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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
595/677

四百十六時限目 亀裂は音を立てて広がる



 照史さんに窘めらたた佐竹は、気に食わなそうな顔でテーブルに肘をついて、じと窓のほうを見つめている。いい加減に機嫌を直してほしいものだ、と思いながらクッキーが並ぶ皿に手を伸ばした……あれ?


 ついさっきお代わりのクッキーを貰ったはずなのに、一枚も残っていないだと?


 さっきは、『僕はバニラ味派だ』なんて言い訳をして我慢していたけれども、クッキーその物が嫌いなわけではない。むしろ好きな部類に入る。「ちょっと焦げた」と照史さんは言っていたが、ココア味なら味にそこまでの支障は出ない。──だから佐竹は美味しそうに食べていたのか。


 それにしても、どうやって食べれば頬にクッキーのカスが付くのだろう。超次元的な食べ方でもしない限り、そこに付着するはずがないのだが、いまもなお右の頬に付いたままだった。


「ねえ」


 と佐竹を呼ぶ。


「いつまでそうしてるつもり?」


 すると、左手に乗せている不貞腐れた顔をこちらに向けて、


「なにもわかってねえのが悪いんだろ……」


 感情論で言われてもなあ。


 首を傾げるばかりだ。


「わかってないって、なにが?」


「そういうとこだよ。ガチで」


 佐竹は「そういうとこ」を強調する。


 僕の()()()()()()がわかってないのか小一時間ほど詰問したいところではあるが、村田ーズ事件は佐竹が切り出さない限り明るみにも出なかっただろう。「宇治原調子乗ってる」という鬱積がじわじわとクラスを侵食して、気がついたときには手遅れだった──なんてシナリオにもなりかねない。


 これこそが佐竹の憂うところで、深刻な事態であると僕に助力を求めた。


 監視対象が複数人いる場合、監視の目は多いに越したことはない。


 二つで足りなければ四つ、四つでたりなければ六つと増やして、情報共有するべきだと僕は思うのだが、佐竹は頭を縦に振らない。


 本当に解決する気があるのか? と疑ってしまうくらいだ。


 佐竹は、「はあ」と湿っぽい溜息を零す。


「お前に〝わかってくれ〟ってほうが無理か」


 一を言って十を知る、こんな芸当ができるヤツに、僕は会ったことがない。


 どんなに才能があったとしても、『察しがいい』止まりだ。


「天野さんたちに知られてはいけないことでもあるの?」


「なんっつうかさあ……あれだよ、あれ」


 あれ、を何度も繰り返しながら、言葉にできない〈なにか〉を必死に紡ごうとする。


「献身的?」


「老後の介護を僕にしろって?」


「違う。そうじゃなくて……切磋琢磨?」


「お互いに勉強を頑張ろう、的な?」


「優志、お前わかっててボケてるだろ!?」


 バレたか。


「被害を最小限にしたいとか、秘密裏に解決したいとか、そういうことでしょう?」


「それはそうなんだけど……やっぱりお前にはわからねえよなあ」


 佐竹にそこまで言われると、なんだか癪だ。


「優志は他人の気持ちなんてどうでもいいってタイプだろ?」


 まあ、それなりには興味がない。


「わかるはずねえよ」


 機嫌を損ねたようだ。


 佐竹は「俺、今日はもう帰るわ」と言って、振り向きもせずにダンデライオンから出ていった。


 おい、お会計くらいしていけ。





 * * *





 佐竹の意向通りに、僕は翌日も村田ーズの監視にあたった。


「特に目立ったことはしないな」


 昨日は教室で宇治原君の陰口を叩いていたのに、今日はそんな風を吹かすどころか、週刊誌に載っていたグラビアアイドルの話題で持ちきりである。


「やっぱり、ぱいおつかいでーが至高だよな」


 と、巨乳派の村田が鼻の下を伸ばしている。


「いやいや、控えめだろ。まな板よりもちょっとふっくらしてるくらいがベストだ。月ノ宮のとか最高じゃん」


 軽音部(仮)のロン毛こと本沼君──もっちゃんの本名──は、性癖に難がありそうだ。でも、同じ空間で、しかも胸部の話題のときに月ノ宮さんの名前を出すとは、命知らずだな。


「二人とも、もっと自分を弁えろよ。巨乳美少女がある日突然告白してくると思うか? 貧乳少女だって男を選びたいだろう。だからな、おれらみたいなもんは、無難なカップで値打ちにするんだ」


 ノボル──本名を(むら)()(のぼる)という。


 このグループは一見すると杉田君が引っ張っているように見受けるが、実状の支配力は村田君のほうが上だ。それゆえに、彼らをひとまとめにする際は、〈村田ーズ〉と呼称している。


 佐竹もそれを見抜いた上で、「村田たちはどうだ?」と僕に訊ねたのだろう。


 この村田という男は、なかなかにワル知恵が働くらしい。


 いや、察しのいい男、と呼ぶべきだろうか。


 僕が監視していることにいち早く気がついて、他の二人が宇治原君の話題を出さないよう、巧みにすり替えている。


 週刊誌を持ち込んだのも村田君だった。


 共通の話題を持ち込むことによって、話題を完全に別方向へと誘導したのだ。


 ──僕は、警戒されている。


 このことを佐竹に伝えるべきなのだろうけれど、佐竹は昨日の一件以来、僕と目を合わせようともしない。


 メッセージを使って伝える方法も考えたのだが、村田ーズがいる教室では、不審がられる行動をしないほうが得策だ。


 おそらく、僕が村田ーズたちを監視していることを、杉田君と本沼君も把握しているはず。──週刊誌はボロを出さないために一役買っているってわけか。


 一筋縄ではいかないのに、佐竹と上手く連携が取れないのは痛恨の痛みだ。



 

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