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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五十一時限目 犬飼太陽はヘタレと嘆く


 そういえば、と思った。


 犬飼弟の恋愛観を、僕は知らない。『可愛い人がすき』という理由は訊いたような気がするけれど、それ以上のことは語っていなかった。可愛い人なら男女関係なくすきになるのか。それとも、八戸先輩のように『男の娘を愛でる』感覚に似たものなのか、彼女が欲しいのか、彼氏が欲しいのか──。


「太陽君」


「なんでしょう、鶴賀先輩」


「サッカー部員の彼に告白されてどう思った?」


 そうですねと頷いて、


「タイプじゃないな、と思いました」


「タイプじゃない」


 そう繰り返した僕に、「はい」と顎を引く程度に首肯した。そして、コートを駆け回る彼を見つめる。


 犬飼弟の横顔は、暖かな太陽を想像させるような優しい笑顔だった。そんな朗らかな表情を見せた太陽君は、彼の告白を受けて満更でもなかったんじゃないか? と僕は推測した。


 仮に、彼の告白が迷惑だったのであれば、昼休みに彼の様子を見にくるなんてしない。遠ざけて、なるべく関わらないように行動する。教室では、目すら合わせようとしないだろう。然し、犬飼弟はそうしなかった──それはどうしてなのか。


「彼、()(さき)(つばさ)って名前なんですけど、名前からしてサッカーをするために産まれてきたような人じゃないですか」


 ああ、それはよくわかる。多分、ご両親のどちらかが某サッカー漫画のファンであることは確定だ。お父さん確信犯なんだよなあ……。幼い頃から「子どもには〝翼〟と名付けよう」って決めていたまである。


 それなのにサッカーの名門校を選ばなかったのはどうしてなのか? と疑問に思うけれど、多分、彼は根っからの主人公気質なのだろう。弱小サッカー部を日本一にするためにプレーしているに違いない。憶測だけど。


 そうじゃなければわざわざ梅高を選ぶ理由がないのだが、そこまでの手間と時間と熱意と情熱を持ってしても、梅高サッカー部が強豪校に勝つビジョンが見えなかった。


 サッカーに明るくない僕でも、御崎のプレーは『走って攻めるサッカー』だとわかる。声も出ているし、上級生相手にも臆さない度胸があるみたいだ。だとしても、他の一年生が彼に追いつけていない。素人目でそれがわかってしまえるほど一年生のレベルが低いのだ。二、三年ですらレベルがどん底なのに、その更に下をいくレベルというのは絶望的だろう。


「明るくて、頼り甲斐があって、前向きで──そういう人間が嫌いなんですよ」


「だから佐竹に突っかかったの?」


「佐竹先輩は……そうですね、そうなのかもしれません」


 歯切れが悪い。


「嫌いな相手に歯向かって、みすみす返り討ちにされたら世話ないですよ」


 犬飼弟は自嘲気味に笑い、御崎のプレーを目で追い続ける。


 スコアは1ー3で、上級生が勝っていた。一点はさっきの魔球シュートだとすると、御崎だけを警戒していればこれ以上の失点はないと判断できる。ならば、御崎に気持ちよくシュートを打たせなければいいだけだ。


 御崎のシュートは魔球だが、成功率が高いとは言えないのだろう。フリーの状態で初めて成功するといってもいいくらいだ。それは、僕の方へボールを飛ばしたあの場外ホームランが物語っている。


 御崎以外の選手は、既に試合を諦めているように見えた。動きが鈍く、パスミスも多い。ようやく御崎にパスが通っても二枚の壁が行く手を阻み、シュートチャンスは訪れない──打つ手なし。そうだれもが思っていた。


 そのときだった──。


 守備をする上級生二人の上を、ボールがふわりと弧を描く。ここまでの試合で見せなかったのは、上級生チームが油断し、慢心しきった状況を逆手に取るためだったのだろう。御崎が見せたその技に壁の二人は反応できず、崩壊。


 流れるような一連の動作は、御崎がその技を『抜きの必殺技』へと昇華させるために練習し続けた結果だ。サッカーに興味がない僕でも、「おお」と感嘆の声が出た。さすがはゴールデンコンビの融合は伊達じゃない。テクニックと状況判断能力は上級生をも凌ぐってわけか。──どうして梅高にきちゃったの? そのセンスがあれば強豪校でもレギュラー狙えたでしょ。


「へえ、ヒールリフトなんてできたんだ」 


 愉快そうな声で犬飼弟が呟く。


 片足でボールを浮かせて、もう片方の足の踵でボールを蹴る。字で起こせば簡単そうに思える技だが、試合で綺麗に決めるのは難しいのだろう。だが然し、経験者は『いや簡単だから』と贅沢なくらい草を生やしてコメントするんだろうなあ。知らんけど。


 どうにかしてボールをゴールに運び、『俺たちの反撃はこれからだ』と活気づく一年生チームだったが、無情にも試合終了のホイッスルが鳴った。


 試合の結果は2ー3で、上級生チームの勝利で幕を閉じた──。





 昼休みも終わりに差し掛かり、教室に戻ろうと立ち上がった。これで犬飼弟と二人きりで話すのも最後だろうな、と内心では思いつつも、「またいつか」なんて心にもない台詞を吐いて踵を返す。


 少々格好つけ過ぎたかもしれない。


「あ、ちょっと待ってください」


「いや、そろそろ授業が始まるから」


「最後にひとつだけ……佐竹先輩とは上手く付き合ってますか?」


 上手く、とはどういう意味だろうか。


「まあ、それなりに」


 ぼかして答えると、犬飼弟が後ろから僕の右肩を掴んだ。痛いんだけど。握力が半端じゃないって。いやもうほんとに痛いです……。


「もしかして、まだ付き合ってないんですか!」


「声が大きいよ」


「まさかここまで先輩たちがヘタレだったとは……」


 おい、僕は二年生なのだが。


 犬飼弟は遠慮を知らない。いや、遠慮も礼儀も知らないようだ。ついでに力加減も知らないらしい。肩に青痣ができて、ちょっとしたホラー要素にならなきゃいいけど。


「ぼく、ちょっと佐竹先輩(ヘタレ)と話してきます」


 佐竹の当て字を『ヘタレ』にするのはやめてあげてね? というか『先輩』の敬称すら貫通させるのはどうかと思うよ? せめて『ヘタレ先輩』と呼んであげて欲しいけれど、それだと僕も含まれるんだよな……異論がないのがもっとも残念である。



 

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