としているこの店が、照史さんの淹れた珈琲と同等のクオリティが出せるとは到底思えない。インスタントコーヒーと遜色ない味のコーヒーを出されるんじゃないか? とはらはらしながらも、俺は適当なテーブル席に座った。


 ダンデライオンは空間を演出するためにオシャンティな音楽が流れている。と、以前に優志が熱弁していたのを思い出した。装飾品も、音楽も、客の満足度を高めるための演出なんだって……ああそうだ。


 優志の家に泊まった日の夜にふとダンデライオンの話題が上がったんだったな、なんて思い出し笑いをしている俺に「なにをにやにやしているんですか」と太陽が言う。俺の思い出にまでケチをつけられたら堪ったもんじゃねえ。「うるせえよ」と一蹴してやったら、文句ありありな反抗的な目をして、でも、お得意の嫌味と皮肉は返ってこなかった。


 空間演出が大切だと優志は言っていたけれど、この店の空間演出力はかなり低い。選曲が演歌ってどういうわけだよ。ラーメン店であればそれもまたよしと納得でき……できねえか。


 壁に貼ってあるポスターも演歌歌手の物で、富士山をバックに渋い袴を着た大柄のおっさんが、なんとも言えない表情で意味深に斜め四十五度辺りを見つめていた。


 曰く、『富士恋歌〜俺とお前と夜の富士で、契りを交わす冬の時〜』がタイトルらしい。必要なのか、その長ったらしいサブタイトル。最近流行りのネット小説くらい長いんじゃね? 省略されて『ととのわす』とか呼ばれるんじゃねえの? 知らねえけど。


 俺たちが着座して数分、マスター風の中年男性が水を運んできた。コップの大きさや形といい、どこをどう見繕ってもラーメン屋のコップなんだよなあ。喫茶店にすると決めたのであれば、せめてコップもそれらしいコップに取り替えようぜ、マジで。


 店主は緑色のバンダナを巻いた筋肉質の体格で、喫茶店のマスターというよりもラグビー選手と言われたほうがしっくりくる。身長は俺と同じくらい。肩幅が広く、黒いシャツの袖口から出る腕の太さたるや大根かってくらいパンパンで、口元から顎にかけて髭を生やしていた。


 気になるのはそれだけではない。


 灰色のエプロンの胸元にあるポケットから、可愛らしくデフォルメされたウサギさんがひょっこりと顔を覗かせていた。どうしてその顔でそのエプロンを選んだ!? 情報過多で脳の処理が追いつかない。やばい。いろいろとガチで()()でやばい店だ。


「ガムシロップとミルクは」


 野太い声で俺たちに訊ねた店主は、ちらと太陽を睥睨する。『ガムシロとミルク』が違法な商品の隠語なのではないかと疑ってしまうくらいの低い声に、太陽はあっけらかんとしながら「ガムシロは三つ、ミルクは二つで」と、友だちをパシらせるように答えた。


 怖いもの知らずというか、肝が据わってるというべきか、太陽のこういう姿勢は見倣うべきかもしれない。


「佐竹先輩はどうしますか?」


 太陽の声と同時に、店主の鋭い眼光が俺を捉える。


 大丈夫、この人はカタギのはずだ。脳内では、チャララ〜、チャララ〜と、店主が行動する度に仁義なきヤーさんよろしくな効果音が再生されるけれど、店内に『なんちゃら組』という看板もなければ代紋も見当たらない。落ち着け俺、まだ焦る時間じゃないだろ。自分を鼓舞しながら、「じゃあ……二個二個で」って注文すると、メモを取っていた店主の手がぴたりと止まった。


「そういったサービスはありや……ないのですが」


 店主が眉を顰める。普通に怖い。エプロンの裏側に仕込んだドスを取り出して、「ワレェ、舐めたとったら痛ますぞコラァ」と脅され兼ねない緊張感が漂う最中、クスクスと太陽が笑う。


「いまのは〝ガムシロップとミルクを二つ〟って意味ですよ、マサさん」


「嗚呼、そういうことで」


 店主は頷き、ちょっと恥ずかしそうに顔を背けた。いやいや、『二個二個』を『ニコニコ』と勘違いしたとしても全然可愛くねえし! ウサギさんマークが『可愛い』の布石だったとしても、俺は絶対に認めたりしねえぞ。



【修正報告】

・報告無し。

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