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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
622/677

四百四十一時限目 クリスマスは今年もやってくる


 しとしと降り続いた雨も、明日には晴れるようだ。そう思うと一抹の寂しさが込み上げて……こないな、うん、全然こない。湿気のせいで髪の毛は(うね)り、寝癖を直すのも一苦労するのだから一刻も早く止んでほしいと願うばかりだ。


 雨音が教室を支配する感覚は嫌いじゃない。それでも、七日も続けばうんざりする。辟易と言い換えてもいい。満たされ過ぎて嫌気がさすなんて贅沢な話だが、天候だしなあ。砂漠地帯でもない限り、これくらいの我儘は通るだろう。


 雨音に耳を傾けてぼうとしているのは、悪くないと思う。ハロルド・アンダーソンを読むか、それとも宗玄膳譲の新作を読むかどうか熟考した結果、僕の手元にあるのはハロルド本だった。


 斜に構える主人公が擽ったいけど、いい感じ。この本は、僕が所有するハロルド本の最後の一冊でもある。


 ハロルド・アンダーソンが後世に残した小説の数は全部で二十五冊だと、ネットの情報にあった。然し、あまりにも古い作品のため、絶版になった本も少なくない。まだ月ノ宮家にいた頃の照史さんですら全て揃えられていない現状を思うと、絶版になってしまった本の入手は困難を極めるだろう。もっとも、全冊揃えようとまでは思わないけれど。


 栞を挟んで本を閉じた。


 教室に明かりが点いていることに気がついて周囲に目を配ると、数人の生徒が着席している。我がクラスの三大派閥に所属していない生徒は静かなものだ。小規模のグループでも話の主軸になる人物がいなければ、借りてきた猫のようになっている。そのなかに、軽音部所属の元沼君がいた。


 元沼君はオレンジ色のヘッドホンを耳に当て、バンドスコアに目を通している。僕の位置からではどのアーティストのスコアかまではわからないけれど、集中している様子だった。


 梅高音楽祭は二日にかけて行われる──というのも、それは生徒側だけの主張だ。音楽祭前日に行われる今年最後のライブイベントを、梅高生徒は『音楽祭初日』と勝手に謳っている。


 軽音部員である元沼君は、下手な演奏はできないと意地になっているのだろう。よっぽど下手クソな演奏でもなければブーイングも起きないだろうに。


 学校で開催されるライブで完璧な演奏を求めるのは殊勝な心掛けではあるものの、完璧を求めるあまり他がおざなりになってしまうのは如何なものだろうか。


 楽器の演奏もできない僕が音楽のなにかを説けるはずもないとはいっても、音を楽しむのが音楽の由来である。クラシックであればスコアが大切というのも頷けるけれど、ロックは魂で演奏するものじゃないの? ま、知らないけどさ。


「おはよう、諸君!」


 (かみ)()のドアを開き、大声を上げて教室に入ってきたのは自称・名探偵の関根泉。頭部から生えているツインテールがロリロリしさに磨きをかけている。ちっこくて元気。笑顔がキュートな関根さんだが言動に難ありで、男の影がちっともない。だが然し、それを悩んでいる風でもなく、僕ともフランクに、ウィットに富んだ会話をしてくれる貴重な人材だ。

 

 関根さんに続いて数人の女子生徒が「おはよー」と入室するのをぼにゃりと横目に入れていると、最後尾に天野さんがいた。目が合うと、胸付近で小さく手を振られた。別に、胸に目が向いてしまった罪悪感から目を逸らしたわけではない。いや、これは目がアウトですね。目が合うと、だけに。


 関根さんたちに「また後でね」と合図を送るみたいに手を振って別れを告げた天野さんは、その足で僕のほうへ。──え? 


「おはよう」


「おはよう……?」


 にこと微笑み佐竹の席に座った天野さんに戸惑いつつも、疑問系で朝の挨拶を返した。こういう日がいままでなかったわけでもないが、珍しいといえば珍しいことである。


 なにが珍しいって、天野さんが佐竹の席に座るこの光景がレア過ぎる。


 ソシャゲのガチャで喩えるならば、意図せず排出率一パーセント未満のUR(ウルトラレア)を引き当てたが、欲しかったURではなかったときの心境だ。


 椅子に座って挨拶をした天野さんの表情は硬い。


「どうかしたの?」


 どうかしてなければこんな状況になっていないだろうことは、言うまでもない。佐竹が「あのさ」と言ってくるくらいの嫌な予感。僕の嫌な予感というのは、ラノベの主人公くらいの引きまである。やっぱり確率操作されているような気がするんですけどねえ、人生という名のゲームの運営さん? ユーザーの声は届いてますかー? 返信はbot対応ですかー?


「優志君は」


「うん」


「クリスマスは用事あるかしら」


「くりすます?」


 未だ(かつ)てクリスマスに用事があった年があっただろうか。ないなあ。小学生だった頃はそんなイベントに期待もしていたけれども、枕元にプレゼントが用意してあったのだってそれくらいの歳までだったしなあ。以降のプレゼントは運送会社の社員が運んできたし。ポチッたのも僕だし。


「ああもしかして、今年もダンデライオンでやるの?」


 去年はダンデライオンを借りて盛大にやった記憶がある。琴美さんにサンタコスまでさせられて、僕の女装趣味がありとあらゆる人にバレた日でもあった。もし今年も開催するのであれば、流星も巻き込んでやろうと腹黒くしていると、天野さんは頭を振った。


「それもいいけど……今年は二人で祝いたいなって」


「二人って、僕と?」


「──うん」


 赤面顔で自信なさげに俯いた天野さんに、はっとさせられた。


「返事はまだいいから、休み明けに訊かせて?」


「う、うん」


 そう言って立ち上がった天野さんは、僕を振り返ることもなく、駆け足で自分の席に座った。


 ──二人で、か。


 心臓が、ぎゅと、締め付けられるようで、あります。苦しい、であります。これは、心臓ではなく、晋三で、あります。と、脳内で元総理大臣が僕の心境を代弁していた。



 

【備考(2021年4月26日現在)】

 最新話の投稿が遅くて申し訳御座いません。

 次回投稿まで気長にお待ち頂けたら幸いです。


【修正報告】

・報告無し。

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