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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
599/677

四百二〇時限目 普通の子はこんなことしない


「今回の件は、優志を孤立させるために用意されたものだったんだ」


「はい?」


 さっきは『宇治原を陥れるため』と言っていなかったか?


 突然の議題変更に戸惑う僕に、


「まあまあ、探偵が語ろうとしているのですから、ここは静粛にしていましょう。鶴賀先輩」


 演技振った態度で揶揄うように言う、犬飼弟。自分の罪が白日に晒されようとしているにも拘らず、表情には余裕が見て取れた。


 僕は佐竹から離れて、二人の表情が見える位置まで移動する。


 コートを駆けるサッカー部と野球部の威勢のいい声が飛び交うなか、ベンチを挟んで互いに向かい合う佐竹と犬飼弟。一発触発な空気が僕の肌をひりつかせる。


「佐竹」


 声をかけたが、「優志は黙っていてくれ」と。


 語彙力の乏しい佐竹が太刀打ちできる相手じゃない。それは、佐竹本人も感じているところだろう。が、先輩としての意地もある。佐竹はその意地だけで立っているようなものだ。


「ソイツは、ノボルたちを利用していたんだ」


 佐竹は探偵さながらに、左腕を垂直に伸ばして、人差し指を犬飼弟に突きつけた。


「証拠はあるんですか?」


 やれやれ、という感じに肩を竦める犬飼弟。


「お前は知らないだろうけどな。ノボルたちは〝購買部派〟なんだよ」


 ……あの、佐竹さん。購買部派ってなんですか?


 一年以上も梅高に通っていて、初めて訊く単語なのですが。


「ノボルたちが連日のように食堂で飯を食うなんて、有り得ねえ」


 あり得そうだけど、と僕は思うのだが、口を挟んで話の腰を折るのは申し訳ない。喉元にまで出かかった『ツッコミたい気持ち』をどうにか呑み下した。


「お前、やったろ」


「なにをですかー?」 


「やったよな?」


「だから、なにをですかって訊いてるんですけど」


 ああこれは、さすがに通訳が必要だな。佐竹と一年と数ヶ月行動を共にしている者にしか、『やってる』の意味は理解できないだろう。


「佐竹は〝太陽君がなんらかの不正を働いた〟と言いたいみたいだよ」


 僕が間に割って入る。


「そういうことだ!」


 そういうことだ! じゃないだろ、佐竹。そういうとこだぞ。


 相手を問い詰めたいのならば、母国語はなしだ。


「〝食券の綴り〟をアイツらに渡しただろ」


 佐竹はズボンのポケットに手を突っ込むと、妙にカラフルに色分けされた食券の綴りを取り出し、「控えおろう!」って具合に突き出した。


 食堂を毎日利用する生徒が必ず購入するのが、〈食券の綴り〉と呼ばれる綴りだ。


 食券の綴りの値段は、一綴り五〇〇〇円──約一〇日分の食費代+三〇〇円分のチケットがおまけに付く──で、梅高生徒の極一部は〈錬金チケット〉と呼んでいたりもする。


 なぜ〈錬金チケット〉なんて呼ばれかたをされているのか、その仕組みはとてもシンプルだ。


 母親からチケット代の五〇〇〇円を貰って綴りを購入し、購入したチケットを学生に安く転売する。


 チケットが金に変換されるから、〈錬金チケット〉らしい。


 相場は、四八〇円のチケットが三五〇円。四二〇円のチケットは三〇〇円くらいで取引きされている。かなりせこい商売だが、小銭稼ぎには丁度いいようだ。


 梅高の学食は割といい値段で、チケットの闇取引きは日常茶飯事に行われていた。無論、教師たちも口先では、「生徒間での食券売買は禁止」としているが、目の前で取引きを行わない限り注意もできないわけで、チケットの闇取引きは公然の秘密のような扱いをされているのが現状である。


 ──それは兎も角として、購買部派ってなに?


「ノボルが持っていたこの綴りが、なによりの証拠だ」


 右手の親指と人差し指で摘んで、見せびらかすようにぺらぺらはためかせながら、得意顔をする佐竹探偵。その顔、ちょっとムカつくからやめろ。


「それが村田先輩の物だっていう証拠はあるんですか?」


 佐竹が「しめた」とほくそ笑む瞬間を、僕は見逃さなかった。


「いま、〝村田先輩〟って言ったな?」


「はい。それがなにか?」


 フッ、佐竹は鼻にかけて笑う。


「俺はずっと〝ノボル〟って言ってたのに、どうしてお前がノボルの名字を知ってるんだ」


 決まった──みたいな雰囲気のところ本当に申し訳ないのだけれど、僕は『購買部派』の意味が知りたくてそれどころではなかったりする。


 ねえ佐竹、そろそろ『購買部派』の意味を教えてくれてもいいんじゃないかな?


()()()したな、犬飼」


 ……ぱどぅーん?


 僕と犬飼弟は、佐竹の『型落ち』発言に首を傾げた。


 決める場面で決められないのは、これはもう佐竹の宿命だとすら思えならない。非常に残念な男、それが佐竹義信その人となりなのだ。


「──あの、すみません。もしかして〝語るに落ちる〟と言いたかったんですか?」


「う、うるせえ! 略しただけだよ! ガチで!」


 佐竹の言い間違いはいつものことだし、そういうことにしておこう。


「証拠だったらまだあるんだ! ──お前、昼飯はどうした?」


「食べましたよ?」


「美味かったか? 犬飼先輩の手作り弁当は」


 ここにきてようやく、犬飼弟の表情に影がさした。


 痛いところを衝かれた。


 そう言いたげに、


「佐竹先輩ってもしかして、ぼくのことを狙ってたりします?」


「茶化すな、答えろ」


「……そうですね、とっても美味しかったですよ」


 もう購買部派の意味を問うのはやめよう──やっと『探偵vs犯人』みたいな構図になってきたところだし。


 佐竹の気分は最高潮だ。サスペンスの帝王〈ミスター・フナコシ〉になった気分で、男臭い演技を披露してくれよ! と僕は心のなかでエールを送った。


「毎日作ってもらってるんだもんな? 八戸先輩から訊いたぜ」


 そこまで手を回していたことに、僕は驚きを隠せない。


 ああそうか──。


 僕が村田ーズを監視している間、佐竹は佐竹なりに情報を集めていたんだな。


「弁当派であるお前が食券の綴りを購入するのは、どう考えても不自然だ。そして、村田がコイツを持ってるのもまた同じ」


 ぺらぺら、と再び食券の綴りを揺らす。


 犬飼弟は腕を組み、じと佐竹を睨める。だが、佐竹には通用しない。後輩にビビるわけにはいかないという、佐竹なりの矜持なのだろう。


「お前は、食券の綴りで村田たちを買収し、今回の騒動を引き起こしたんだ──普通になあ!」


 ねえ佐竹。


 普通の子は、こんなことしない。



 

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