表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
593/677

四百十四時限目 心の闇


 美少年の相手をしていたほうが健全であることは明白だが、佐竹との約束がある。優先順位を考えれば、やはり村田ーズを放置するわけにはいかないだろう。先輩としての威厳を示せないのが、()()()()残念だ。


「気持ちだけ受け取っておくよ」


「そうですか」


 犬飼弟は物憂げに俯いたが、(れん)(びん)の情に(ほだ)されて足を止めてはいけない。先刻、『やはり村田ーズを放置するわけにはいかない』と、胸中で語っていたじゃないか。その決意は何処へいった?


 ──そうはいってもなあ。


 誠意を無下にするのは、僕の意に反するところではあるけれど。


 佐竹と犬飼弟を脳内天秤にかけてみれば、犬飼弟の皿が地に着く。では、佐竹ではなく宇治原君にするとどうだ。


 なんて、一考するまでもない。宇治原君の評価と優先順位が最低辺なのである。佐竹にお願いされていなければ、僕は確実に犬飼弟をお茶に誘っていただろう。


 梅高で〈ハロルド・アンダーソン〉の話ができる相手はレアだ。是非とも意見交換したり、解釈の埋め合わせしたりしたい……いやいや、と頭を振る。


 嫌な現実から目を背けて娯楽に走るなんて、言語道断だ。


「それじゃあ、食堂でお茶でもしようか」


「はい!」


 僕は、自分の欲望に忠実なのであった──。




 * * *





 食堂は混雑していたものの、ピークよりも時間が経過していたせいか、ところどころに空席が目立つ。お弁当を食べたとはいえ、美味しそうな匂いが充満するこの空間は、はっきり言って毒だ。チキンカレーのスパイシーな香りが僕を誘惑して止まない。


 出入口の近くにある売店で手作りプリンを二人分購入し、適当な場所を選んで向かい合うように座った。


「いただきます!」


 犬飼弟はここの手作りプリンが大好きらしい。学校説明会の日に食べて以来のファンだったと言われたら、ご馳走する他にない。


 ──それにしても幸せそうに食べるものだ。


 感心しながら見ていた目の端に、村田ーズの姿を捉えてしまった。


 僕と村田ーズの位置は、テーブルを三つ挟んだ距離にある。この距離では、彼らがどんな会話をしているのかわからない。食堂にいくというのなら予め公言してくれればいいものを、と無茶苦茶な要望を頭のなかで蹴り飛ばしていると、


「どうかしたんですか?」


 心ここに在らずな僕を不審に思ったようで、犬飼弟はいままさに口に入れようとしていたプラスチックのスプーンを、はたと止めた。


「あ、ううん? どうもしないよ。ちょっと考え事を、ね」


「考え事ですか?」


「そう。考え事」


「なるほど、考え事ですね?」


 どんな考え事なのか興味津々だ、と目が語っている。このまま「考え事ですか」の応酬をしていても埒がないな、と思い、気乗りはしないけれど上手くぼかしながら説明することにした。


「太陽君のクラスはどんな感じ?」


「どんな感じと言われても……普通です?」


「居心地がいいとか悪いとか、ない?」


「クラスメイトはみんなよくしてくれます」


 さすがは美少年だけあって、男女問わず人気な模様だ。


 無邪気な笑顔を振り撒いているだけで、大抵のことは許される。


 そういう魔性の魅力が犬飼弟にはあった。


 ──だから言いたくなかったんだ。


 クラスカーストの上位に君臨する条件には、顔の良し悪しが大きく作用する。絶対条件とも言えるだろう。そこから加点式で、コミニュケーション能力、リーダーシップ等のカリスマ性が乗っかれば、アイドル的な人気を得られる。


 クラスカースト上位の者に、「自分が在学しているクラスはどう?」と訊ねたところでわかりきった答えが返ってくるだけだ。それは、高校生にもなって、『三角形の面積を求めよ』の答えを訊くようなもの。──口がへの字に曲がりそうだ。


 二の句をどう継ぐべきかと思案している僕に、


「あ、でも」 


 思い出したかのように声をあげた。


「クラスのグループトークに招待されていないひとがいますね」


「トークって、アプリの?」


「そう。緑のアイコンで──あ、よかったらIDの交換をお願いします」


「はいどうぞ……え?」


 芸術作品でも見ているかのような自然の流れに身を任せていたら、つい交換をしてしまった。


 犬飼太陽、恐ろしい子……!


「そういうのってやっぱり〝いじめ〟に該当するのでしょうか?」


 教室の風景を見ずには、そうとも言い切れない。過去の僕みたいに他人と距離を置きたいとする者もいれば、そもそも馴れ合うことに抵抗を持つ者だっている。だが然し、意図的にその子を省いているとするならば、〈いじめ〉の確率は跳ね上がってくる。


 ──グループトーク、か。


 僕のクラスにもそんな連絡網があったりするのだろうか……あれ?


 これってもしかして本人がそれに気がついていないだけの、「パターンセピア〈ハブ〉です!」ってやつ? なるほど、クラスが僕を拒絶しているのね。人権を……ッ、返せ……ッ! というほどクラスに愛着があるわけでもないし、構わないけど。


「どう捉えるのかは、太陽君次第だね」


「ですか。──ま、しょうがないですよね」


 と無邪気に笑う犬飼弟を見て、僕の背中がぞと粟立った。クラスでいじめが起きていても、それを「仕方がない」で一蹴してしまえるのか、この子は。


 闇を抱えているのはクラスではなく、犬飼弟なのかもしれない──。 



 

【修正報告】

・報告無し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ