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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
605/677

四百二十四時限目 チキン、オア、フィッシュ?


 水の大陸を制覇した私たちは、土の大陸に向かっている。


 右には佐竹君、左には太陽君。


 タイプは違えど、二人ともお洒落で格好いい。


 傍から見ている人々に、私たちの関係はどう映っているのだろう。


 兄弟とその友だち。或いは、見目のいい男子二人を(たぶら)かす悪女、とか。


 男子三人で歩いているだけなのに──。


 いけない、また憂鬱な気分に浸るところだった。しっかりしろ! と二人の目を盗んで頬を叩く。


 やがて、眼前に土の大陸のゲートが見えてきた。


 鷲みたいな顔を模して作られた、二柱のトーテムポールが地面の両端に立つだけのゲートでも、あるとないとでは雰囲気が違ってくる。


 ゲートを通ればウエスタン調の風景が、私たちを出迎えた、


「そろそろ飯にしようぜ? 腹減ったわ、ガチで」


 佐竹君はお腹を摩り、腹ぺこを体現する。思えば私も、食事らしい食事をとっていない。朝は入浴や化粧、着替えなどで忙しかったもので、朝食はコンビにで購入したゼリー飲料で済ませた。


 お腹は鳴っていたけれど、固形物を摂取する気分じゃなかった。慣れたとはいえ、女装は神経を使うし、一人で知らぬ土地に向かうのも心細い。


 緊張しないといえば嘘になる。電車の乗り換えを間違えたらどうしようとか、要らぬ心配ばかりして。


 間違えたら引き返せばいいだけでも、案外、私はこういう場面で小心者なのだ。だからいつも、待ち合わせ時刻の一時間前には到着する。早めに行動していれば、多少のミスをしても挽回できるからだ。


「鶴賀先輩はどうでしょう?」


「うん。なにか食べよっか」


「よし! 決まりだな」


 大陸には、それぞれの場所に因んだ売店、食事処が設けられている。


 それらは、勇者一行の冒険を支える〈ギルド〉が運営している、という設定になっていた。つまり、「ギルドに寄って飯にしようぜ」みたいな、ファンタジー感溢れる会話も成立するのだ。


 土の大陸にあるギルドは、酒場を基調とした作りになっていた。


 スイングドアを両手で開けると、二階建ての全貌が明らかになる。真下を見ると木目張りの床が四方に広がり、一階の中央には大樽が二つ用意されている。


 酒場の大樽でやることといえば、アームレスリングだ。力自慢の冒険者たちがお互いの強さを競い合う光景を、映画やアニメで何度見たかわからない。


 入って直ぐ横にある壁には、ギルドより勇者たちに向けた〈依頼書〉が、コルクボードに張り出されている。


 恐ろしい顔をした、ゴブリン、オークなどの魔物討伐や、土の大陸メインアトラクションの案内が掲載されているのを眺めていると、太陽君が私の真横に立った。


「とってもよくできてますね。──そういえば、ゴブリンが狡猾、という設定が現代ファンタジーの定番になったのって、ぼくはあの作品からだって思うんですよ」


 太陽君が言う作品は、きっとゴブリン狩りを専門とした戦士が主人公のラノベに違いない。そうですよね、小鬼殺しさん?


「ぼくはそこまでファンタジーに明るくないですが、歴史を遡れば、ゴブリンが狡猾という設定があったのかもしれない。そう考えると、設定を世間に知らしめる作品というのは、あながち馬鹿にできないですよね」


 ちょっと大袈裟な気もしないけれど、言いたいことはなんとなくわかる。


「そうだね。あの作品が出るまでは、ゴブリンなんてフィールドに出てくる雑魚敵、くらいの印象しかなかった」


「だけど、ゴブリン狡猾設定が世間に知れ渡り、それを〝当たり前〟とするのは、ちょっと気に入りませんね。──譬えば、賢者スキルは喋り過ぎだし、ステータスオープンし過ぎだと思いませんか? 転生、または転移した主人公が言うならまだしも、異世界の原住民が〝自分のステータスを確認するには、ステータスオープンと叫ぶのだ〟なんて、どう考えても不自然でしょう?」


 ファンタジーに明るくないと言っていた割には、鋭いツッコミをするじゃあないか。


 だが、私もそれには思うところがある。


 ステータスという概念は、自分の能力を数値化するだけに、読者にも伝わり易い仕組みだ。


 然し、ステータス表示テンプレの作品があまりにも多過ぎる。


 そういった作品に当たる度に、「ああ、またステータスか」とげんなりしてしまうのもまた事実だ。


 曲がりなりにも小説家を語るのならば文章で表現すべきだ、とは思うけれど、現代異世界ファンタジーにそれを求めるのもどうかと思う。


 漫画感覚で読める小説だからこそ敢えて簡略化している、のかもしれない。


「おい、早く飯食おうぜ? マジで」


 佐竹君の空腹度は、もう限界に近いらしい。


「鶴賀先輩は席を取っておいて頂けますか? ぼくと佐竹先輩で買ってきますので」


「わかった。それじゃ、お言葉に甘えて」


 空いている席がないか、と見渡す。


 一階は満席になっていたが、二階の階段付近の一席が空いていた。


 床と同じ材質が使われているくの字階段を上がり、席を確保。


「ところで、優梨はなにを食べるか決めたか?」


 あ、と声を漏らす。


「メニュー見るの忘れてた」


 ファンタジー異世界酒場に興味が向いてしまって、食事メニューそっちのけだった。──なにがあるんだろう?


「この店のオススメは、チキンプレートかフィッシュプレートのどちらかだそうです。チキンプレートはスモークターキーレッグ、フィッシュプレートは白身魚のフライにオニオンリングが付いてきます。どちらにもコールスローとドリンクがセットになっていまして、飲み物は、コーラ、オレンジ・グレープソーダ、烏龍茶、コーヒーのどれかを選べます」


 太陽君は、一度きたことがあるかのようにすらすらと語る。


「詳し過ぎじゃね? ガチかよ」


「当然です。ぼくたちは鶴賀先輩をもてなす側ですよ? 事前準備は怠りません」


 言われてみれば、一つ飛ばし、を提唱したのは太陽君だった。


 二人とも、エスコートとまでは呼べないけれど、私を満足させようといろいろ考えてくれているようだ。


 精神的なアプローチをする佐竹君と、情報力で差を見せつけようとする太陽君。


 ここまでタイプが分かれると、なんだか可笑しい。


「俺は断然肉だな。優梨も肉だろ?」


「いいえ。とってもお得なのはフィッシュフライです。鶴賀先輩もそう思いますよね?」


 と、二人が私に顔を近付けて詰め寄る。


「え、えっと」


 スモークターキーレッグは美味しそうだし、テーマパークといえばこれ! みたいな風潮があるけど、ターキーはここじゃなくても露店販売がある。改まって注文するのもどうなのだろう。


 一方、フィッシュフライにはオニオンリングが付いてくるという。お得感があるのはこちらだが、揚げ物が二つ並ぶのもなあ。白身魚のフライは嫌いじゃない。されど、自宅でも食べられるフィッシュフライを選ぶのは、なんだか悔しい。──優柔不断だなあ。


「せっかくだから、ターキーにするよ」


「っしゃあ! 勝った!」


 佐竹君が拳を上げて大はしゃぎしている隣りで、冷めた目を佐竹君に向ける太陽君。


「でも、フィッシュフライも気になるし……太陽君、よかったら半分こしない?」


「勿論です! ──ねえ、佐竹先輩。いまどんな気持ちですかー?」


「ひ、独り占めできる分、俺のほうが強えし!」


「負け惜しみの言葉が予想の斜め上過ぎて意味不明なのですが……鶴賀先輩、通訳をお願いできますか?」


「ごめんね。私も佐竹君が使う言語を、正しく理解してないんだ」


「ですよね」


 納得した太陽君は、「ほらいきますよ、佐竹先輩」と佐竹君の背中を押して一階を目指した。


 この二人って(いが)み合っているように思えて、じゃれあってるようにしか見えないよなあ、と注文の列に並ぶ二人を見て思う。


「なんで私は一人で座ってるんだろう」


 一人でポツンと待っている私と、楽しそうに列に並ぶ二人。


 ──チキン、オア、フェッシュ?


「選択を間違えたかな……」


 退屈に天井を見上げる。くるくると回転するシーリングファンも、どこか気怠げに回転していた。


 食欲を唆る匂いさえ、鬱陶しくなってくる。


 ──パスタ食べたい。


 とは言い出させない状況だっただけに、私の食欲は減退してしまった。



 

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