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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
606/677

四百二十五時限目 試練の塔


 土の大陸を制覇した私たちの次なる目的地は、風をコンセプトに作られた〈風の大陸〉である。


 これまでは、火、水、土、と視認できる物がテーマでイメージも湧きやすかったけれど、次大陸のコンセプトは〈風〉だ。


 どうやって風を表現するのだろうか? と気になっていた私だったが、遠方に(そび)える一本の塔を見て嫌でも納得させられた。


 風の大陸のメインアトラクションは、フリーフォールである。


 ダンジョンですらないのか! ツッコミたい衝動を堪え、どう言い訳──という名の設定──するのかパンフレットを広げて謳い文句を確認する。


『迫る魔王との戦いに備えて更なる力を求めていた勇者一行に、風の大陸に存在する〝試練の塔〟の噂が耳に入った。高さ五十二メートルもある試練の塔を攻略すれば魔王と互角以上の力が手に入る、と勇み足で向かう一行。だが、そんな勇者一行を恐怖のドン底に叩きつけようとするのが、試練の塔に住まうバンシーの叫び声である。断末魔のような叫び声に耐えながら試練の塔を攻略し、魔王に対抗し得る力を手に入れろ!』


 文章に登場した〈バンシー〉とは、叫び声で人間の死を予兆する女妖精。


 一説によると、長い黒髪、緑色の服を着て、灰色のマントで身を包む女の姿とされているようだ。


 パンフレットの隅にある『ファンタジーパーク用語一覧』に、そう記載があった。


 つまり、風の大陸における風は(=物理)で、フリーフォールに乗る者たちの叫び声こそが、『バンシーの叫び声』なのである。──物は言いようだ。


 客の声まで世界観を表現するのに利用するとは、「いい自家発電をお持ちで」と言わざるを得ない。


 私たちは、天を仰ぐように〈試練の塔〉を見上げた。


 この場にいただれもがこう思ったに違いない。


 ──これはガチなやつだ、と。


 一般的なフリーフォールは、ゆっくりと上昇して急降下を繰り返すのだが、ファンパの試練の塔はそれに加えて時計回りに回転する。


 回転こそ微々たる物ではあるけれど、急降下中ともなれば威力倍増だ。


 先程から鳴り止まないバンシーの叫び声が、なによりの証拠だろう。


「さすがにガチ過ぎねえか? 月とすっぽんってレベルじゃねえぞ」


「ええ。いままで乗ってきたジェットコースターが、幼児向けの玩具に思えてきますね」


 これまでのジェットコースターもテーマパークにしては本気で怖がらせにきていたが、今回搭乗しようとする〈試練の塔〉はそれの比ではない。


 どの遊園地にしても、どこどこのテーマパークにしても、フリーフォールに力を入れる風潮はなぜ?


 ファンパのアトラクションの中でも最難関と呼ばれるだけあって、途中退場する人も多い。


 あまりの恐怖に大泣きする子どももいて、待機列は重苦しい空気に包まれている。


 私たちの前にいるカップルも、最初は「なにをそんな大袈裟に騒いでるんだよ」と意気揚々に話していたが、順番が近づくにつれて顔が引き攣っていった。


 人間の本気の叫び声というのは、それだけ恐怖を煽る。


 かく言う私も例外ではない。


 佐竹君と太陽君は、それでも場を盛り上げようと会話を続けているけれど、私は喋るのもままならないほど切羽詰まっていた。


 ジェットコースターであれば多少なりとも経験がある。


 どういう乗り物かを把握しているだけに心の余裕が持てたが、フリーフォールの経験はない。


 人生初のフリーフォール=試練の塔でトラウマになりそう。


「──優梨。おい、訊いてんのか?」


「あ、ごめん。訊いてなかった」


 なにか話をしていたのはわかっていたけれど、その内容までは耳に届いていなかった。


「鶴賀先輩が顔面蒼白だから乗るのをやめようか、という話をしていたんです」


「無理して乗る必要はねえだろってさ?」


「でも、せっかくの機会だし……」


 ここまで並んで途中退場するのは嫌だ。


 それに、高い料金を支払って入場したのだから骨の髄までしゃぶり尽くしたいという貧乏性も相俟って、半ば意固地にもなっていた。


 問答している最中、私たちの前に並んでいたカップルが脱落する。


 並んだ当初は「余裕っしょ!」なんてイキり散らしていたホスト顔の彼氏さんも整列させるロープを潜りながら、「やべえ、なんか普通に腹いてえわ。ガチで」と彼女に言い訳していたのがとても滑稽だった。


「まるで佐竹先輩を彷彿とさせる口調でしたね」


「は? 俺は普通にあんなんじゃねえだろ。ガチで」


「自分で言っていて気がつかないとは……どうでもいいですけど。ぼくらはどうしますか?」


 ぼくらはと言いつつ、判断は私に任せるのか。


 二人が私を見る。


「ここで引いたら損した気分になるし、乗るよ!」


 決断を下すと、二人とも肩を落とした。


「マジかよ」


「そ、そうですよね……」


 退場を望んでいたのは二人で、理由を私に委ねていたらしい。


「優梨が言うならやめよう」


 とでも言うつもりだったその魂胆を見抜いた私は、「なにがなんでも乗ってやる」と女勇者の意地を見せてやったのだ。


 とはいえ、不満がないわけではない。


 ──少しは男らしい姿を見せてほしいんだけど。


 ファンパにきたのは『どちらが私に相応しいかを決めるため』だったのに、いつの間にか『楽しむ』が目的に変わっている。


 帰りまでこの調子が続くのであれば、天秤はどちらにも傾かない。


 テーマパークにきたら遊びたいし、楽しみたいって思うのは当然だけど、現状はデートではなく観光だ。


 佐竹君なんて自販機に売っている飲み物のラインナップを見て、「ポーションが売ってるぞ!」とはしゃいでいる始末で。


 ポーションはスポーツドリンク味のサイダーだった。


 ハズレの醤油味だったらよかったのに。


 太陽君も大はしゃぎする佐竹君のツッコミ役に徹している。


 ついこの間まで中学生だった太陽君に女性をエスコートするなんて、荷が重い役目だったのかもしれない。


 楽しそうな二人を見て、疎外感に苛まれる私。


 ──ただ遊びたかっただけなら二人でくればよかったじゃん。


 闇落ちする勇者は、おそらくこんな気分に違いない。


 ──まあ、しょうがないか。


 男の子がファンタジー世界に憧れるのは必然だ。


 ド派手な必殺技と魔法を駆使して恐ろしい魔物と戦う勇者の姿を自分と重ねて妄想するのは、男子であれば一度は必ず通る道だ。


 お土産に龍が巻きついた剣のキーホルダーを欲しがったりするのも、自分が特別な存在だと信じたいから。


 男子とは、そういう生き物である。


 多分、デートにファンパを選んでしまった時点で間違えていたのだろう。


 夢と魔法の国であれば、状況も変わっていたような気がする。


 然し、ファンパのコンセプトは『剣と魔法と冒険』だ。


 恋愛要素なんて、何処を探せど見つかるはずもなく──。


 ファンタジーがすきなカップルであれば、猛々しい火山のなかを走るトロッコも、海底神殿の探索も、酒樽の上で繰り広げられるアームレスリングだって楽しめたかもしれない。


 いや、私だってそれなりには楽しんでいると思う。──でも。


 デートしている、という感覚は皆無だ。


「こればかりは、男の(さが)、としか言えないなあ……」


 苦笑いしてぼそっと呟いた言葉は、バンシーの叫び声によって掻き消された。



 

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