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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
610/677

四百二十九時限目 水龍降臨祭


「少しは抵抗するかと思いましたが、されるがまま付いてくるなんて」


 私は応答せず、準備中の水龍降臨祭ステージを見つめていた。


 ステージの背景に魔法陣が映し出されている。プロジェクションマッピング技術によって呼吸をするかのように鼓動する魔法陣は、まるで夕暮れの海と共鳴しているかのようだ。


 ステージの中央には儀式的な祭壇が用意されている。灰色のブロックを積んで作ったような見た目をしているけれど、実際に使われている素材は違うのだろう。軽くて持ち運び易い素材が適用されているはず。


 祭壇を中心に、左右には四本足台に乗せられた大太鼓が二つ並ぶ。太鼓の表面に描かれている勾玉模様が、左右対称になっている。パンフレットには『サンバのリズムで』とあったが、サンバに和太鼓? と疑問に思うのは、数多いる待機客の中でも僅かかもしれない。


 ステージの全体図は、崖を模して作られているようだ。両端は木々で埋め尽くされていて、私たちは森のような場所から水龍が降臨するのを見届ける、とイメージすればわかりいいだろう。


「佐竹先輩はぼくらを見つけられると思いますか?」


 無視をされても懲りない太陽君。


 私はステージの中央辺りを見つめたまま、「わからない」とだけ答えた。


 一時間以内に私たちを見つけ出せ、なんて無理難題を謎解きが不得意な佐竹君がクリアできるはずがない、と考えているようだ。ちらと睥睨した太陽君の横顔が、そう物語っている。


 佐竹君がこの無茶苦茶な〈かくれんぼ〉に勝利するには、水龍降臨祭の存在に気がつくか否かだ。


 もし四つの大陸を手当たり次第当たる、という選択を取ってしまうと、〈中間地点〉に辿り着くことはない。


 宇宙の大陸は、ファンパの中心部に位置しているため、周囲にある大陸へ渡るにはもってこいだ。わざわざ裏手に回り込んで中間地点を目指そうとする者はいない。時間制限を強いられていれば尚更だろう。


 太陽君は心理戦が得意だ。ここまでの道中で周囲を観察するように目を配らせていたのもこの計画のためだったとするならば、佐竹君が先ず考えるのも、『太陽が隠れる場所を探していた』になるはず。それがミスリードだと早めに気がつけば勝機もあるけれど、望みは薄いように思う。──だけど。


 佐竹君は『ここぞ』というときに、その真価を発揮してきた。


 今日だって、意外性を発揮してくれる、と私は信じている。


「わからないけど、多分見つけると思うよ」


「信頼してるんですね」


「ううん、そうじゃない」


 頭を振る私に、訝しげな視線を投げ掛ける太陽君。


「どういうことですか?」


「信用してるんだよ」


「ただの屁理屈じゃないですか」


「そうかもね」


 でも、これまでがそうだった。


 佐竹君は馬鹿だけど阿呆じゃないって、私が知っている。


 クラスのリーダー・佐竹義信は信用に値する男だ。


 それを、太陽君だけが知らない。


「私の真似をしていたのは、佐竹君を油断させるため、だったんでしょう?」


「ええ。佐竹先輩の懐に入る手っ取り早い方法がそれだったので」


 効果は抜群だったと思う。


 いつもの調子が出せれば、気兼ねなく楽しめるから。


「もしあのタイミングで佐竹君がトイレに行かなかったら、どうしていたの?」


「ぼくがトイレに誘うつもりでした。それで、適当な理由をつけて引き返し、作戦を遂行するというのが本来の流れです」


 まさか自分からぼくのマークを外すとは思いませんでしたよ、と太陽君は()(しょう)する。


「ねえ、太陽君」


「なんでしょう?」


「いままでのことは、全部作り物だったの?」


 全ては佐竹君を欺くため。


 本当にそうだっただろうか。


「そうですよ。いまこの瞬間のためにぼくは策を弄した」


「楽しくなかった?」


「楽しいとかそういう問題ではなくて、ぼくは──」


「本当に楽しくなかったの?」


「だから、そういう問題ではないと──」


「それだけは〝嘘〟だよね」


 佐竹君を弄るのが、楽しくないはずがない。


 だって、佐竹君はどんなに辛辣に弄られようとも、冗談で返してくれるのだから、これほど話し易い相手はそういないと私は思う。


 コミュ障の私が気兼ねなく話し掛けられるくらいだ。太陽君だって薄々感じているはずなのに──。


「それとこれとは別問題ですよ、鶴賀先輩。百歩譲って楽しかったとして、それがどうなると? まさか、ぼくが鶴賀先輩を諦めるとでも思いますか?」 


「佐竹君に見つけてほしいのは、太陽君じゃないの?」


「……それこそ、お門違いです」


 ステージの両端に設置されていた大型のクラッカーが鳴り、七色のテープが観客目掛けて飛んでいく。それを受け取ろうと手を伸ばす観客たちを目にして、「始まったようですね」と太陽君が呟いた。





 * * *





 二人の男が古代ローマ服を彷彿とさせる衣装を身に纏い、観客を背にして大太鼓を打ち鳴らす。一打、二打、どんどん間隔が短くなり、ドラムロールのように乱打する。最後の一打が会場に響き渡ると、それまで騒がしかった観客の声がぴたり止んだ。


 青白く輝いていた魔法陣がその光を強くさせると、両脇から黒いローブを着た魔法使い風の女性が八人ステージに横並びし、水龍を降臨させる詠唱を始めた。おそらく、オリジナルの言語だろう。


 透き通る歌声は、どことなくエルフ語っぽい印象を受けた。


 元ネタはきっと、指輪を巡って争うあの映画に違いない。


 詠唱に魔法陣が反応する。


 先程よりも一層に輝きを増した魔法陣がガラスが割れるように弾けると、太鼓と詠唱が終わる。辺りは緊張と静寂に包まれた。


 やがて、白い煙りを吐きながらステージ上部の岩が二つに割れ、その中から水龍が顔を覗かせる。


 龍というからには厳つい顔を想像していたけれど、どことなくウーパールーパーみたいだ。つぶらな紅いの瞳も可愛いらしい。対象年齢を考慮した結果、この姿になったのだろう。


「水龍様がお見えになられたぞ。さあ、宴の始まりだ!」


 司祭の格好をした男が大声で言うと、祭壇の両脇にあった太鼓が自動で左右に捌けられ、スピーカーからサンバ調の音楽が流れ始めた。


 音楽を皮切りにして、魔法使いたちがローブを脱ぎ捨てると、露出度の高い煌びやかな衣装が露になった。


 照明に乱反射してきらきらと輝く衣装は、踊り子のそれに近い。


 水龍の口から大量の霧が噴射される。それと同時に、舞台装置が作動して、観客側にもミストが噴射された。私たちのところまでは霧が届かないけれど、最前列にいた観客はずぶ濡れになるに違いない。


 私と太陽君は、大掛かりな仕掛けを施されたステージとダンサーに釘付けになっていた。


 そんなとき──。


「すんません、マジですんません……ようやっと見つけたぞ!」


 息を切らせた佐竹君の声がして、私と太陽君は振り返った。



 

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