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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二十一章 Invisible,
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四百三十七時限目 犬飼羽宇琉は石鹸の匂いがする


 下駄箱で八戸先輩と別れた僕は、そのままの足で校内をぶらついた。


 一年生のフロアに踏み入って、ふと一年三組の前で足を留める。ドアの小窓から室内を覗き込んでみると、カーテンが新調されていた。その他にも、だれかが持ち込んだのか、クラス費で購入した物なのか、小型の冷蔵庫が設置されている。


 他所の高校はどうだか知らないけれど、梅高は実にフリーダムな校風で、クラス全員の賛成票と担任の許可が下りれば、ちょっとした家具を購入できる。たしか、二年一組には安物のソファーが置いてあったはずだ。


 以前、クラス会議で三組もなにかを購入しようという話が出た。冷蔵庫、電気ケトル、電子レンジ、大型テレビ、と、様々な意見が飛び交う会議だったが、その全てを月ノ宮さんが却下した。曰く、「無駄にクラス費を使うよりも、三年間貯蓄して、最後にぱあっと使うほうがいい」と。


 三組は祭りごとがすきな人間が多い──佐竹軍団を筆頭にして──ので、月ノ宮さんの意見に異議を唱える者はいなかった。けれど、さすがに全てを却下するのは忍びないと思ったのか、翌日、月ノ宮さんは実費で電子レンジを購入して持ってきた。しかも、最新のやつだ。


 金持ちはやることがき……豪快である。実費での購入ともあれば、三木原先生も文句は言えない──というか、三木原先生もちゃっかり利用していたりして。


 そういった経緯もあり、この時期にもなれば、各教室にも、それなりに個性が生まれる。今年の一年三組は、かなり大胆な買い物をしたなあ。


 僕は一年三組の教室を後にして、非常口から外に出た。体育館裏口に繋がる外廊下は、アーチ状の天井がありながらも、その恩恵を受けることなく水溜まりができていた。


 私立なんだけど、梅高は結構ボロいのだ。年々生徒の数も減っているようで、校内、校外の修繕に手が回らないと噂されていたりする。


 水溜りを避けながら体育館の裏口に移動し、近くにあった自販機でホットコーヒーを購入した。がろん、と缶が落下する音を訊き届けて、取り出し口からブラックコーヒーを取り出す。あっつ。え、超あっつ。


 某漫画に登場する、ローマ字一文字の超天才名探偵みたいな持ち方で缶を持ち、ちびりと一口飲んだ。美味し……くはない。缶コーヒーが挽きたての珈琲に勝つ日はいつになるんだ、と贅沢な文句を呟いた。


 体育館のなかでは、運動部が活動を始めていた。バッシュのスキール音と、ボールが床を跳ねる小気味よい音は、青春の一ページみたいだ。あまり使われていなかった体育館二階をバスケ部が使用する運びになったのは、七ヶ扇さんの提案である。


 サボる場所を失った流星が、「ふざけやがって」と悪態を吐いていた。サボるほうがふざけてるんじゃないかって正論をお口にチャックしてあげた僕は、超友だち想いなヤツになったと思う。多分、しらないけど。


「あれ? 鶴賀君、だよね?」


 中性的な声が、僕の名前を呼ぶ。


 振り向くと、体育館から出てきたばかりの犬飼先輩が、「お久しぶり」って人懐っこい笑顔で小さく手を振っていた。


「お久しぶりです。──おはようございます」


 いま会いたくない人物第三位と鉢合わせてしまうとは、バッドラックとダンスっちまったぜ。


 犬飼()()()は、犬飼()()の姉である。戸籍的には男性だが、見た目は完全に年上のお姉さん。ほんわかした印象を受けるけれど、キレたらやばい。それは、いつぞやの生徒会騒動で八戸先輩に訊いた話だった。


 犬飼先輩は長い黒髪を白色のシュシュで束ねたポニーテールで、黒色のジャージ姿をしていた。顔がほのかに火照っていて、ちょっと艶かしい。


 首から下げている白のスポーツタオルで、ぽんぽんっと押すように汗を拭きながら、僕の前に立った。


「こんな早くにどうしたの?」


 近づくと、石鹸のような匂いがふわりと香った。女子力だ!


「もしかして、運動部に見学?」


「いえ、そうではないんですけど……そういう犬飼先輩は」


「体を動かしたくてバドミントン部の練習に参加させてもらっていたの」


 バドミントンですか? おうむ返しすると、犬飼先輩はにこりと笑って頷いた。


「あたし、実は中学時代にバドミントンの大会に出たこともあるんだ」


「そんなに強いのに、どうして高校ではバドミントン部に入らなかったんですか?」


 犬飼先輩は頭を振る。


「ううん、強くないよ。部員が少なくて、人数ぎりぎりだっただけ」


 なるほど、と首肯した。


「でも、部活に入るくらいすきだったのでは?」


「どうかなあ……。あまり未練もなかったし、そこまで本気じゃなかったんだと思う」 


 中学の部活は、お試しでやってみるケースも多い。それがいつの間にか本気になって、プロを目指す人もいるだろう。でも、犬飼先輩は、飽くまでも運動の一環だったようだ。


「あ、そうだ。ちゃんと言わなくちゃって思ってたんだけど、弟がとっても迷惑をかけたみたいで」


 ごめんなさい、と急に頭を下げた。


「いえ、そんな──」


「佐竹君にも謝らなきゃって思ってるんだけど、なかなかタイミングがなくて」


「僕から伝えておきます」


「うん。でも……あ、そうだ」


 犬飼先輩の口癖は、「あ、そうだ」で決まりだな。


 弟が「とっても」で、姉が「あ、そうだ」か。


「放課後、もし時間があればなんだけど。お詫びも兼ねて、ダンデライオンにいきましょう!」


 うん、それがいいね! と、犬飼先輩の満遍の笑みが、僕に是非を言わせてくれない。


「佐竹君に伝えてね? あ、早く戻らなきゃ!」


 自販機でスポーツドリンクを購入し、それを片手に持って大きく振りながら、


「また放課後にねー!」


 体育館裏口のドアが閉まる。その向こう側から、「ごめんなさーい!」と犬飼先輩の声が訊こえた。



 

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・報告無し。

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