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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
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四百二十一時限目 暴かれる真相 1/3


 昼休み時間に終わる話ではなかったこともあり、僕らは放課後にダンデライオンに集まった。


 またもやいつもの席は空いておらず、僕を真ん中にして、右が犬飼弟、左が佐竹の並びでカウンター席に座っている。


「メイドエプロン姿の鶴賀先輩はとっても可愛いかったなあ……」


 うっとりしながらそう語る犬飼弟を睨めつけるのは、僕の左隣に座る佐竹。テーブルに左手の肘を付き、手に顎を乗せた体勢で、不満げにアイスココアを一口飲んだ。


「思わず写真撮りましたもん。──見ます?」


 ポケットから取り出した携帯端末の画面を、僕らに向けて見せる。画面に映し出されているのは、銀のトレーにお好み焼きを乗せて客に運ぶ途中の優梨──僕の横姿。明らかに盗撮写真である。


「いますぐに消してほしいんだけど」


 抗議をしてみたが、犬飼弟は「嫌です」と拒否した。待ち受けにされていないだけまだマシだが、それも時間の問題だ。


「お願いしますご主人様って、可愛く言ってくれたら消しますよ」


「じゃあいいや」


「いや、よくねえだろ!?」


 そうは言ってもね、佐竹。僕は犬飼弟を『ご主人様』と呼ぶのは嫌なんだよ。第一、いまは優志であって優梨じゃない。この見た目で優梨の声を出してだれかに訊かれたらどうする? それに、こんな僕だけどプライドはあるのだ。


「つうか、本当にきてたのかよ。──記憶にねえな」


「猫の手も借りたいくらい忙しかったし、客一人一人の顔なんて覚えてられないよ」


「それもそうだな」


 当時を思い出したようで、「はああ……」と草臥れた息を吐く佐竹。


「佐竹先輩の燕尾服姿は、着るというよりも、服に着せられている感がとって素敵でした」


 嫌味を言われた佐竹は、「ほっとけ」と唇を(とが)らせた。


「優志、話の続きだ。コイツの生意気な鼻っ柱を折ってやれ。ガチで」


「あ、ああ。うん」


 そう言われるとやりづらいんだけどなあと思いながらも、僕は咳払いして居住まいを正した。


「話を戻そう」





 鶴賀優志強奪作戦を企てるきっかけになったのは、昨年開催された梅高祭でのクラス模擬店、〈お好み焼き喫茶〉に犬飼弟がなんの気なしに入店したところから始まった。


 お好み焼き喫茶で僕(=優梨)の存在を知った犬飼弟は、梅高に入学してからもずっと、どう接触を図ろうかと機械を窺っていた。だが然し、そう都合よく機会は訪れない。


 一学年上の先輩と接点を持つ一番簡単な方法は、部活に入部すること。


 だが、僕は入学当初から無所属──一時期は生徒会に身を置いていたけど──を貫いている。


 どうすれば僕と接点を持てるのかと考えながら日々を過ごしているうちに、犬飼弟は二つのチャンスを掴んだ。


 一つは、僕が八戸先輩と知り合いであること。八戸先輩の彼女である犬飼羽宇琉は、犬飼弟の姉──としておく──である。八戸先輩を使って僕と接点を結べないか、と考えたが、理由もなしに八戸先輩が僕の連絡先を教えるはずがない。


 それゆえに保留としたものの、果報は寝て待てという言葉通りにチャンスは再び訪れた。──村田ーズである。


 犬飼弟は、宇治原君の陰口を叩いている村田ーズと、学校の何処かで遭遇したのだろう。この頃には、僕のことを大分調べ尽くしていたはずだ。村田ーズと宇治原君が僕と同じクラスであると知っていたはず。


 これは利用できそうだと思った犬飼弟は、村田ーズを抱き込むために〈食券の綴り〉を用意した。


 後日、村田ーズたちがロングライフパンを食べているところを狙い、食券の綴りを用いて交渉に当たる。当然、目の前に豪華な食事をチラつかされれば、村田ーズたちは「ラッキー」くらいにしか思わない。食券の綴り効果も相俟って、交渉は成功した。





「すごいです、鶴賀先輩。細かいところはさて置き、ほぼ正解です」


「当たり前だろ。優志は英語以外の成績は学年一〇位以内に入るほどなんだぞ。ガリ勉陰キャ勢には密かに〝正体不明の(ファントム)ランカー〟とまで呼ばれている。これ、マジで」


 なにそれ本当に恥ずかしいから、割とガチで。正体不明って、言い換えれば単に『知名度がない』ってだけでしょう? なのにいっかなこれまたどうして、嬉しくもないご大層な異名が付いてるの?


 この異名を考えたヤツ、絶対に異世界ファンタジー系ラノベだいすきって口だ。


 自分もいつかはトラックに体当たりして異世界転生してやると目論んでるでしょ。薄暗くした部屋でにやけながら、「ステータスオープン!」って叫んでるまである。──頼むからそんな厨二チック異名をつけないでくれ。


 あと、佐竹は帰りにぶん殴る。


 右ストレートでぶん殴る。


 わざわざ犬飼弟の前で自慢げに話すとか、勘弁してほしい。


「ふぁんとむらんかー」


 煽ってくるじゃん、小僧。


「太陽君。次にまたその単語を言ったら一生口きかない」


「すみません。──話の続きをどうぞ」


 こんなに散らかった空気では、真剣に話をするのが阿呆らしく思えてくるのだが。


「はいはい、続きね」





 犬飼弟が企てた計画はこうだ。


 先ず、僕と佐竹の注意を引く。村田ーズたちに敢えて教室で宇治原君の陰口を叩かせて、「宇治原君がやばい」という危機感を煽るのだ。宇治原君の立場が怪しいのは、前情報として村田ーズから訊いていただろうし、把握していたはずだ。


 なにか問題が発生した場合、僕は高確率でダンデライオンにいく。


 行動パターンを掌握していた犬飼弟は、村田ーズたちの陰口が効いているかを見極めるために、文芸部を引き連れてダンデライオンを訪れた。


 文芸部員を利用したのは、隠れ蓑にしようと考えたからだ。


 僕らがいつも座る席を陣取ったのは、僕の意識を〈いつもの席〉に向けるため。そうすることで、わざと置き忘れた〈ハロルド本〉を見つけさせる確率を上げたのである。──結果は言わずもがなだ。


 本の栞に名前付きのポイントカードを用いたのは、自分の存在を僕に認識させるためと、翌日、八戸先輩に本を預けさせる用途があった。


 僕は犬飼弟の思惑通り、八戸先輩に本を預けた。これにより、「本を見つけてくれた先輩にお礼を言う」という大義名分を得たのである。





「ハロルド本って、いつも優志が読んでる分厚い本の作者だよな」


「僕を監視し続けていれば、ハロルド・アンダーソンに行き着くのは道理だよ」


「ですね。ぼくがハロルド・アンダーソンの本を読み始めたのも、鶴賀先輩の影響です。──とっても難解で読むのに苦労しますけど。文法が独特というか、素人感が癖になるというか」


 ここでハロルド談義をしていても話が進まないし、約一名が蚊帳の外である。所在ないと言いたげにグラスを呷る佐竹だったが、氷が溶けて水のように薄まったココアは美味しくないようだ。七味唐辛子のなかに混ざる麻の実を噛み潰したような顔をしている。


「あきっさーん、水くださーい」


「佐竹君もどんどんお姉さんに似てきたね」


 半ば呆れ顔で苦笑いする照史さんは、空になったガラス製のピッチャーに皮肉と一緒に水と氷を入れて、佐竹の前に置いた。



 

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