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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百五〇時限目 ヤバいヤツ


 彼と関わる日は二度とこない、そう思っていた。それが最適解だと信じていたし、起きてしまったことをなかったかのように振る舞う大人らしい対応はできそうもない。であれば、お互いに事実から目を逸らして風景の一部としたほうが気楽じゃないのか。──僕は間違っていない。


 でも、彼はそこにいる。僕がお気に入りのベンチに座って本を読んでいる。読んでいる本も見覚えがある。左に流すショートボブのヘアスタイルは気分転換かもしれない。振られた女性は髪を切ると謂れがあるけれど──と、軽くイメージチェンジを果たした犬飼弟の横姿を数十メートルの距離から眺めていた。


 髪色を明るくした犬飼弟は、どこか王子様のような印象を受けた。そうじゃなくても整った顔立ちで、イケメン具合は佐竹をも超える。僕のクラスでも「一年生の中に王子様っぽい子がいる」と噂されるほどには知名度が高い犬飼弟だが、ここにきて更に王子様度が増した。


 だけど、見た目を変えたところで人間の本質は変わらない。策略家な犬飼弟だ。またなにか悪巧みしているのかもしれないと思うと迂闊に近づけない。


 サッカー部のだれかが蹴り飛ばしたボールが、ゴールをかなり逸れて僕の足元に転がってきた。「すみません!」と顔を赤くして駆け寄るサッカー部員。一年生だろうか。かなり曲がったな。


 癖のあるシュートだが、育てれば魔球として敵チームから恐れられるだろう。そうなるまでに辞めなきゃいいけど。


 サッカー部に限らず、梅高運動部のレベルは低い。どれだけ低いかというと、『弱小サッカー部を日本一にする』という趣旨のゲームでモデルになりそうなほどである。


 ボールを拾い上げて渡すと、サッカー部員は頭を下げて、元気よく「アラッス!」と謝意を述べて戻っていった。


 一部始終を犬飼弟に見られていて、なんだか気恥ずかしい気分だった。本屋でルート選択を誤り、スケベ本コーナーに入ってしまったのをたまたま居合わせた知人に目撃れたときの居心地の悪さに似ている。そして翌日、「真昼間から堂々としたもんだな」って皮肉っぽく嫌味を言われるまでがセットリストの流れ。それでは聴いてください。鶴賀優志で、『ルビソーホー』。


「こんにちは、鶴賀先輩」


 無視をするわけにもいかず、アナーキーな気分のまま犬飼弟が座るベンチの前にやってきた。


 犬飼弟は人懐っこい微笑みで僕を迎え入れると、読んでいた本を閉じ、表紙を見えるようにして膝の上に置いた。


 薄々はわかっていたけれど、やっぱりか。


 犬飼弟が読んでいたのは──。


「The sanctuary of you and me」


 僕が指摘する前に、犬飼弟が流暢な発音で言った。


「ハロルド・アンダーソンが初めて書いたミステリですね。読むのは二回目です」


 言いながら、ちらと隣を見遣る。隣に座れと言いたいらしいが、なにをされるかわからないので頭を振った。


 前回の二の舞いは御免だ。今日は人払いしてここにきているので佐竹の助けはない。注意を怠れば首を噛まれ兼ねない相手だ。油断すれば命取りになる。


「そんなに警戒しなくても……なにもしませんよ」


 イケメンが言う『なにもしない』がどれほど信用値が低いのか知らないようだ。なにもしないは絶対する。なにをするのかは想像に任せるけどね! 多分、ツイスターゲームに近しいやつ。ほぼ答えなんだよなあ……。


「どうしてここに?」


「ここにくれば二人きりで話ができるかなって」 


「僕は話すことなんてないんだけど」


「つれないなあ……って、望君なら言いそうですね」


 どうにも慣れないんだよな、その呼び方。敬意がなくても「八戸先輩」と呼ぶべきだろうに。兄……ではなく、姉の彼氏で仲がよくても、他人の前では『先輩』を使うのが礼儀ってもんだ。


「いまのって八戸先輩の真似?」


「はい。似てたでしょう?」


「いいや、八戸先輩はもっとわざとらしい」


「なるほど、参考にします」


 ふむふむと頷く。


 挨拶はこの辺でいいだろう。


「僕になんの用?」


「用があるといえばあるのですが、ないといえばないんですよね」


 馬鹿にしてるのか──馬鹿にされてるようだ。


(びょう)()に描かれた虎を捕まえてみせろとでも言いたいの?」


「いやいや。違いますよ、鶴賀先輩。頓知(とんち)を披露しろだなんて言いません。言ったじゃないですか、話がしたいって」


 そろそろこの回りくどい作法に苛々し始めてきた僕は、付き合ってられるか、と踵を返した。


「すみません。久しぶりに鶴賀先輩と会話したのが嬉しくて、つい」


 申し訳なさそうな声で呼び止める。


「以前のように手荒な真似はしませんので、座ってください」


「わかったけど、なるべく手短に頼むよ」


「それは鶴賀先輩次第ですね」


 意味深な返しをする犬飼弟に懐疑的な目を向けると、贈り物を拒絶する際にやる両手を小さく振る動きをした。


「質問はシンプルです。シンプルがゆえに難しい内容ですが」


 まるで将棋だな。


 そうか、王を取れば……!


 いや、意味わからん。


「そのシンプルで難しい質問ってなに?」


 犬飼弟は両手を膝の上に乗せ、サッカーコートを走り回るサッカー部員たちを見つめる。その目は少しばかり羨ましそうだった。かつて、犬飼弟もサッカー部に所属していたが、足の怪我によってサッカー人生を断念したみたいな回想が思い描けるほどに。


 さっきヘアピンカーブを彷彿とさせる魔球シュートを放った一年部員が、センタリングされたボールを胸で捉え、左足で勢いよく蹴り上げる。


 また場外かと思われたその軌道は弧を描き、ゴールポストの右上すれすれを掠めて見事にネットを揺らした。いまのを狙って打ったのだとしたら、彼はこんな高校で燻っていていい選手ではないだろう。いやほんと勿体なさ過ぎる。


「いいストライカーになりますよ、彼」


「なんでコーチ目線なのさ」


「クラスメイトですから」


 クラスメイトだからってのは理由になっていない気がするけれど、あのサッカー部もどきの中では才能がひとつ抜きん出ている。


「彼、この前ぼくに告白してきたんですよ」


「へえ……え?」


 それは彼も秘密にしておきたい機密事項なのでは? どうして喋っちゃったの? 口が軽過ぎて無重力なのでは? 際限がないって怖いなあ……。


「それじゃあ、太陽君がここにいる本当の理由って」


「嫌だなぁ、鶴賀先輩。振られた人間がどういう行動に出るのか観察していただけですよ」


 なかなかに最低な理由だった。というか、人間としてどうなのかというレベルで腐ってる。お前の血はなに色だ……?


「ぼくも失恋したので、彼を参考にしようかと」


 ええ……もう無理しんどい。


 一秒でも早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていると、「あ、他意はありません」って。


 あったらもっとやべーヤツだよキミは。



 

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・報告無し。

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