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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
613/677

四百三十二時限目 フィナーレにファンファーレは鳴らない


 佐竹君は困ったように笑い、私の頭をそっと撫でる。


「それは、俺が決めることじゃないだろ?」


 とはいいながらも、その表情は寂しそうで、私はつい目を逸らしてしまった。


 俺を選んでくれ、とは言わないんだ。


 頭を撫でていた手が耳の裏を伝って頬に触れたかと思えば、親指と人差し指でむにっと摘んだ。──痛い。


「深刻そうな顔してんじゃねえよ。マジで」


「だって」


「それとも、いまのって遠回しに俺を振ったってやつか!?」


「違うよ! ……そういうのじゃない」


 草原を軽快な足取りで駆けるようなフィドルと、風と踊っているみたいな打楽器の音。ティンホイッスルとフルートは、木の枝の上で歌う小鳥たちの囀りを思わせる。


 陽気なケルト音楽に合わせて練り歩くファンタジーパークの住人たちを見て、心を弾ませる人々。さながら、勇者の帰還を盛大に祝う民衆のようだ。


 そんななかで、私だけが思い煩う。


 周囲が明るければ、影もまた色を濃くして伸びる。


 棍棒を巧みに振るうゴブリンの舞いも、虹色の羽根を輝かせながら手を振る妖精にも心惹かれず、足下に広がる闇を見続ける私の肩を佐竹君が力強く抱き寄せた。


「不安か?」


 優しい声音で訊ねる佐竹君。


 不安なのは、自分も同じはずなのに。


「恋莉はああ見えて、実は寂しがりなところあるよな」


 どうして、いまそんなことを言うの……?


「楓は性格に難があるけど、いつも真剣だ」


 ──うん。


「アマっちは悪ぶっちゃいるけど、悪になりきれてないとこが面白い」


 心が、苦しい。


「宇治原だってそうだ。アイツもアイツでいろいろと大変な時期だけどさ? どうにも憎めない性格なんだ。仲よくしてやってくれよ」


「……善処はする」


「それでいい。すきなようにすればいいんだ。だれかに対して気を煩う必要なんてない。──これに関してだけ言えば、太陽の意見は割と正しいと思ったぞ。普通に」


 肩に置かれていた手が熱を帯びていく。


「まあでも、あれだ」


 佐竹君を横目にすると、佐竹君の視線は夜空を捉えていた。


「今日くらいは俺を選んでくれてもよくねえ? とか思ったり、な」


 恥ずかしそうに私を見て、苦笑い。


「ひとのこと賭けの対象にして、よく言えるよね」


「それは俺じゃなくて太陽が──」


「仕方がないから、手、繋いであげる」


 肩に置いてある手に触れて、私は言った。


 成功報酬、じゃないけど。 


 ああ、と佐竹君は頷く。


「わりいな」


「ありがとう、でしょ?」


 首を傾げて疑問を口にした私に、誤魔化すような笑みを湛えた。


「いいんだよ、これで」


 パレードはまだ終わらない。





 * * *





 列が流れて、水龍が私と佐竹君の前にやってきた。


 ウーパールーパー顔が相変わらずチャーミングで、つるっとした体には鱗が生えている。龍というよりもナマズに近い体躯だ。触ったらぬるっとしていそう。でも、表面はつるつるしているだろうな。多分、カーボンとかで作られているのだろう。


「お辞儀チャンス!」


 青白く輝く水龍が、私たちの前でお辞儀をする。水龍に倣ってお辞儀をしたら、佐竹君と目が合ってしまった。


「下げてんじゃねえか、あたま」


「長い物には巻かれろって言うでしょ? 水龍だけに」


「そういう意味だったか? それ」


 本来の意味は違うけれど、私は敢えて答えずに頭を上げた。


 次に、上半身部分だけを再現した一つ目巨人の山車が現れた。一つ目巨人の体は緑色で、厳しい顔をしている。


 力こぶを作る巨人の肩に乗っているのは、二本角を生やした魔王様である。ご自慢のマントを翻しながら勇者一行という設定の私たちに手を振ったり、踏ん反り返ったりしていた。やはり、この魔王様はサービス精神が旺盛のようだ。


 魔王の次に登場したのは、パンフレットにも描かれている本物の勇者一行。彼らの道中を、私たちは追体験していたのだ。それだけに、彼らの勇姿は感慨深いものがある。ラストダンジョンだけ踏破できずに終わりを迎えたのは残念だったが、またいつの日か。


 勇者たちは白馬が引く馬車に乗り、それぞれが持つ武器を掲げる。勇者が持っているのは、大岩に刺さっていた聖剣だ。どこからか、「あの聖剣って実は引き抜けるらしいぞ」と、男性の声が耳に届いた。


「マジかよ!?」


 他人のひそひそ話に反応するのはマナー違反だよ、と注意したけれど、『引き抜ける』という事実を知ってしまった後では効果はない。


 因みに。


 話し合いが終わった後、佐竹君は聖剣を引き抜こうとして失敗している。


 佐竹君が聖剣を引き抜くには、人生の経験値が足りないらしい。


 勇者が大岩に聖剣を突き刺すと、大きな花火が夜空を飾った。





 * * *





「今度きたときは引っこ抜いてやる。ガチで!」


 ゲートを目指していると、佐竹君が思い出したかのように大声をあげた。


「それには、三周くらいしないと無理かもよ?」


「クリア特典が厳しい!?」


 私たちは一周目すらクリアできていないので、『物語序盤に聖剣を手に入れる』という特典を得るには、少なくとも四周はしなければならないだろう。然し、佐竹君を勇者にして、世界は大丈夫なのだろうか。と、私は玉虫色の未来を憂う。


「でも、俺が一番欲しいのは聖剣じゃなくて──」


 の後に続く言葉は、周囲にいる人々の喧騒に掻き消されて、私の耳には届かなかった。


「え、ごめん。訊こえなかった」


「なんでもねえよ!」


 ふと後ろ髪を引かれたかのように、急に足を止めた佐竹君。


「どうしたの?」


 やり残したことでもあるのだろうか。


 ──アイツらに自慢してやるんだ。


 聖剣を模して作られたボールペンを軍団の男子人数分、女子には杖バージョンをお土産に購入していた。


 お土産選びのセンスのなさは、さすがという他にない。


 ──クッキーでいいじゃん。


 とした私に、


 ──形に残るほうがいいだろ、ガチで。


 聞く耳持たず、お会計の値段を見て白くなっていたのはついさっきのことである。


「もしかして、帰るのが惜しいとか?」


「ちげえよ!? なんつうか」


「消化不良?」


 それだ! と手を叩く。


「だからって、カラオケはいかないからね?」


「俺とカラオケをイコールにするな!?」


 会心のツッコミが入った。


 佐竹君といえばツッコミ、ツッコミといえば佐竹君みたいなところがある。ボケもできるし、一人二役は割とお得。


 但し、ボケの場合は本人に自覚がないのが傷である。


「ま、しゃあねえか」


 歩き出そうとする佐竹君の手を引っ張った。


 バランスを崩し、よろよろっと踏鞴を踏んで私にぶつかる。


「お前な、急に引っ張ったらあぶねえだろ。普通に」


 私は佐竹君の体温を感じながら、『最後くらいは』とヒロインの務めを果たすことにした。


「カラオケにはいかないけど、ファンパなら、また一緒にいってあげてもいい……かも」


「それはお前、反応が可愛い過ぎるだろ……ガチで」


 右手は繋いだまま、左手を背中に回した佐竹君に、ぎゅうと体を締め付けられる。


「大勢の前で、恥ずかしいんだけど」 


「足りねえくらいだ」


 もっと大勢に見てほしい、という変態的願望の表れなのか。


 まあ、でも。


 なんとなくではあるけれども。


 言いたいとすることは、わかる。


 私だって、そこまで(ぼく)(ねん)(じん)ではない。


 だからこそ、言葉を迷う。


 言い淀む。 


「……ばか」


 ファンタジーパークでの出来事は、ファンタジーに回帰する。


 寝言は寝て言うものだ。


 明日には、退屈だけど充実した日常が待っている。


 私は優志に、佐竹君はクラスのリーダーに。


 不満はない。


 それなりに不便もあるとはいえ、そこそこには楽しい。


 帰りにダンデライオンに寄れば満足してしまえる気軽な憂苦を満喫して、帰宅すれば宿題をやっつけ、本を読んだりしながら眠る。


 似たり寄ったりな日常でも、退屈で平凡な高校生活でも、答えが出ない問題に(かかづら)い続けるのも学生の本分とも言える。──それでも。


 答えだけは出さなきゃいけない。


 白紙のまま提出するわけにはいかない。


 佐竹君に抱きしめられている時分に、そんなことを考えていた。



 

【修正報告】

・2021年7月9日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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