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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百四十九時限目 特別だと思える場所


 休日は時間の経過速度がバグっている。仮に時計が正常に時を刻んでいたならば僕は梅高に登校していないし、ましてや月曜日を迎えていないはずなのだ。


 だけど、カレンダーを見れば今日が月曜日であることを明確に示している。日直の名前も溝内と茂木に変更されている。休日を挟む前は、たしか濱口と日比谷って名前が黒板の隅っこに書かれていた。


 日直当番の書き方は、右が男子で左が女子。つまり、溝内君と茂木さんってことだ。どちらも馴染みのない名前でどんな生徒だったか記憶が曖昧だ。おそらくは、みぞうち! って顔の男子と、もぎ! って感じの女子に違いない。記憶がアバウト過ぎる。


 ここまでで四人のクラスメイトの名前が出てきたが、顔を思い出そうとしても顔の部分が『?』の記号で、強いていうなら溝内君は恰幅がいいって体型の印象だけが記憶に残っていた。茂木さんに至っては「そんな人クラスにいたかな」レベル。茂木さんごめん。


 暖房によって教室の温度がほどよく温まった頃、ようやくして日直の二人組が参上した。


 黙々と朝の仕事に励む二人の視線が「暇なら手伝え」と言っているようで痛い。いやだってほら、日直は三人もいらないだろう? 最強だってこの世に二人はいらないわけだし。──そうなると僕はクラスで最強なのでは? 学校単位では最弱だけどね。


 梅高は自由な校風である。然し、自分たちのことは自分たちでやらなければならない面倒な高校だ。日直や掃除も義務ではないので、やりたくなければやらなくてもいい。だからといって、やらなければいつまでも汚いままだぞっと。


 当然『やらない』なんて怠けた選択が許されるはずもない。三組には超真面目なお嬢様がいるし、情けないが頼りになるリーダーもいる。それに加えて、男子に対して口煩い女子もいる。烏合の衆にならず、秩序が保たれているのはこの三人の功績が大きい。


 日直当番の二人が朝仕事の終盤を迎える頃になると、閑散としていた教室にも人が集まり、賑やかになってくる。


 三大勢力が全員集まるまでの時間は、弱小グループが羽根を広げられる唯一の時間だ。風邪から復帰した村田君率いる村田ーズや、カードゲームに魂を燃やす決闘者(デュエリスト)たちもここぞとばかりに声を大にしていた。まあ、彼らは三大勢力が集結しても御構い無しなのだが。


 熱き決闘者がデスティニードローをしたと同時に、月ノ宮さん、天野さん、佐竹が順番に入室した。


 月ノ宮さんはファンクラブの面々に小さく手を振りながら、サービス精神旺盛な微笑みを湛えて「おはようございます」と挨拶をした。ファンクラブの面々は、まるで神が降臨したかのように、それこそ跪く勢いで挨拶を返していた。ここまでくると宗教だな。彼らの総称を〈月ノ宮教〉と改めるべきかもしれない。


 天野さんは初手から関根さんに絡まれて、面倒臭そうにしながらも生硬な笑みを浮かべていた。関根さんの相変わらずな暴走機関車っぷりに、周囲にいる女子たちも付いていけていない。どうすればあそこまでハイテンションでいられるのか今度試しに訊いてみようかと思ったけれど、どうせ大した答えは訊けそうもないのでやめておく。


 佐竹はというと、軍団員たちと恒例の「ウェーイ!」からのハイタッチを決めて、「休み中なにしてた?」、「それやばくね?」、「まじウケるわ」の応酬をしている。話の内容が無いようでいて、それでもコミュニティが成立しているのだから僕の中にあるコミュニケーションの概念が覆りそうだ。


 三大勢力を見物していると、思うことがある。月ノ宮さんも、天野さんも、佐竹だって居場所を持っていて、普通に高校生活を送っているだけでは、僕らが交わることもなかっただろうな。


 月ノ宮さんは雲の上の存在だし、天野さんはちょっとおっかないし、佐竹はパリピなウェイ集団のリーダーだ。多分、適度な距離をお互いに保ちながらも牽制し合い、上部だけの付き合いをしていたと僕は思う。


 勿論、僕のようなすみっこ暮らしに興味はなく、三年間、三人とまともに会話せずに卒業する自信がある。そして、同窓会には呼ばれない。絶対にだ。だからこそ、いまは奇跡みたいな時間を過ごしていると自覚しなければならない。


 きっと、宝くじで一等を引き当てるくらいの奇跡なのだ。


 三人のおかげで学校が楽しいと思えた。三人がいたから孤独を辛いと感じられた。そして、三人が僕を見つけてくれたからこそ、本当の意味で他人を傷つける怖さも知れた。


 それら全ては、僕単体では得ることができなかった経験だ。大切にしたいと思う。でも、僕の手でこの関係を壊さなければならない。それが死ぬほどきつい。逃げ出したい。全部なかったことにして、いまの関係を卒業まで続けられたらと毎日考えてる。そんな自分が狡いと思うし、バカヤロウ! と頬を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。


 なによりも──。


 悲劇のヒロインみたいに懊悩する自分が女々しくて大嫌いだ。





 四限の授業が終わったのを知ったのは、佐竹に肩を叩かれた直後だった。どうやら授業中に意識を失っていたらしい。ここのところ深い眠りを経験していなかったせいで、苦手科目になった途端に集中力が途切れてしまった。


「顔色悪いな。大丈夫か? マジで」


「大丈夫だ、問題ない」


「それ、だいじょばないフラグじゃねえか!?」


 いつもなら佐竹のオーバーリアクションが笑える場面だったが、寝起きで脳が回転していないせいもあり不快感しかなかった。というか、寝覚めに大声を出されれば、だれだって「なんだコイツ」と腹を立てるだろう。寝そうになっている微睡(まどろ)みの時間に「寝てるじゃん」と言われて、「は? 寝てないし」と逆ギレしたくなるのと同じ。いや、ちょっと違うか。


「保健室いくか?」


「あー……いや、遠慮しておくよ」


 梅高の保健室は薄暗くて気味が悪い。保健室の先生も骸骨みたいにヒョロガリで、生徒たちからは陰で『生きる骸骨模型』なんて呼ばれかたをしているくらいには骸骨極まっている。それ以外にも理由はいくつか存在するけれど、僕がその理由についてどうこう言う資格はない。


「え、優志君体調悪いの?」


 と、今度は横から天野さんが心配そうな声で訊ねた。天野さんの左手には、赤色のバンダナで包んだお弁当箱が握られている。僕を昼食に誘ってくれようとしていたのかもしれないが、空腹ではあるものの食事をする気分ではなかった。


「いや、本当に大丈夫だから。──外の空気を吸ってくるよ」


「なにかあったらメッセージ送ってね?」


「俺にも送れよ!?」


「アンタに送っても〝マジか〟と〝ガチか〟しか返ってこないじゃない」


 そんなことねえよなあ? と同意を求めらても、それが事実である以上はフォローできそうにない。僕は佐竹の肩に手を置いて、「頑張ってね」と伝えた。もう、佐竹頑張れ。なにがとは言明しないけれど、取り敢えず頑張ろうな。ガンバレー。


「お、おう……がんばるわ?」


 教室を出て玄関口を目指して歩き、靴に履き替える。目指す場所は僕のベストプレイスだ。あそこならだれにも邪魔されない。別になにか特別なことをしようってわけではなく、単純に一人になりたかったのだ。一人になって、ぼうと空を眺めていたかった。流れる雲の形を目で追いながら、時折吹き抜ける北風を浴びたい。


 そう思っていたけれど、僕がくるよりも先に、知った顔がベンチに座って本を読んでいた。



 

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