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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百四十八時限目 クリスマスに向けて〜佐竹義信の場合〜


 みそラーメンはまずまずの出来だった。


 食器類を片付け、ぼうとテレビをみながら余韻を楽しんでいた。居間にあるソファーは安物ではあるけれど、寝そべるだけなら文句はない。然し、ラーメンで得た熱がそろそろ逃げつつある。数日前に出した()(たつ)に移動するタイミングは、体がちょっと冷えた頃がベスト。でも気がつくと入っているんだよなあ。


 炬燵ってブラックホールなのかもしれない。それともダメ人間ホイホイか。入ってっきた人間をダメにすると考えれば、後者に軍配が上がりそうだ。


 ソファーに背中を預けて脱力していると、携帯端末が至福の時間を邪魔する。ああそうだ、携帯端末は食卓に置き忘れたままだった。理力(フォース)が使えればどんなによかっただろうとこういう場面で思わない人間はいないはずだ。寧ろ、このときのためにジェダイになるまである。始まりから既に暗黒面(ダークサイド)寄りなんだよなあ。


 無視をする選択肢をどうにか堪えて炬燵を出た僕は、ほどよい眠気に体を揺られながらも携帯端末を手に取った。


 折角の時間に邪魔立てしたのは佐竹義信である。ポップアップ通知を見て殺意が湧くとは、やっぱりジェダイにならないほうがいいのだろう。ルークよりはメンタル強いと思うけど、そういう話ではないもんね。


 トーク画面を開くと自撮りアイコンの吹き出しに、『楓のプレゼントどうする』のメッセージ。他の学生はどうか知らないけれど、初手挨拶は基本じゃないの? もしかして一般常識すら通用しない相手なのかしらん? 現役高校生が現役高校生に疑念を抱く、冬の午後。


 まあ、ルールは常に変わるものだし、よくわからん独自ルールも存在するのだろう。でも、独自ルールってそのグループのみで交わされた約束だよね。『フォロー外すなら最初からするな』や『リツイートするときは一声かけるのが礼儀』とか、『同じ阿保なら踊らにゃ損々』は他人に強制したり強要するべきではないはずなんだけどなあ。──気を取り直して、と。



 * * *



 佐竹:楓のプレゼントどうする

 優志:僕は一応決めた

 佐竹:なに渡すんだ?

 優志:アロマキャンドル(仮)

 佐竹:じゃあ、それを二人で買いにいけばいいか



 * * *



「はあ?」


 いやいや、そうじゃないだろう。アロマキャンドルは僕が月ノ宮さんにプレゼントする物であって、佐竹は別途用意するのが月ノ宮さんに出されたお題のはずだ。天野さんもそのつもりで話を進めていたのに……まさか佐竹、理解していなかったのか。



 * * *



 佐竹:じゃあ、それを二人で買いにいけばいいか

 優志:いや、違うって

 優志:佐竹は別に用意するって話だったでしょ

 佐竹:マジか

 佐竹:俺はなにを渡せばいい?

 優志:自分で考えなよ

 佐竹:ハードルたけえな

 佐竹:とりまドンキいくべ?



 * * *



「さすがにドンキはないだろ……」


 激安ジャングルで楽しいお店ではあるけれど、ドンキに売ってる物を月ノ宮さんが喜ぶとは考え難い。


 月ノ宮さんは外見をあまり飾らない人だから、ピアスや指輪は要らないだろうし、なんなら倍以上の値がする装飾品を持っているはずだ。オモチャ同然の指輪を貰っても苦笑いしながら受け取るだけで、指に嵌める日は永遠に訪れない気がする。



 * * *



 佐竹:とりまドンキいくべ?

 優志:佐竹がそれでいいなら

 佐竹:くっつく言い方だな

 優志:それを言うなら引っかかる、ね

 佐竹:ドンキがだめならハンズか?

 優志:ハンズでなにを買うのさ

 佐竹:ヘッドホンは?



 * * *



「なるほど」


 言われてみればイヤホンやヘッドホンも、アロマキャンドルに匹敵するプレゼントかもしれない。


 自分で買うには少々躊躇う値段だが、有って損はない代物だ。「プレゼントしたヘッドホン使ってる?」と訊かれて、仮に使っていなかったとしても、「部屋で使ってるよ」と言い訳も立てられる。そして、イヤホン類は消耗品でもある。現在使用している物が断線したときの予備としても有りだ。



 * * *



 佐竹:ヘッドホンは?

 優志:いいと思う

 佐竹:Bluetoothがいいよな

 優志:結構高いよ?

 佐竹:二〇〇〇円くらいで買えないか?

 優志:あまりおすすめはしないけど

 優志:どれにするかは現地で決めればいいよ

 佐竹:それもそうだな



 * * *



 佐竹とのやり取りを終えて、時計を見遣ると三時を過ぎていた。大切な土曜日をプレゼントの相談で終えてしまう切なさと、時間を巻き戻したい悲しみが同時に押し寄せてくる。


 無駄な時間だったとまでは言わないけれど、もっと端的に話を済ませられないものだろうか。二人とも暇だったの?


  プレゼント候補は決まったとして、懸念が残るのは『探しにいく日』だ。


 クリスマス、クリスマスイブ当日にお目当の物が買えるのか。


 それだけではない。


 月ノ宮さんがなぜその日を選んだのか、だ。


 特別な日にデートして『答えを出せ』と言いたいのはわかる。わかるけれど、その答えをクリスマスプレゼントとするのは心苦しい。


 僕は未だに答えを出し兼ねている。


 この関係を崩してまで欲しい存在なのかわからないままだ。


 僕は友だちを得た。友だちを得て、高校生活が随分と豊かになったと思う。教室では然程変化はないけれど、視界は明るくなったと実感している。


 与えられた世界は居心地がいい。この世界を壊してまで必要な存在とはあるのだろうか。自分の心を満たすだけの相手なんて、それこそ嫌悪対象だったはずだ。


 二人ぼっちの世界で傷の舐め合いをするくらいならば、僕は──。



 

【修正報告】

・2021年7月10日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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