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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
628/677

四百四十七時限目 クリスマスに向けて〜天野恋莉の場合〜


 翌日の朝。


 ようやっと自分の出番かと主張する太陽の熱を窓辺で感じつつ、自室でパソコンの画面と向かい合う。検索ワードは『女子高生 クリスマスプレゼント』。自慢ではないけれど、僕のプレゼントセンスは地の底よりも低いと自負している。それだけに、事前情報くらいは脳内に叩き込んでおこうという殊勝な考えでパソコン先生に助力を求めた。


 現代を生きる女子高生は美意識が高いようで、クリスマスプレゼントのおすすめの商品に、ハンドクリーム、リップクリーム、アイシャドウなどのコスメ類が羅列されていた。


 クリスマスとは自分ではなかなか手を出せない、出しにくい高級化粧品を無料でゲットできるチャンス! と、開いたページが語りかけてくるようで、女子高生って逞しいなあと感心するばかりだ。因みにだが、埼玉に住んでいて語りかけてくるのは風である。うまい! うますぎる! 三割うまい! ──それはぎょうざのお店だったか。


 プレゼントを送る相手が『一般的な女子高生』であればマフラーや手袋、最悪アマギフでどうにか収めることもできそうだが、今回の送り主は天上天下唯我独尊、財力で言えばマスター・アジア級のスーパー女子高生、月ノ宮楓嬢である。『欲しい物はどんな手段を用いてでも出に入れる』を家訓とする月ノ宮さんが欲しい物といえば、それはもう天野さんしかないのでは? 人間をプレゼントにするのはモラル的に駄目だよなあ……。


 それに、クリスマス、クリスマスイブを二人きりで過ごすのだから、二人にもプレゼントを送らなければならない。佐竹はなんか適当に、手作りクッキーでも用意しておけばいいとして、天野さんにはなにを送ればいいんだろう? 手作りクッキーってのもイマイチぴんとこないよなあ、お手頃過ぎるし。


 プレゼント選びで重要なのは、自分が貰って嬉しい物らしい。


「僕が貰って嬉しい物か……」


 豆を挽いて珈琲を淹れたいので、自動のコーヒーミルは貰って嬉しいと思う。けれど、天野さんがそれを望んでいるとは考え難い。では、詩集なんてどうだろうか。最近、小説ではなく詩を読んでみようと考えている僕なので、中原中也辺りを攻めてみたい。いやいや、クリスマスプレゼントに中原中也の詩集を送られたら()(だい)くなって死を夢むまである。


 やはりここは専門家の意見を参考に、天野さんには気持ちお高いヘアミルクをプレゼントするとして、先送りしていた本題に頭を抱えることにした。


 望めばなんでも手に入る月ノ宮さんが貰って嬉しい物と考えると、それはもう地球上には存在しない。であるならば、考え方を変える必要がある。貰って嬉しいのではなく貰っても邪魔にならない物としてみれば、それなりに的を絞れるはずだ。喩えば、わざわざ購入するまでもないけどちょっと気になっている雑貨とか? 雑貨、雑貨、雑貨……。





 * * *





 アロマキャンドルはどうだろう? と天野さんに電話で相談してみた。


『悪くはないわね。でもどうしてアロマキャンドルなの?』


「わざわざ買うにはどうでもよくて、でも、貰ったら使ってみようと思う代名詞みたいな物じゃない? アロマキャンドルって」


『選んだ理由が後ろ向き過ぎて、反応に困るわ……』


 携帯端末越しから目頭を抑える天野さんの姿が浮かぶ。然し、天野さんが嘆くほどに後ろ向きだっただろうか? かなり実践的な考え方だと思ったのだが。下手に化粧品をプレゼントしても月ノ宮さんは喜びそうもないし。


 であるならば、洒落っ気のある物がベストだろう。アロマキャンドルって名前の響きがもうお洒落。お香って書くとお堅い雰囲気だけど、アロマって書くと途端に代官山辺りのオフィスレイディが一日の疲れを癒すために使ってそうとまで飛躍できる。──とんでもない偏見だが。


『私は枕がいいんじゃないかと思ったんだけど、どう?』


「どうして枕?」


『日常的に使える物がいいかなって』


 それも悪くはなさそうだが、月ノ宮さんが使ってる枕の質は僕らが使っている枕とは一線を画す代物だろう。まあ、天野さんが日常的に使用している枕をプレゼントすれば相当喜びそうだけど、これは言わないほうがよさそうだ。


 というか、そんな物をプレゼントしたら暴走して、ガンギマリノ宮さんになること間違いない。部屋から出てこなくなっても困るもんね!


「候補はいくつあってもいいし、いま出た二つをメインに考えて適当に店を回ってみようか」


『それでいいと思う。もしかしたら掘り出し物が見つかるかもしれないし』


 それからたわいもない話を暫く続けた僕は、それじゃ、と通話を切り、時計を見遣ると昼になっていた。クリスマスプレゼントの相談をするだけだったのに、一時間半も通話していたことになる。だが、これで終わりではない。


 今度は佐竹と通話しなければならない。


 佐竹は月ノ宮さんになにをプレゼントする気なのだろうか。ちゃんと考えていればいいけれど、佐竹だからなあ。『その場のノリでビビッときたのでいいんじゃね? ガチで』とか言いそうで怖い。


 基本的にパリピ脳な佐竹だ。ネタに走る可能性も否定できない。あれだ。プレゼント袋のなかにゴキブリのオモチャを仕込むとかやりそう。ドッキリとサプライズを履き違えてるまでもある。ドッキリは相手は貶めるため。サプライズは純粋に相手を驚かせるためだ。前者は悪意、後者は善意──喜ばせる──というイメージがある。


 打ち合わせをして損はないが、その前に腹ごしらえをしておこう。天野さんで一時間半を要したのだ。佐竹もそれなりに時間がかかるとすれば、空腹で苛々が倍増するのは避けたいところである。


「面倒だし、インスタントラーメンでいいかな」


 昨日、帰りにスーパーマーケットに寄って買ったみそラーメンがあるはずだ。もやし、ひき肉、ネギを添え、最後にバターを一欠片落としてみよう。これだけで格段に美味しくなるって、袋麺は素晴らしい商品だよね。──クリスマスプレゼントに相応しくないのが残念でならない。



 

【修正報告】

・2021年7月10日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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