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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
601/677

四百二十一時限目 暴かれる真相 2/3


 満を持して大義名分を得た犬飼弟は、食券の綴りで飼い慣らした村田ーズに、『合図をしたらタイミングを見計らい、監視の目を盗んで教室から出ろ』と伝えた。


 僕の監視を掻い潜る方法は、単純で明快。食堂へと向かうクラスメイトたちを盾にして、教室を出たのだ。昼になると騒ぎ出す佐竹軍団の効果も相俟って、脱走は容易い。


 脱走に成功した村田ーズは、食堂にいく途中の廊下で、『指示通りに事を運べた』と犬飼弟にメッセージを送信。後はのんびり食堂を目指せばいいだけだ。


 教室の近くで待機していた犬飼弟は、目標を見失って慌てる僕を想定し、付かず離れずの距離で待機──おそらく非常階段辺りに潜伏──していた。


 村田ーズのメッセージを作戦開始の合図と、教室に歩み寄る。急いで教室を出るならば、後方のドアを選ぶだろう。あたりを付けてドアの付近で待機していた犬飼弟は、偶然を装い僕と鉢合わせた。





「鶴賀先輩は小説家にでもなったほうがよいのでは?」


 ああそれな、と佐竹は左手でピストルの形を作り、犬飼弟に向ける。


 どうでもいいけど、僕を板挟みで会話するのはやめてほしい。


 言ってくれれば席を交換するよ? 言わないけど。


「俺もそう思うわ。リアルガチで」


「佐竹先輩もそう思いますよね? でも、佐竹先輩とは気が合わなそうなので、すみません」


「なんで謝られたんだ、俺!?」


 犬飼弟も、佐竹の語彙力が乏し過ぎるのを懸念しているんだよ。


 残念イケメン、佐竹義信。


 口を開かなければ絵になる男だが、口を開いた瞬間、佐竹のイメージは崩壊の一途を辿るのである。


「だけど鶴賀先輩。その推理はちょっと無理があるのでは?」


「僕は別に推理をしているわけじゃない。時系列順に説明をしているだけ」


「それって推理とどう違うんだ?」


 佐竹が話をややこしくする。


「佐竹。携帯端末にはネット検索機能が付いてるよ」


「調べろってか。──はいはい、自分で調べますよ」


 ぶっきらぼうに返答した佐竹は、取り出した携帯端末で推理の意味を調べ始めた。そんな佐竹を見て、「あ、本当に調べてる」と犬飼弟が小馬鹿にするように笑った。


「鶴賀先輩の話では、ぼくが先輩たちの教室のドア付近で待機しているってことになってますが、下級生がドアの前で待機していたら、とっても怪しまれませんか?」


 犬飼弟の言うところは、たしかに正しい。──だが。


「下級生の面倒を見る。これは、上級生のただしい行いだ。でもね、二年三組の教室の前に一年生がいたとしても、それは不思議じゃない」


 どうしてでしょう? と首を傾げる犬飼弟に、見逃している事実を告げる。


「僕らの教室には、月ノ宮さんがいるからだよ」


「あ、そういうこと!」


 僕の発言で全てを理解した犬飼弟と違い、佐竹は「楓がなんで出てくるんだ?」といまいちな反応を示した。


「佐竹先輩は同じクラスにいるのに知らないんですか? 月ノ宮先輩って学年の壁を超えて人気があるんですよ」


「マジか」


「ぼくが教室付近に待機している傍、三年生の姿もちらほら見受けました」


「ガチかよ」


「あの、佐竹先輩。もう少しこう、なんというか……いいえ、なんでありません」


 犬飼弟の言葉が尻すぼんで、最後辺りは言葉にすらなっていなかった。苦言を呈したとて無駄だ、と判断した模様。


 そこを気にしたら負けだぞ、犬飼弟。佐竹みたいな宇宙人と会話をする場合は、語尾が特殊なキャラクター、〈なのです〉や〈のじゃロリ〉とか、それと同列に〈ガチ佐竹〉も追加しておくことが大切である。


「佐竹、どんまい」


「佐竹先輩、どんまいです」


「なんでか腑に落ちねえなあ!?」


 キレッキレなツッコミが入ったところで、話の続きといきますのじゃ──。





 下級生が上級生を訪ねてきては、僕としてもぞんざいな態度をするわけにもいかない。それに、ハロルド本を知る数少ない読者である。興味を引くには充分過ぎる理由だ。


 食堂に到着すると、そこには事前に打ち合わせしていた村田ーズの姿がある。見失った目標が目の前にいるとわかれば、平常心を欠くのも当然だ。注意散漫になった僕からメッセージアプリのIDを聞き出すのは造作もない。こうして犬飼弟は、易々と連絡先を手に入れたのである。


 監視対象を見失った焦りは、昼行灯然としている佐竹に対する怒りに変わっていく。僕を働かせて自分は暢気にお仲間たちと談笑しているのを見れば、真面目に監視している自分が阿呆らしく思えるだろう。


 犬飼弟はそこまで読んで、次の段階に移行した。


 これまで散々宇治原君の陰口を叩いていたはずの村田ーズが、ぴたりと言わなくなった。それを〈佐竹の伝書鳩〉と認識されたと勘違いした僕は、『これ以上は無意味だ』と思うようになる。が、それでも律儀に監視を続ける。


 新・梅ノ原から東梅ノ原駅にいく途中の文房具店でばったり犬飼弟に会ったのは、偶然でもなんでもない。


 村田ーズが〈ニバス〉に乗ったのも、計画の内だ。


 この頃から僕は、村田ーズを監視しているのではなく、村田ーズに監視されていたのである。


 そうとも知らずにのこのこ付いてきた僕を、村田ーズは馬鹿にしながらほくそ笑んでいたに違いない。


 僕が新・梅ノ原に向かっているのをバス内で犬飼弟に知らせ、一足先に文芸部員と共にダンデライオンに到着していた犬飼弟は、適当な理由をつけて店を出て文房具屋に移動。


 僕が文房具屋の前を通る頃合いを見計らって退店すれば、奇遇も偶然もない、ラブコメみたいな展開の完成である。





「それってもうストーカーだろ、ガチで」


「なにを失礼な。これくらいは普通ですよ」


 彼らと会話をしていると、世間一般で言う『普通』の定義が揺らぐ。


 もしかして、僕がおかしいのだろうか?


 いいや、狂っているのは世間じゃない。──この二人だ。


「すきな人ができたら全力で射止めにいく。ね? 普通でしょう?」


「言ってることとやってることがおかしいって優志がツッコむべき場面だろ。なに黙ってんだ」


「ここまで話してなんだけど、二人の会話を挟んで訊いてると、真剣に話をするのがバカみたいに思えてきたよ。──もういいかな?」


 詳細を話している最中、佐竹は心ここに在らずといった様子で、口をぽかんと開けていた。犬飼弟はそれとは逆で、オモチャを与えられた子どものような、満足げなほくほく笑みを湛えていた。


 虚無である。


 僕は真相を語りつつも、その一方で虚無を感じていた。


 言うことをきかない幼稚園児を相手にしている気分だ。


「集中力が切れかけてるのは認める」


「ぼくは自分のことをこんなにも真剣に語ってもらえて、とっても嬉しいです」


 三者三様の感が出揃ったところに、照史さんがやってきた。


「お客様も優志君たちだけになったし、よかったらなにか食べるかい? まかない用のパンでよければサンドイッチを作るけど」


「照史さんの奢りッスか! 俺、サーモン!」


 自己紹介かな? 佐竹は魚類の宇宙人らしい。


「では、ぼくはドライカレーサンドをお願いします」


 遠慮という言葉を知らないのか、この二人は。


 特に、一番下の犬飼弟。ドライカレーサンドなるメニューは、ダンデライオンに存在しない。ピタサンドのメニューにはあるけれど、ピタサンドに使うピタパンがまかないで出るはずがないだろう!?


 勝手にメニューを捏造されるのと困るんだよ。


 常連としての矜持と意義がなくなるからなあ!?


「優志君は?」


「そうですね……じゃあお言葉に甘えて、チキンサンドを」


 と、値段が一番高いサンドイッチを注文する僕が、ここにいる。




【修正報告】

・報告無し。

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[一言] さりげに前回600話だったんですね……おめでとうございます!! いつも更新楽しみにしてます!
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