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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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二十四時限目 それぞれの思惑[月ノ宮楓・中]


「勘違いならいいけど、もし言いたいことがあるならはっきり言って欲しいわ」


「……はい」


 天野さんの瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。


 愛しい人から疑いの目を向けられているにも関わらず、私は喜びを感じてしまう。


 入学してから今日まで、天野さんから一度たりとも真剣な目を向けられなかった。挨拶を交わす際に微笑みを投げかけてくれたりはしたけれど、それは、だれにでも与えられる権利のある表情であって、私だけに向けられているわけじゃない。


 私は、()()が欲しい。


 (たと)え話をするならば、天野さんから好奇の目を向けられても構わなかった。それは、私を……、月ノ宮楓という存在を、天野さんに認識していただけた証拠でもあるのだから。


 欲を言えば、愛情たっぷり湛えたような慈愛に満ちる眼差しを向けて欲しいですが、そこまでの境地に至っていないのも事実で、現状を鑑みれば、疑念を甘んじて受け入れなければならないのは百も承知だった。……で、あるからこそ、こうして二人きりになり、私だけを捉えて離さないとする目を向けられるのは天にも昇る心地ではあるものの、その気持ちを表現するような、空気の読めない人間ではない。


 言いたいことですか……と、暫し考える。


 付き合って欲しい私だけを特別視して欲しい触れて欲しい触れさせて欲しい私だけのアナタでいて欲しい好きです愛してます結婚して下さい……と、そればかりではないけれど。


「天野さんと、もっと仲よくなりたいです」


 これが、精一杯の答えだった。






『名前で呼び合う仲』


 それは、親しい間柄である証拠とも言える。


 そして、私が(ぎょう)(ぼう)していた関係でもあった。


 天野さんを『恋莉さん』と呼べる日が来ようとは……いいえ、これでようやっとスタート地点に立ったのです! 終着点は『一つ屋根の下で暮らす』ですから、うかうかと喜んでばかりはいられない。然し、急いては事を仕損ずる。本日の目標はクリアしたのだから、よしとしようではありませんか。


 水の妖精〈クリオネ〉の水槽から離れて、階段付近にある手頃なベンチに腰を下ろした。


 クリオネを見ている頃から、恋莉さんの様子がおかしいのは火を見るよりも明らかで、この世の全ての憂いを一身に引き受けたような陰鬱めいた顔つきで息を吐いた。


 その理由に、心当たりが無いわけではない。


 恋莉さんの想い人である優梨さんが、一度告白して振られた相手とデートしているのですから、気持ちが塞ぐのも当然でしょう。そして、いまの私では塞いだ心を緩和できるような力も無い。


「次はなにを見にいきましょうか?」


 顔を曇らせている恋莉さんに、少しでも気分転換になればと声をかけた。


「そうね」


 そう一言だけ返して、心苦しそうに微苦笑を浮かべた。


 無理をするような笑顔を見て、どうすることもできない自分が腹立たしくもあり、呵責が胸を締め付ける。もし、選ばれたのが優梨さんではなくて私だったら、こんな気持ちになんてさせないのに……と思っても、恋莉さんが選んだのは私じゃなくて優梨さんだ。


 譬えそうであろうとも、ここで挫けてはいけない! と、次の言葉を思案していたら、天野さんが「はあ……」と息を漏らして、懊悩を振り払うかのようにぶんぶんと頭を振った。 


「なにがいいかしら?」


 微苦笑を浮かべたまま、なんとか会話を維持するかのように恋莉さんは訊ねる。それはまるで、「今日はいい天気ですね」と訊ねるような声音だった。


 恋莉さんが前を向こうとしているのに、私が腑抜けていたらいけませんね!


「熱帯魚、深海魚、爬虫類……見るものは沢山あるのよね」


 参考にどうぞ、と取り出したパンフレットを横から覗く恋莉さんの肩と私の肩が触れても、お気楽に喜べる心境ではないが……だとしても、初めて触れた肩の感触は、恋莉さんが離れてからもぽかぽかと残っていた。


「ダイオウグソクムシ……、見たいかも」


 えええ……。


「数多に展示されている生物の中で、どうしてその生物を選んだのですか?」


「いっとき話題になったじゃない? だから、どんなものかなーって」


 かく言う私も、その生物は映像でしか見ておらず、本物をこの目で見たら印象も変わるかも知れないが……、どうでしょう。


「もしかして、苦手?」


「いえ、苦手というほどでは……」


 実は多脚生物が苦手だ、なんて言ったら、気分を変えようとしている恋莉さんの腰を折ってしまう。


「そうと決まれば参りましょう!」


 感情と裏腹な行動を取るのは慣れている。


 嫌だな、と思うことは、私生活でも多々あるけれど、そうした案件は、後に大きな成果を得られたりするので、乗り越える価値がある。……まあ、『オオグソクムシを食べろ』と言われたらさすがにお断りしますが。


 本館三階に進み、私たちは深海に住む生物が展示されているブースへと足を踏み入れた。


 深海……それは、北極、南極、宇宙と同じく、調査が未だに進んでいない領域であり、自然の絶対支配によって、侵入が非常に難しいエリアでもある。それでも、長年に渡って調査してきた探検家によって幾らかの謎は解明されてはいるが、その全貌を明るみにするには、化学の進歩が必須であり、相応の設備を整えなければ死に至る。


 そんな世界に住まう住人を、生きたまま観覧できるのは、探検家たちと科学班、研究者各位の試行錯誤と努力の賜物でしょう。


 代表的な深海魚を挙げると、チョウチンアンコウも深海に生息する生物で、頭部から触角を生やし、発光させることで目を引き、近寄った者を捕食するのがチョウチンアンコウの捕食の仕方である。これは、船体を発光させるイカ釣り漁船とも似た仕掛けだ。


 漁に関する知識は乏しいので、それだけで『同じ』とは言い切れないまでも、仕掛けとしては似ていると言える。


 そして、近年、巷を騒がせているのが〈リュウグウノツカイ〉と呼ばれる深海魚で、その姿はタチウオのように薄く細長い。(たてがみ)のような背びれに、胸びれ、腹びれの鰭状は鮮紅色で、その神秘的なフォルムから『竜宮の遣い』と呼ばれるようになった。


 このリュウグウノツカイには、ちょっとした逸話があり、人魚伝説と関わりがある。西洋の人魚のモデルは〈ジュゴン〉や〈マナティ〉とされているが、日本の人魚はリュウグウノツカイとされているようで、()()()()()伝説とも因縁が深い。また、リュウグウノツカイが海岸に打ち上げられると地震が起きる、という逸話もあるが、これもその人魚が関わってくる。


 人魚は『不漁や荒天を招く不吉な存在』として考えられてきたようで、日本の人魚のモデルのリュウグウノツカイが打ち上げられると災いが起きる、と考えるようになったとか。勿論、『リュウグウノツカイが打ち上げられたら災いが起きる』という科学的根拠は無いので、陰謀論にも似た括りの話に過ぎないまでも、『異常なことが起きているサイン』として頭に入れておいていい情報ですね。


 ……という話を、ダイオウグソクムシの水槽の前で披露したら、天野さんが呆気にとられたように口をぽかんと開けていた。


「ダイオウグソクムシを見ながら、リュウグウノツカイの話を訊くとは思わなかったわ」


 そう言って、くすりと破顔した恋莉さんを見た私は、若干の恥ずかしさを感じながらも、(うん)(ちく)を傾けた甲斐もあったと言うものだ、と鼻を鳴らした。



 

【備考】

 読んで頂きまして誠にありがとうございます!

 これからも引き続き読んで頂けたら幸いです。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2020年12月13日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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