四百二十三時限目 火の大陸
テーマパークを全力で楽しむには、ルート選択は肝心だ。
「俺はこのルートがいいと思うぜ」
佐竹君が提唱した、火の大陸、水の大陸、土の大陸、風の大陸、最後に宇宙の大陸と右回りに進むルートは、ファンパ公式サイトでも推奨している正規ルートだ。
通称〈アクションルート〉と呼ばれている。
「まるで佐竹先輩の人生を追体験するようなルートじゃないですか」
「どういう意味だよ」
眉を寄せて疎ましそうに太陽君を睨みつける佐竹君だったが、
「敷かれたレールの上こそが至高という、浅はかさが浮き彫りですよ。そんな人生でいいんですか?」
太陽君は、飄々とした態度で返す。
思いもよらぬ返答に、「大袈裟だろ、マジで」と顔を引き攣らせた。
正直に言うと、私も太陽君の言う理屈とは別の理由で、〈アクションルート〉は賛同しかねる。公式サイトで紹介されているとなると、ファンパに初めて訪れる客のほとんどが〈アクションルート〉を選ぶだろう。
そうなると、必然的にアトラクションの待ち時間が増えてしまう。
致し方ないことではあるのだけれど。
「太陽はどう攻略するのがベストだと思うんだ?」
語気鋭く迫る。
「ぼくが提唱するのは、〝一つ飛びルート〟です」
太陽君が言う〈一つ飛びルート〉とは、時間効率をメインとした、言わば裏技のような方法だ。
火の大陸に挑む前に水の大陸のアトラクションを予約し、火の大陸のアトラクションを乗り終えたら水の大陸に移動。先に予約してある分、スムーズに進行できる。
然し、このルート選択は大陸を何度も行き来しなければならないため、私の体力が保つかどうかが心配だ。
「効率よくいきましょうよ、ね? 鶴賀先輩」
ね? と言われても。
楽しさ重視とすれば、太陽君の案を選ぶべきなのは最もだ。
だけど、そのせいで私の体力が尽きたらと考えると、気安く返事はできない。
──どうしよう。
困り顔でいる私の肩を、佐竹君が優しくとんと叩いた。
「わかってねえな、太陽。お前のルートだと、コイツの体力が保たねえ。矢継ぎ早に乗り換えられる利点はあるけど、今日の主役は優梨だろ? 優先順位を履き違えるな」
普段は全然頼りにならない分、こういう場所では頭角を現す佐竹君。ぎゅっと肩を握られた私は、安心感のような感覚を得た。
ありがとう、の意味を込めて佐竹君を一瞥した私に、歯を出して笑う。
いままでは歯牙にもかけてこなかったけど、歯並び綺麗だなあ、とか思ってみたり……歯だけに。
佐竹君の自信満々な態度に、陽君は眉間に皺を寄せた。
「悔しいですが、一理ありますね」
不満ではある。でも、私を優先して考えていた佐竹君に、なにも言い返せなかったようだ。
佐竹君は私の肩から手を離すと、今度は太陽君の肩に手を回した。
「太陽の案も悪くねえよ。ファンパを全力で遊び倒すならそれが最適解だ。ま、気楽にいこうぜ?」
私をフォローしつつ、後輩の発言も立てる。これこそが、クラスのリーダー佐竹義信の本領だ。改めて、佐竹君の器の大きさを知った。──それもだけど。
人一倍はしゃいでいた佐竹君が、私のことをしっかり把握していたことに驚きを感じる。嬉しい、けど、ちょっとむずむずする。
だれかに大切にされた経験がないために、そう思うのかもしれないけれど。
「優梨、いこうぜ?」
「鶴賀先輩、いきましょう」
二人に後押しされて、視界が明るくなったような気分だった。
「うん、いこっ!」
今日くらいは普段の自分を忘れて、思いっきり羽を伸ばしても文句ないだろう。
だって、ここは夢と冒険の世界なのだから──。
* * *
「火の大陸、やばかったな……あれはマジで死ぬかと思ったぞ、ガチで」
各大陸にはメインアトラクションが一つ、サブアトラクションが三つ用意されている。火の大陸のメインアトラクションは、火山の中をトロッコで駆け巡る絶叫コースターだった。
アトラクションの概要には、こう記されている。
『魔王を倒すために伝説の秘宝を探す勇者一行。無事に秘宝を手に入れたものの、秘宝の封印を解いたせいで火の精霊を怒らせてしまった。なんとか怒りを鎮めた勇者一行ではあったが、魔王軍の妨害工作により帰りのトロッコが大暴走! 果たして勇者一行は無事に火山を脱出できるのか!?』
トロッコは前二人、後ろ二人の四人乗りで、私の隣りはじゃんけんの勝敗で決まった。
結果、佐竹君が私の隣りに座ったのだけれど、終始叫んでいてアトラクションに集中できなかった。
どうやら佐竹君は、絶叫マシンはすきだが苦手、という困った趣向のようで。
最後の急勾配を下る最中、「ガチかああああッ!」と大声をあげていた。
「佐竹先輩、最後のあれはなんですか。普通、叫び声と言えば〝うわあ〟でしょう」
呆れと嘲りが混ざったような複雑な笑みで、太陽君が言う。
「うっせぇな、ガチだったんだよ」
「それ、言い訳にすらなってないですよ」
太陽君の斜に構えるような言い回しは、私をリスペクトしてなのだろうか? それとも、根っから捻くれているのか。
第三者目線でいると、後頭部をスリッパでひっ叩きたくてしょうがない。
他人のふり見てわがふり直せ、とはよく言ったものだ。
クールにしている太陽君ではあるけれど、佐竹君のせいで妙に冷静だった私は知っている。
後部座席で念仏のように、「神様仏様お願いしますお願いしますう」と懇親の祈りを捧げていたのを。
──二人とも絶叫マシン耐性がないってどういうこと!?
私をエスコートするどころの騒ぎではないかもしれない、と思った。
【修正報告】
・報告無し。