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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
598/677

四百十九時限目 サタケマンは遅れてやってくる


「友情は(とう)()、愛情はガラス。──こんなイメージです」


「どちらも壊れやすい物だけど、どうしてそう思うの?」


「本来はとっても大切に扱わなければならないのに、どちらも乱暴に扱われる。余程高価でお気に入りでもなければ、そこまで気をつけて使わないですよね?」


「それは」


「一〇〇円で購入したお茶碗や、ガラスのコップが壊れても、片付けが面倒だー、としか思わないでしょう?」


 安価な商品で、それでいて入手が容易い物であれば、犬飼弟の言う通りだけれど、僕は頷くことができなかった。


 正直に言えば、頷きたくなかったのだ。犬飼弟の喩えは言い得て妙であり、『壊れやすい』という一点においては、「その通りだ」とすら思う。──だけど。


 友情や愛情を一〇〇円で購入できる物と一緒くたにするのは、尺度が違うというか、ベクトルが違うというか、ホラー映画をギャグ映画だと言い張るような……そう、納得ができない。


 考え方は十人十色と言うが、ここまで価値観が異なると、それはもう異次元的な解釈を披露されたような気分だった。


「鶴賀先輩は違うんですか?」


「一〇〇円の商品よりは、価値があると僕は思うよ」


 正確には、思いたい、なのだが。


「偽善的なんですねー……とっても意外です」


 クスッ、と犬飼弟は笑う。


「鶴賀先輩はどうなんですか?」


「僕はまだ答えを模索中かな」


「それ、とっても狡い回答だと思いませんか? 自分探しの旅、くらい都合のいい返しですよ。自国で自分を見つけらないヤツが他国で見つかるはずがない。鶴賀先輩ってそういう考え方をするひとですよね? 他人に訊いて答えが見つかるような気安い答えならその程度でしかない、ということではないんですか?」


 ここまで言い当てられると、犬飼弟は杉田玄白並みの『鶴賀優志解体新書』が書けそうだ──というか、僕の鬱々した感情を理解されると、丸裸にされたような気がして恥ずかしいような、薄気味悪いような。


 友情も愛情もどちらも割れ物だ、とした犬飼弟は、まるで自分以外の人間を信用していないみたいだ。


 そういうものの考え方をしていた人間に、心当たりがある。──昔の僕だ。


 だけど、昔の僕と犬飼弟には、決定的に違う部分がある。僕は、自分以外を信用していなかったわけではない。()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 犬飼弟とはつい最近知り合ったばかりではあるけれど、犬飼弟は、()()()()()()()()()()()()ように見受けられる。自分しか信じられない人間は、自分のなかにある価値観でしか物事を考えられない。


 これは、自己中心的とも似て非なるもので、自己中心的な人間は『自分が一番でなければならない』という考え方だけど、自分しか信用していない人間にとって、他人の意見は『不要』である。


 こういった考えを持つひとは、自分のなかで筋が通っているとするだけに(たち)が悪く、例え話を用いて丸め込もうとしても一辺倒ではいかない。兎にも角にも、非常に厄介な相手なのだ。


「鶴賀先輩は〝こっち側〟の人間ですよね? 大丈夫ですよ、ぼくはちゃんとわかってますから」


 違う、と否定したいのに、言葉が出てこない。


「困った表情も可愛いですよ? ──食べてしまいたいくらいに」


 それは一瞬の出来事過ぎて、脳が処理できなかった。


 気がつけば僕はベンチに背中を押し当てられていて、眼前には犬飼弟の顔がある。


「簡単に押し倒されちゃいましたね……だから言ったじゃないですか。鶴賀先輩は隙があり過ぎるって」


 頭のなかが真っ白になって、思うように声が出せない。


 いや、違う──。


 犬飼弟の右腕が僕の喉を締め付けているせいで、声が出せないんだ。


「どうしましょう? このまま唇を奪ってもいいですか?」


「い……や……」


「瞳がうるうるしてますね。とっても苦しいですか? でも、鶴賀先輩がいけないんですよ。──ぼくにあんな質問をするから」


 犬飼弟の顔がどんどんと近づいてくる。


 頭を左右に振って抵抗しようにも、犬飼弟の腕が顎を圧迫するように固定していて避けられない。


「やだ……やめ……」


 だれか、助けて──佐竹。




 ──おい、なにしてんだ!?




 ドンッ、という衝撃音と共に体が軽くなった。


 げほげほと咳をしながら目だけを右に向けると、犬飼弟が地面に転がっている。


 反対側では佐竹が肩で息をして、犬飼弟を睨みつけていた。


「痛ったたたあー……」


 大袈裟に横腹を撫でて立ち上がった犬飼弟は、こんな状況でも笑顔を絶やさなかった。


「優志、俺の後ろにこい。前にいたら普通に怪我するぞ、()()で」


「う、うん」


 明らかに好戦的な目で、コイツは本当に佐竹なのか? と疑いたい気持ちだったが、僕は佐竹に従って後ろに隠れた。


「お前、さすがにやり方が汚ねえよ」


「さて、なんのことですか?」


「ノボルから全部訊いたぞ。──宇治原を陥れようとしたのも、全部お前が企んだんだってな」


 ──は?


 いやいや、おかしい。


 どうして犬飼弟と村田ーズ、そして宇治原君がここで繋がるんだ?


 犬飼弟が宇治原君を陥れて、なんのメリットがある?


 下級生が上級生のクラスを乗っ取ろうとでも言うのだだろうか。


 佐竹が発した言葉の意味が、全然わからない──。



 

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[良い点] あー、あーーーー、これはおちましたね! いいと思います! ここから佐竹の巻き返しが!?
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