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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五十二時限目 佐竹義信はツッコミを我慢する


 それは、昼休みが終わる数十分前のできごとだった。


 部活の昼練に出ていた連中が教室に戻り、授業の準備をしながら付近の友人と軽い談笑している。腹が満たされて眠たそうなヤツもちらほら見受けた。アイツは寝る気満々だなとか、アイツは堪えるだろうかとか想像しながらぼんやりとクラス全体を眺めていた。


 続々と空席が埋まっていくけれど、後ろの席の主人は未だに帰ってこない。優志がサボるなんてあり得ないが、なにかトラブルでも巻き込まれたんじゃないだろうな、とちょっと心配していた矢先、掃除用具入れ側のドアが勢いよく開かれた。──アイツは。


「佐竹先輩はいらっしゃいますか!」


 太陽はドアを開け放った状態のまま体制を崩そうとせず、ぜえぜえと肩で息をしている。体を支える右手が、『ここまで全力疾走してきた』と物語っているようだった。


 突然の来訪者によって驚きのあまり閉口した連中は、「何事だ?」と声の発信源に目を向ける。そして、向けた先にいるのが『王子様』の異名を持つ一年生だとわかるや否や、視線の意味が変化し始めた。女子たちはひそひそと、「やば、超王子じゃん」、「佐竹よりイケメンくね?」などと言いたい放題だし、いつもモテないと愚痴を零している男共は、「隣国のアイドルみたいな顔しやがって、くそ羨ましい」や、「佐竹よりイケメンだな」と嫉妬を隠せていない……つか、俺と比較するのやめろ? マジで。


 そんなカオス極まる状況で立ち上がったのは、意外な男だった。


「おい義信。早急にあのガキを連れ出せ」


 俺を『義信』と呼ぶ人間は多くない。


「アマっち」


「そのあだ名で呼ぶな殺すぞ」


 ドスの利いた声で睨まれた。


 いつもより凄みが増してねえか? 気のせいか。


 然し、アマっちの言い分はごもっともだ。俺的には居留守を決め込みたいところではあるが、連れ出さないと収集つかない事態になり兼ねない。非モテ男子と恋に焦がれる女子たちの目が割とガチで据わり始めてもいる。普通に怖い。フォローできねえな、これだけは。


 俺は太陽を廊下に出し、後ろ手でドアを閉じた。様々な感情が交差する視線を遮りたかったのもあるけれど、コイツとの会話を関係者以外に訊かれたくないのが本音だ。なるべく教室から離れた窓際で、


「今更なんの用だよ」


 改めて太陽を前にすると、女子の言う〈王子様〉ってのがわかる気がする。目鼻立ちが整った顔、明るく染め直した髪、長い睫毛が犬飼太陽を王子様足らしめている。風格が違う、と一言では表せないオーラに圧倒されそうなくらいだ。


 太陽は俺に、射るような鋭い目を向け続けている。


「どうして鶴賀先輩と付き合ってないんですか」


「それは」


 いろいろと理由はあるけれど、なにから説明すればいいものか。とはいえ、今北産業──なんてネットスラングは死後になりつつあるよな──の相手に伝えるには難しい質問である。


「時間ねえから放課後でもいいか?」


 便利だよな、放課後って。物語が進むときは割と放課後だもんな。学生の身分で放課後以外の時間に物事を進めようってなると、授業をサボらなきゃいけないわけで、授業サボると優志の好感度が下がるかもしれない。それだけは絶対に避けなければ!


「では、放課後に──ブロックは解除しておいてくださいね」


 あ、そういやブロックしたままだったんだ──。





 * * *





 太陽の指示通り、終バスの『新・梅ノ原行き』に乗って駅前に降りた俺は、部活帰りのクラスメイトや別クラスの連中と顔を合わせるのが嫌で、バスから少し離れた駅近くのベンチに座りながら待っていた。空はもう暗く、星が輝いている。


 用事ああるって自分から言い出したくせに、部活はしっかり出席しやがった太陽を憎らしく思いながら、ろっくすっぽ知らない星座を探して暇を潰す。すると、文芸部員たちと別れの挨拶を済ませた太陽が、ゆっくりとした足取りで俺の元にやってきた。


「いきましょうか」


 詫びの一つもなしかよ。


「どこでもいいけど、もうダンデライオンは閉まってるぞ」


「穴場があるんです。──付いてきてください」


 新・梅ノ原駅を背後に真っ直ぐ進む。市営バス乗り場を通り過ぎると大型のパチンコ店が見えた。そこの信号を左に曲がって更に直進した先にあったラーメン屋の看板に目を奪われた。ぐうと腹が鳴る。あまり美味そうな店ではないけれど、醤油ラーメンが食べたい気分にさせられた。さっぱり系のがいいよなあ。サービスエリアにあるシンプルな醤油ラーメンでいいんだよ。


「着きました」


「着きましたって……ラーメン食うのか?」


 たしかにラーメンを求めてはいたが、それなりにラーメンの口にもなっていたわけだが、まさか醤油ラーメン片手に昼休みの続きを話すつもりなんじゃねえだろうな。


 いやまあサイフォン式コーヒーの原理でスープを抽出するラーメン屋も存在するし、コーヒーとラーメンは類似点が多いのかもしれねえけど。──類似点ってそこだけじゃね? ガチで。


 訝しげにラーメン屋を見つめる俺に、「入ればわかりますよ」とだけ言って先陣を切った太陽の後を追った。


 店構えは昔からある不人気なラーメン屋のそれである。赤い三角屋根に白い壁、暖簾こそ掛けてはいないが風除室に置かれた券売機がもうラーメン屋まっしぐら。が、商品ボタンに書かれている商品名が喫茶店であった。


・ブレンドS(Mサイズは大盛り券一枚別途購入) 三五〇円

・アイスコーヒー(Mサイズ購入はブレンド参照) 三五〇円

・サンドウィッチ二種(BLT、玉子) 五〇〇円

・ナポリタン(当店おすすめ) 五〇〇円

・炭酸ジュース(コーラ、オレンジ、グレープ) 三〇〇円

・ジュース(オレンジ、アップル、ぶどう) 三〇〇円

・ビール(中ジョッキ大盛り券一枚、大ジョッキ二枚別途) 四〇〇円

・大盛り(ドリンク類のみ) 一五〇円


 他にも様々なメニューが券売機のボタンに記されているのだが、券売機を使う喫茶店は初めてだ。いろいろとツッコミたいけれど、敢えて一つだけツッコむならば、大盛り券の汎用性が高過ぎるって点だ。


「怪し過ぎるだろ……ガチで」


「元々ここはラーメン屋だったらしいのですが、あまりにもラーメンが不味いと不評で喫茶店に変更したと訊きました。外の看板は当時の名残ですね」


「だからといって店名を、〈くるまたにラーメン〉のままにしておくのは横着が過ぎるんじゃ……」


「ありますけど。ラーメン」


 太陽が示す指の先を見ると券売機の隅っこに、『醤油ラーメン 八八〇円』のボタンがあった。注釈に『一〇杯限定、大盛り無し』とある。当然、この時間では『売り切れ』の赤文字が浮かび上がっているのだが、限定と書かれると食ってみたくなるもんだ。


「ラーメンの味はいまも昔も変わらないそうです」


 その一言を訊き、やっぱりここでラーメンを食うのはやめておこう、と諦めがついた。



 

【修正報告】

・報告無し。

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