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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
612/677

四百三十一時限目 優者


 ふと匂った潮風に誘われて周囲を見渡すと、道すがらに配置されているキノコ型のランプが夜道を照らしている。杏色、黄金色、露草色、紫苑色など様々な色で染まる道は、()(とぎ)(ばなし)のワンシーンみたいだった。


 そんなファンタジーパークを思い出に残すべく、集まった人々は片手に携帯端末を掲げて写真撮影に興じる。


 普段は絶対にお目にかかれない風景を写真に残したい、という気持ちは、わからなくもない。こんな状況でもなければ、私も一枚くらいは撮影していただろう。


 だれに見せるでもないのに撮影する意味があるのか? なんて疑問は野暮だ。


 純粋に、今日という日を満喫したかった。


 だけど、私だけが目を背くわけにはいかない。


 佐竹君と太陽君を、交互に見遣った。


 自信満々な表情をする太陽君とは対照的に、失意を顔に浮かべている佐竹君。


 どう考えたって太陽君の勝利は揺るがないだろうと諦めかけたそのとき、佐竹君は自らの拳で、自分の頬を思いっきり殴りつけた。


 気合いを入れ直すには強過ぎる一撃に、私と太陽君は呆然と立ち尽くしていた。


 不甲斐ない自分を戒めるにしたって限度があるでしょ、と普段の私だったら咄嗟にツッコミを入れていたところだ。


 そんな私の胸中を代弁するように、


「加虐趣味でもあったんですか?」


 太陽君が茶々を入れる。だが然し、佐竹君の耳に太陽君の皮肉は届いていない。若しくは、敢えて無視したのかもしれない。


 どちらにせよ、太陽君には面白くない結果だったようで、ちと舌打ちが訊こえた。


 会心の一撃を頬にぶつけた張本人は、少々涙目になりながらも、その(まなこ)には光が戻り始めている。


 いや、涙に反射したキノコの光がそうさせているのかもって、私は随分とファンタジー寄りな感想を抱くものだ。


「たしかに太陽の言い分は正しい」


「なにをいうかと思えば、敗北宣言ですか」


「──とでも言うと思ったかばかやろう」


 太陽君は顔を顰める。


「佐竹先輩のくせに、言いますね」


 睨みつけられても佐竹君は怯まない。


 そればかりか、尖った視線を送り返していた。


「すきな人の気持ちも推し量れないで、なにが恋愛だ」


 捻り出した言葉は、感情論。


 馬鹿な佐竹君らしい。


 でも、温かみのある言葉だった。


「よくよく考えれば、お前と俺で意見が合うわけねえんだよ。つか、強要してるのはどっちだ。リアルガチで」


 リアルガチ。


 やっぱり、意味わからない。


「他人の気持ちがわかるはずがないって、太陽は言ったよな?」


 こくりと首肯して、「それがなにか?」と嘲るように佐竹君を煽る。


「する気がないだけだろ」


「では、佐竹先輩は他人の気持ちがわかると、そう言いたいんですか」


 エスパーなんですねえ、と嘲笑する。


 佐竹君は、じと太陽君を見据え続けていた。


「少なくとも、優梨が考えそうなことはわかる」


「話になりませんね」


 やれやれと肩を竦めて、


「負け惜しみが苦しいですよ、佐竹先輩。理解したとしても、それは〝理解した気になってるだけ〟です」


 他人の気持ちや思考を慮ることはできても、的中させるなんて不可能だ。


 言葉の表面だけを取り繕えば、概ね、太陽君の言が正しい。


 でも、正しいからと言って正解とは限らない。


 理論的な太陽君は、感情論でしか動けない佐竹君を、(ごみ)(あくた)としか認識していないし、正論を叩き付けさえすれば負けはないと思っている節がある。──でも。


 理論や計算式を当てがったとて正解を導き出せないのが、『人間の感情』というものなのだ。


 最先端のAIを搭載したアンドロイドであれば、喜怒哀楽を表現できるのかもしれない。


 けれど、〈愛情〉は不可能。


「そこが俺とお前の差なんだよ、太陽」


「なに、を──」


「だったら!」


 仕返しだ、とばかりに太陽君の胸ぐらを掴み、


「優梨がいま考えてることを言い当ててみろよ!」


 ちらと私を睥睨した太陽君だったが、唇は結ばれたままで、開く様子はなかった。


 沈黙は多くを語る──。


 佐竹君は太陽君の問いに、なにひとつ答えてはいない。


 答えは差程重要ではなのだろう。


 本気と本気がぶつかり合えば、最後に鬩ぎ合うのは『想い』。


 どちらの『想い』が強いかで、勝敗は決する。


「太陽、お前の負けだ」


 ──ガチで。


 佐竹君は手を離して、右手を狐の形に、左手で右手の薬指を抑え込む。


 パチン、という軽快な音ではなく、野太い打撃音が響いた。


 両手を使った必殺デコピンを浴びて怯んだ太陽君は、「痛ったあ!?」と額を抑え、その場にしゃがみ込んでしまった。


「暴力反対です! これは立派な暴行事件ですよ!」


 涙目で訴える太陽君に、


「うるせえよ、ばーか!」


 佐竹君は両手を腰に当てて、けらけらと笑っていた。





 * * *





 程なくして、パレードが始まった。


 ラストダンジョンに挑むことなく終幕を迎えてしまい、消化不良気味な私だったが、隣りでは大はしゃぎする佐竹君を見て、宇宙の大陸という矛謎めいたダンジョンもどうでもよくなってしまった。


「おい見ろよ、あれって水龍じゃね? あ、お辞儀したぞ! こっち向かねえかなあ、ガチで」


「向き的に無理そうだよ?」


「マジかあ、俺もお辞儀してえ……」


 この場に太陽君がいれば、すかさず「ぼくにでよければいつでもお辞儀していいですよ? 勿論、平服という意味ですけどね」とツッコミが入りそうだ。然し、いま頃は帰りの電車の中だろう。


 ──勝負は勝負ですからね、敗者は去るのみです。


 制止する佐竹君の声にも聞く耳持たず、潔くゲートを抜けていった。


 私のために奮闘してくれた佐竹君には、感謝している。


 だけど、いっかな、これまた、どうして──。


 腑に落ちない点が残っていた。


「ねえ、佐竹君」


「ゴブリンヤベえ! ……おう?」


 一糸乱れず棍棒を振りながら練り歩くゴブリン軍団に、拍手しそうな勢いで賞賛の声を上げていた佐竹君は、気のない返事をする。


 咎めたい気持ちを押し殺して、


「佐竹くんはさ……仮にだよ? もしも私が佐竹君を選ばなかったとしたら、どうする?」


 頑張ってくれたし、頼もしい一面も見られた。


 反抗的な態度をする後輩を叱り、許せる度量もある。


 人はそれを、優しさ、と呼ぶ。


 そこだけを切り取れば、今日の佐竹君は紛れもなく〈ゆうしゃ〉だった。


 優しい者、と書いて、優者。


 ちゃんと、私だけの優者、を演じてみせた。


 私は、ヒロイン足り得ただろうか。


 見た目だけのヒロインなんて滑稽でしかないのに、それでも優者は、私を「ヒロイン」と位置付けているのかが心配だった。



 

【修正報告】

・報告無し。

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