二十四時限目 それぞれの思惑が交差したダブルデートは幕を閉じる[前]
サンシャイニング水族館の最上階で楓ちゃんたちと合流した私たちは、丁度、本日最後のアシカショーが開催されるのを知り、急いで会場へと赴いた。
そして、アシカショーがフィナーレを迎えるとともに、ダブルデートも幕を閉じる。
茜色だった空が紫黒色に染まり、間もなく太陽は西の空へ完全に沈む。賑やかなサンシャイニングロードの常夜灯には明かりが灯り、町の景色が夜へと変貌を遂げた。都会の夜は賑やかではあるけれど、どこか冷たさを感じる。群れるような人混みの中で、それぞれが個体であると然らしめるようだった。
楓ちゃんとレンちゃんが私たちの先頭で、浦島太郎がどうの、人魚姫がこうの、八尾比丘尼が云々と談笑している。〈人魚姫〉と〈八尾比丘尼〉という名称から『竜宮の遣い』を連想したけど……、サンシャイニング水族館にリュウグウノツカイは展示されていない。大人の事情かはわからないけれど、帰り際に立ち寄った売店のお土産コーナーのガチャガチャにはあった。然し、500円支払ってでも欲しいかと言われたら微妙で、半透明なのもどうなんだろう?
私だったらリアルに再現してあるほうが嬉しいなあとは思うが、子ども心を擽るのは、やっぱり〈透明〉なんだろうとは思う。
リュウグウノツカイが泳ぐ姿を確認できるのは非常に珍しく、展示している水族館があるなら是非とも足を運んでみたいとは思うけれど、関東圏では絶対に不可能だ。多分、沖縄の美ら海水族館なんかで、いつの日か展示されるような気がする。沖縄って海が綺麗だし、珍しい海洋生物の宝庫っぽいイメージ。あと、海ぶどうが美味しい。それと、ちんすこうで盛り上がれるのは中学生までだとも思った。
駅まで残り半分程度の距離で、赤信号に足を止める。ビルの隙間を縫うようにして吹き抜けた風が、ファーストフード店の油っぽい匂いを運んできて、ぎゅるりと小腹を鳴らす。
「やっべ、マック食いてえ。ガチで」
隣に立っている彼は『の』を描くように腹部を摩って、空腹を誤魔化そうとしていた。
「無事に産卵できるといいね」
「よもや人間扱いすらされねえのか!?」
佐竹君が大声を上げてツッコむと、先頭に立っている二人が同時に振り向いた。
「たまに、無性に食べたくなるわよね」
「恋莉さん。そのフレーズは店が違いますよ?」
「んじゃ、ちょっと寄ってかねえか?」
直ぐ近くにあるぜ? と、サムズアップした親指をくいくいっと向ける。
どうする? という視線が私に集中して、妙な気まずさを覚えた。テリヤキバーガーとポテトをコーラで流し込むのも吝かではないけれど、女の子ってフィレオフィッシュ大好きなイメージで、フィレオフィッシュバーガーを注文すれば健康に気を遣ってます感を出せるまである。
マックを選んだ時点で、健康とは程遠いんだよなあ……。
「お茶するくらいならいいけど、遅くならないようにしないとね」
「おっしゃ! 早くいこうぜ!」
私が言うと、佐竹君は大袈裟に歓喜した。
マックで小腹を満たした私たちは、自ずと駅の出入口付近で足を止めた。
マックで散々話した後だから、語る言葉も見当たらない。それでも、このまま終わらせたくないと、最初に足を止めたのはレンちゃんだった。
駅を利用する人々の邪魔になるからと、私たちを誘導したのは楓ちゃんで、付近にある柱に沿うように並ぶと、都合よく二組に分かれた。
「この時間……、なに?」
ちょいちょいっと彼の頭を手招きして、内緒話するように声を潜める。
「わからん」
佐竹君は首を振って、所在なさそうに視線を前に向けた。
ああ、そういう時間か……と、私は思った。
会社の飲み会が終わり、店の外で全員が揃ってから『だれが先に帰る?』みたいな空気になる感じに似ている。忘年会シーズンで多々見かけたりするけど、一体、なんのための集合なんだろう? まるで『いつまで帰らずにいられるか』って、チキンレースを行ってるみたいだ。
だれも口を開かず、黙々と駅利用者の往来を流し見ているこの時間は、それと酷似している。
そんな中、痺れは切らしたのは佐竹君だった。
「そろそろ帰らねえ?」
ここで立ち止まってても意味ないだろ、と口吻を洩らように言うと、私の隣に面する場所でじっと微動だにせずいた楓ちゃんが、背中から反動をつけて、踏鞴をふむようにひょいっと一歩前へ踏み出した。
「そうですね。名残惜しいですが、本日はここまでと致しましょう」
その一声で、私たちは背中を預けていた柱から踏み出して円を囲むように集まり、今日の日はさようなら、また会う日までと別れを告げた。
楓ちゃんとレンちゃんは、途中まで進行方向が同じらしく、楓ちゃんはほくほく顔で、苦笑いするレンちゃんにアピールするかの如く、頻りになって声を掛けながら改札を抜けていった。
佐竹君は気づいてないのか、それとも興味がないのかは定かじゃないけど、私は、二人が下の名前で呼び合っていたのに気がついて、『楓ちゃん、頑張ったんだねえ』と、親戚のおばさんみたいに感慨に耽る。
私たちは、二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、ホームへと続く階段手前で振り向いた二人に手を振って最後の挨拶とする。
これにて、本日のお役目の半分は終了だ。
緊張が解けたかのように、ほっと胸を撫で下ろした。
「おつかれ」
一瞬だけ離れていた佐竹君が、労いの言葉と一緒に無糖のコーヒーを差し出した。別に、無糖じゃなくてもいいんだけどな、なんて文句を言ったら折角の好意が台無しだ。
「ありがと」
そう言って受け取ってから、バッグの中にある財布を出そうとすると、佐竹君は「奢りだ」とぶっきら棒に答えて、もう片方の手に持っているアイスココアのプルタブを開ける。
プシュッと空気が抜ける音は、いつ訊いても子気味いい。私も彼に倣ってコーヒーを開封してから一口飲んで隅に移動した。
移動した先の壁には、長広い広告ポスターが貼られている。田舎の駅だと端っこに落書きされていたり、目や鼻に画鋲が突き刺さっていたりするのだが、都会の駅ではそんな田舎臭い悪戯をする者はいないらしい。まあ、壁にテープで貼り付けるタイプのポスターだから、画鋲類での悪戯はちと厳しいか。
人の往来は途切れず、まるで川の流れのように一定の方向を目指すスーツ姿の男性たちの中、ごろごろと床を転がるキャスター付きのトランクを運ぶ集団が通り過ぎた。
おそらく、海外からの旅客だろう。
日本では見たことがない服を着ていたし、アジア圏内であることは直ぐにわかったけれど、中国人か、あるいは韓国人かの判断までは付かなかった。爆買いブームが続いているとは考え難い世界情勢なので、もしかするとツアーかな?
その一行が通り過ぎるとごろごろ音が無くなって、闊歩する人々の足音だけが残った。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し