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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百四十三時限目 だれかと恋仲になるということ


 放課後、四人でダンデライオンに集まった。悪天候のせいもあって、久しぶりの空き具合だ。それでも指定席には先客がいて、ここ数ヶ月間あのテーブル席に座れた試しがない。「仕方ないわね」と言う天野さんの言葉を借りるようではあるけれど、こればかりは運が左右するのだから文句を言っても詮無いことだ。


 僕らは出入り口側にある一番角のテーブル席に座った。


 天野さんは実に落ち着いた様子で月ノ宮さんと談笑をしている。最近流行りのドラマの話題で盛り上がっているけれど、月ノ宮さんってそんな庶民的だったか? どちらかと言えば討論番組を好み、ドラマを見る習慣はないように思う。


「月ノ宮さんってドラマ見るの?」


 黙して二人の会話を訊くだけにしているのは居心地が悪く、差し当たって興味もない会話に混ざってみる。すると、月ノ宮さんは「よくぞ訊いてくれました」得意げに鼻を鳴らした。


 今更になって思うのだが、お嬢様が鼻息を荒げるのは如何なものだろうか。これも僕たちに心を開いている証拠なのかもしれないとはいえ、ファンクラブの面々が見たら動揺を禁じ得ないだろう。教室で迂闊に話題を振るのは避けたほうが得策か。ああでも、教室で月ノ宮さんに自ら近づくような用事もないな。


「実はですね。このドラマの脚本を書いたのは、私の知り合いなのです」


「へえ、そうなんだ」


「知り合いといっても、昔から付き合いがあるというだけなのですが」


 つまり、月ノ宮家と縁がある人ってわけか。それならば、月ノ宮さんが珍しくドラマを視聴するのも納得だ。大人の付き合い、という点においてではあるけれど。


「元々は小説だったのよね。売れっ子俳優が主人公を演じていて、それで人気に拍車がかかったのよ」


 補足するように天野さんが言う。


「主人公の決め台詞の〝有り余るねえ〟って言葉は、今年の流行語大賞に選ばれるかもしれないわ」


 僕は件のドラマを見たことないのでわからないのだが、『有り余る』って言葉をどういったタイミングで使っているのだろう。日常会話の隙間に、「それ、有り余るね」なんて言ったら、白い目を向けられてしまいそうなものだ。まあ然し、非日常をお茶の間にお届けするのがドラマだしな。主人公に個性を持たせるための台詞回しと思えば、特別なことでもない。


「因みに、ドラマは原作の五巻までをショートストーリー風に再現したもので、深く知るには原作を読むことをおすすめ致します」


「何巻まで出てるんだ?」


 食いついたのは、僕の隣で携帯端末を弄っていた佐竹だった。なにやら真剣に携帯端末の画面を睨んでいたから声をかけずにいたけれど用事は済んだらしい。


「来月に最終巻の一〇巻が発売されます」


「なげえ作品なんだな……マジで」


 来月ってことは、新年に合わせたのだろう。正月の退屈な時間を読書で埋めてくれ、という出版社の意図が見える。


「来月か。──もう一年が過ぎるんだな」


 ぼそりと呟いた佐竹の言葉が妙にリアル染みていて、それまで笑顔だった天野さんと月ノ宮さんの表情が強張った。臭い物に蓋をするわけではないが、あまり考えないようにしていたのだろう。僕は数週間後のことすら考えたくないのだから、他の三人が目を泳がせるのも納得だった。


 重く苦しい空気が僕らの卓に充満しているその最中、場違いの軽やかなドアベルの音が響いた。入ってきたのは僕らとそう変わらない年頃のカップル風の男女で、どこか初々しい。「素敵なお店ね」と彼氏に告げる彼女の頬は赤く、「そうだね」と同意する彼氏の頬もまた赤らんでいた。


 制服からして他校の生徒だということは一目で理解したけれど、駅から離れたこの店を見つけるなんて! もうダンデライオンを秘密基地と呼べそうにないな。店が知られるのは喜ぶべきなのだろう。それでもやっぱり、一抹の寂しさは残る。


「あの二人は、これからダンデライオンの常連になるんだろうな」


「そうね。いい店だもの」


「お兄様のお店ですから、気に入らない理由がありません」


 兄妹だからって贔屓目が過ぎるのでは? と思ったが、月ノ宮さんの自信たっぷりな言い分には同意する。休みの日にわざわざ足を運ぶほどの常連になっている僕だ。珈琲とサンドイッチの味は他店と比べ物にならないし、居心地だって──。


 楽しいときも、苦しいときも、悲しいときだってこの店と共にあった気がする。いつだって照史さんは笑顔で僕らを迎えてくれて、美味しい珈琲をご馳走してくれた。それはずっと変わらないと思う……そう、思いたい。


「もうすっかり冬ね」


 と、天野さんは窓の外を眺める。灰色の雲は太陽を隠し、冷たい雨を降らせている。気温はぎりぎり二桁を保っているが、冬の色が濃くなるにつれて寒さも厳しくなるだろう。


「つい最近まで夏だったのにな」


 気温の変化は一瞬だった。それだけに、佐竹の言葉にも頷ける。


 本当に、あっという間だった。面倒な出来事も多々あったけれど、それもきっと、いつかは思い出になるのだろう。そうやって諦めて、切り捨てて、僕らは大人になっていく。


 友だちだった人たちの顔も大人になれば記憶から排除されてしまうのであれば、いまをどう足掻いたってどうにもならないのではないか? なんて、一年前の春、梅高に入学したばかりの僕だったら、そう捻くれた考えをしたに違いない。いまは、忘れたくないな、と思う。


 青春なんてクソ喰らえだ、と粋がっていたあの日の僕に、「青春も悪いもんじゃない」と胸を張って豪語できるかはわからない。ただ、あの日よりは成長したと実感している。大人と呼ぶにはまだまだ遠く幼いけれども、大切だと思える物はできた。だけど、特別と呼べるものは、未だに見つけられない。


 だからこそ、僕は選ぶべきなのだろう。選択肢を与えられたのはけじめを付けるためなのだから、傷つけることに臆病になるわけにはいかない。傷つくことから逃げてもいけないのだ。それが、だれかと恋仲になる、ということであるならば──。



 

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