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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一章 Change My Mind,
6/677

三時限目 新しく芽生え始めている〝なにか〟 2/3


 終礼のチャイムが鳴り響く放課後。クラスの面々が部活なりなんなりぞろぞろ移動し始める中、佐竹の前に天野恋莉らしき人物が立ち塞がった。


「昨日の件、忘れてないわよね?」


 不機嫌そうな声音で表情は穏やかではない。まるで、弱者を威嚇する獣のようだ──なんて声に出していたら物凄い形相で噛み殺されそうな程に迫力がある。覇王色の覇気も使えそうだ……死んだ振りしてようっと。


「わ、忘れてねえよ。ただ、アイツも準備しなきゃいけないから少し待たせることになるけどいいよな?」


 準備とは僕の着替えのことだろう。着替える振りをして帰ってもいいかな? 駄目か。


「構わないわ。どんな彼女さんなのか楽しみにしてる」


 そう捨て台詞を吐いて、天野さんは踵を返して教室を出ていった。


 はああっと溜め息が訊こえて、死んだ振りを解く。


「マジでおっかねえな……あんなのと付き合うとか普通に無理だっての」


 それを佐竹が言うのか。


「佐竹も大概だと思うけどね」


「うるせぇな……と、言いたいけど、強ち間違いでもねぇか。今回、ユウを巻き込んでるし、悪いとは思ってんだ」


 やっぱり、そのあだ名は慣れない。


「自覚はあるんだね。意外だよ」


 なんだか昨日の佐竹とは別人のようだ。消極的になっているのを見て、少しだけ安心した。佐竹は悪いやつじゃない。不本意ながら佐竹と一日過ごしてわかったけど、未だに佐竹との距離を測りきれていないのも事実。


 佐竹は僕を『友だち』と位置付けたが、素直に頭を縦に振ることができない。友だちという関係って、昨日今日知り合ったくらいでなれるもんだろうか? 長い時間をかけてじっくりと培うものじゃないの? 干物もそうだろ? 長い年月が経過すれば旨みが凝縮されて、戻したときに芳醇な旨みがスープに溶け込むって熱血料理漫画で読んだ。


 僕と佐竹が友だちかどうかは兎も角として、できる限りのことはするつもりだ。今回の件を通して自分を変えられるかもしれない期待もあって、ある意味、お互いに利用し合う関係なのだろう。利害が一致しているのなら、それほどにわかり易いことはない。


「琴美さんから習ったことを全部やるだけだし、それでミスっても全責任は佐竹に擦りつけるからいいよ。学校中に〝クラスメイトに女装させて楽しむ変態がいる〟ってさ」


「おいマジかよ、それ普通にヤバい……ガチか?」


 そんなことがクラス中、いや、学校中の口の端に掛かれば佐竹の学校生活は終わる。そして、再び平和な生活が戻ってくるんだろう……あれ? バラしたほうがメリットあるんじゃないの? バラしてもいいかなあ。


 それは置いておいて。


 ようやく事の重大さに気がついたのか、佐竹は顔色を失っていた。


「そうなりたくなければ全力でサポートしてね?」


「お、おう」


 佐竹は目線を外して俯いた。


「なに?」


「なんでもない! 行くぞ!」


 急に焦りだした佐竹を少し離れて追いかける。


 佐竹の様子がおかしいのは、これから起ころうとしていることに対しての緊張や焦りの表れか。そう思いながら、あと数時間後に迫るほんの一握りの刺激に僕はちょっとだけ心を踊らせていた。


 普段使わないバスに乗ると萎縮してしまう。居心地が悪いような、場違いのような、もし間違えて行き先の違うバスに乗ってしまっていたらとか、絶対にあり得ない想像を巡らせては『佐竹も乗ってるし間違いない』と自分に言い訊かせるその一方で、佐竹は普段常用しているバスなので緊張している様子はない。(たま)(たま)居合わせた友人たちと軽いジョークを交わしながら、僕のことなんて御構い無しに談笑していた。


 そう、これが現実だ。決して交わるはずもなかった僕と佐竹は、今日、学校で必要最低限程度の会話しかしていない。本来接点の無い二人が急に仲よくお喋りしていたらおかしいだろって、僕が佐竹に釘を刺したからだ。僕は空気、佐竹はリア充、その境界線が曖昧になってはならない。


 それに、僕がその境界線を犯していいはずもない。


 これは、佐竹に対しての配慮でもある。これまで培ってきた人間関係を、僕が壊していいはずがないんだ。だから、これまで以上にこれまで通り。醜い家鴨(あひる)は醜いままで、泥沼で行水していれば安全なのだ。





 バス停に到着。バスから下りた佐竹は、駅とは反対方向へゆっくり歩いていく。これも事前に示し合わせた通り。


 近くにある百貨店の二階、トイレ前で落ち合う──というのが今回の流れであり、僕はそのトイレの多目的トイレで化粧と着替えを済ませたのち、天野さんが指定したファミレスへと向かうという手筈になっている。


 百貨店の多目的トイレまでは順調にことが進んだが、問題はここからだ。


 今回の作戦の肝とも言える女装と、一夜漬けで得たような知識が、果たして、本物の女子高生に通用するのだろうか?


 失敗は許されない……絶対に。


 意気込んで、さあ着替えようと着替え袋の中を覗き込んだ。


「え」


 見間違いではない、よね? ちょっと奥まったところに思春期の男子なら興奮待った無しの(ブツ)が手紙と一緒に添えられていた。生唾を飲み込んでその手紙を開くと、そこには琴美さん直筆の『装備方法』が細かく──ご親切にイラストまで付けて──記載されていた。


「ブラとパットの着用方法……」


 それと『女性用下着』について書かれていたのだが、メモの締めにこう記されていた。


『貴方は貴方らしく、しっかりと貴女になればいい。他人がどうとか関係ない。貴方が望めば世界はもっと広がるから。頑張って。 琴美』


 なんだよこれ、厨二病か? と、巫山戯る気分にはなれなかった。


 内容は酷く抽象的で『それっぽいこと』を書いているようにしか思えないけれど、どうしてか僕の心に突き刺さった。他人と比較しながら生きていた僕には、最後の一文が眩し過ぎるくらい輝いて見えた。


「どこまでもお見通しなんだな」


 なんて知った顔で呟いて、四苦八苦しながらそれらを装備。


 こうして『胸』を作ってみると、より自分が女性に近づいていることを実感する。気持ち的にも、見た目的にも女性に近づいてみると、自分の中で葛藤していた気持ちの落としどころが見つかった気がして、自分でも驚きを隠せないほどメイクも完璧にできた。


「よし、いこう」


 トイレのドアを開けばこの姿を公然に晒すことになる。


 もう、どんな些細なミスも許されない。


 僕は、いや、私は女の子なんだ。


 そう何度も自分に言い訊かせながらドアを開いた。



 

【誤字報告】

・2021年2月12日……本文の微調整。

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