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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
611/677

四百三十時限目 聖剣を引き抜く者


 佐竹君が手を置いていた肩部分を一瞥し、わざとらしく埃を落とすように払った。


 水龍降臨祭は、熱狂と、舞台装置から吹き出す霧で満ち溢れ、観客と演者の興奮は最高潮を迎えているけれど、私たちだけはどこか部外者めいていた。


 太陽君はほくそ笑み、佐竹君は眼前に立つ仇敵を睨みつける。


 交差する視線が、ばちばち、と火花を散らすように見えた。


「場所を変えましょうか」


 それとも、と続ける。


「舞台を見てからでもいいですよ?」


 嘲笑を浮かべる太陽君に、


「別に、興味ねえよ」


 と、眉根すら動かさずに吐き捨てた。


 滅多に怒らない佐竹君が、ここまで怒りを露にするのも珍しい。


 ヒントなしの時間制限付きかくれんぼ自体、クリアを前提にしたルールではなかったはずだ。


 しかも、プレイヤーは佐竹君である。


 絶対に見つからない、と高みの見物を決め込んでいたのだろう。


 ()(くび)っていた相手に敗北を喫した太陽君は、内心穏やかでいられるはずがない。


 作り笑顔を維持するのが精一杯、という印象を受けた。





 水龍降臨祭に熱中している観客の集合体から抜け出した私たちは、どこで話し合おうかという話になり、舞台は終わりの地、ラストダンジョン前でとなった。


 禍々しい半球体を背後にして、三角形を作る。


 奇しくも、あのときの昼休みと同じ構図である。


 太陽は地平線に沈み、いつ夜が訪れてもおかしくない緋色の空が不安を掻き立てる。


 どうなってしまうのだろう、まさか殴り合いの喧嘩をしないだろうか?


 気を揉む私を安心させるかのように、佐竹君が私をちらと見て微笑む。


 然し、私が瞬きすると、佐竹君の表情は真剣そのものになっていた。


「俺に送ったメッセージを覚えているよな?」


 取り出した携帯端末の画面を、太陽君に突きつける。


 私の位置では表示される画面は見えなかった。でも、なにを見せつけているのかは想像に容易い。


 突きつけられた携帯端末の画面を忌々しげに見つめて、フン、と鼻で笑う太陽君。


「佐竹先輩が勝ったら、ぼくは優梨先輩を諦める。──ですね」


 ああ、と佐竹君は頷く。


「今更になって〝冗談でした〟は通じないぞ、ガチで」


「皆まで言わずともわかっています」


 ──じゃあ。


 ──ですが。


 被せるようにして、


「ぼくはまだ、佐竹先輩の本気を量りきれていません」


「どういうことだよ」


 佐竹君は、眉根を寄せる。


「本当に鶴賀先輩をすきなのか、ということです」


「すきに決まってるだろ」


 間髪入れずに言い切ったが、太陽君は納得していない様子。


「その言葉が真実なら、どうして鶴賀先輩とクラスでも行動を共にしないのでしょう。──矛盾していますよね」


「こっちにも事情ってもんが──」


「訊きましょう。どんな事情ですか?」


 ここにきて、太陽君と佐竹君の立場が逆転した。


 追われる側から追う側になった太陽君は平静を取り戻し、余裕すら感じ取れる。


 一方で、追われる側になった佐竹君の表情は、かなり苦しそうだ。


 議論の優位は、質問をする側にある。


 受ける側は、いつだって受け身だ。


 転じて攻めるにも質問の意図を探り、掻い潜る必要がある。


 最初の段階で佐竹君の勝利は確定していたのに、守りに入るからこうなるんだ。


「事情があるんでしょう? ほら、話してくださいよ。佐竹先輩」


「……俺は」


「はい時間切れ。とっても素晴らしい事情でしたね、脱帽です」


 口を開いた佐竹君を阻み、嫌味ったらしく演技ぶった態度で頭を下げた。


「まだなにも言ってねえぞ!?」


「理由があるなら考える必要ないでしょ、馬鹿なの?」


 抗議した佐竹君に、害虫を見るような目を向ける。


「行動を共にしない〝事情〟、すきなのに手を出さない〝事情〟、事情、事情、事情……くだらないです、佐竹先輩。それとも、これが佐竹先輩の言う〝()()〟ですか? 薄っぺらいですねー」


 じりと歩み寄り、胸ぐらを掴む。


 そして。


「──恋愛舐めるなよ、ガチで」


 突き飛ばすように手を離し、取り出したハンカチで手を拭った。


 脳が追いつかないのか目をまん丸にして、よろめいたままの姿で立ち尽くす佐竹君を見て、私も身動きが取れないでいた。


 本気、が伝わってきたからだ。


「勘違いしているようなので、お伝えしておきますよ」


 固まってしまった佐竹君を、きと睨みつける。


「佐竹先輩が言う〝ガチ〟は、上部だけだ。本気で相手をすきになったら、しのごの言わずに奪えよ」


「そ……それは」


「奪ったあとで自分を受け入れてもらえばいい。そういう努力をすればいい。どうしてそんな簡単なことにも気がつかないんですか? 相手の気持ちを尊重してとか言いますけど、相手がどう考えてるのかわかるんですか?」


 太陽君は、止まらない。


 佐竹君の握った拳が震えていた。


「であれば、自分が示すべきなんです。少食系男子だから恋愛には奥手です? 気まづくなるのが嫌で告白したくない? まあまあ、いろいろと御大層な〝事情〟があるのでしょう。否定はしませんよ。無論、肯定もしませんが。でも、それを他人に強要するな、とぼくは思いますけどねえ」


 はあ、と大きく深呼吸をし、呼吸を整える太陽君。


 感情的になればなるほど、議論では不利になっていく。でも、太陽君の主張を覆すだけの材料が、ない。


 正論を口にするほうが正しい、と人間は信じ込む。正論をぶつけられて苦しい表情を見せ、押し黙った相手は一方的に蹂躙されるのみだ。


 佐竹君は悔しそうに歯を食いしばるだけで、反論は出てこない。


 見せてほしかった。


 喩えそれが上っ面だけの虚勢であっても、立ち向かってほしい、と私は願った。


 閉口したままでは敗北を認めたも同然だ、と。


 沈黙ほど多くを語る。


 どうにか言葉を捻出して。


 悪足掻きでもいい。


 格好悪いのは専売特許でしょう──。


 景品は贈り物としての意味を全うしなければならない。それこそ、口出しすれば勝負に水を差すことにもなる。


 あくまでも二人の一騎討ちなのだ。私だったらこう反論する、なんて考えても、口にする権利を持っていない。


 願わくば、聖剣を引き抜く勇者は佐竹君であれ、と祈るのみだった。



 

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[良い点] うおおお、男を見せろおおお! ここで優梨ちゃんからの好感度が決まる……!
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