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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
592/677

四百十三時限目 その笑顔は魔性である


 その後も教室内の観察を続けたが、宇治原君に対して肯定的な意見を持っている人数の方が少ないと実感した。表にこそ出してはいないものの、三人組が言っていたように不満を持つ者は多い。


 手っ取り早く不満を取り除く方法がないわけではない。ただ、それを佐竹が許さないことは自明の理だ。


 佐竹は平和的解決を望んでいる。そうできるのが理想ではあるけれど、理想論では片付けられないのが現状だ。


 唯一の救いは〈いじめ〉に発展していないこと。佐竹軍団のなかにも宇治原君を快く思っていない者はいる。然し、彼らもまた宇治原君と共に学び、遊んできたのだ。見捨てるという答えには辿りつかない、と思いたい。


 佐竹軍団に見捨てられれば、それこそいじめに発展するだろう。なかよしグループから追放された者を受け入れようと考えるグループがいるかどうか……希望は薄い。


 ここまでが午前中までのクラスを見ての印象だった。


 昼休みにはいつもの場所でお弁当を広げる僕だったが、今日はまるっと一日現状確認に徹して、教室でお弁当を広げた。ほうれん草のおひたしに、ポテトサラダ。エビチリをメインディシュに構成されたお弁当の白米には、紫蘇味のふりかけが振り掛けてあった。「飲んでなくない?  ウォウウォウ?」で有名な彼女の名前と同じ商品名のふりかけだ。


 ふりかけを振り掛ける、と思った。意図せずダジャレが思い浮かぶなんて、僕にはそういう才能があるのかもしれない。──そんな才能があってもなんの得もしないけど。


「あ、冷凍じゃん」


 エビチリを一口食べて、ぼそりと呟いた。冷凍のエビチリと手作りのエビチリの違いは食感に出る。手作りのエビチリの海老は、プリッとした弾力があるけれど、冷凍ではその弾力が控えめだ。どちらも美味しいけれど、一口食べたときの高揚感には歴然とした差があるのだ。


 黙々とお弁当を食べながら周囲に意識を傾けた。クラス全体の話題は、次の授業がメインとなっている。移動するのが面倒だ、とか雑多な内容で盛り上がれるのは羨ましい限りだが、逆を言えばそれくらいしか話の種にならないとも取れる。


 毎日なにか面白いことが起こるわけでもなければ、話題もどんどん尽きていくのは当然だ。それでも四六時中「ウェーイ!」と盛り上がっている佐竹軍団一行に、僕は驚きを隠せない。どういう思考で毎日を過ごしているのだろう。彼らが見ている風景と、僕が見ている風景は同じであるはずなのに、この違いとはいったい?


 きっと、彼らと僕では受信しているモノが違うのだ。アンテナが多いとも言う。各々が「この話題ならウェイできるだろう」と考え、異次元的に情報収集しているからこそ、ウェイ足らしめているのだ。──ウェイ足らしめるってなんだ?


 お弁当を完食した僕は、これ以上の観察は無意味だと思い、惰眠を貪ろうと目を閉じようとしたのだが──。


 違和感に気づいた。


 この違和感を喩えるならば、もしかすると部屋のどこかに不快害虫がいる、というような嫌な気配だ。そして、その違和感の正体に気づく。


 ──あの三人組がいない。


 よくよく考えていみるとおかしい点があった。仮に野球部に所属していると予想した……ええと、名前はなんといったか。


 思い出した。杉田君だ。


 僕はほぼ毎日のように、お昼休みは校庭の隅にあるベンチで食事をする。そのベンチからは野球部とサッカー部が練習しているのを一望できるのだ。が、僕は杉田君が野球に精を出している姿を一度足りとも目撃していない。ということは、杉田君は野球部に所属していないことになる。


 丸刈り頭だからといって、野球部だと決めつけたのは早計だったか。


 そうなると、他の二人も僕が予想していた部活ではない可能性が濃厚になってくる。──迂闊だった!


 僕は朝の時間からずっと三人組を目の端に入れていたのに、ついエビチリに夢中になって失念してしまった。


 ──優志、悪いけどあの三人組をマークしといてくれ。


 佐竹にもそう頼まれていたのに、間抜けだ。


 こうしていはいられない! と勢いよく立ち上がったせいで椅子が後ろの席の机に当たり、一斉に注目が集まる。それに対して僕は、「いやはやどうも」みたいな顔をして一礼。


 上座側のドアから廊下に出た瞬間だった──。


「うわっ」


 だれかにぶつかり、僕は尻餅をついた。


「すみません! 大丈夫ですか!?」と手を差しのべられ、咄嗟に掴んでしまった。ぐいと手を引っ張られるようにして立ち上がる。


「本当にすみません。あの、お怪我はありませんか?」


「あ、ううん。ちょっと驚いただけだから……」


 ──見覚えのない生徒だ。


 いや、僕の場合ほぼほぼ見覚えがない生徒ばかりなのだが、なんなら未だにクラス全員の顔と名前を覚えてないくらい自分のクラスに興味が持てなかったまでもあるのが、それを差し引いてもこの男子生徒は見たことがなかった。──いいや。


 顔の作りがだれかに似ているような気がする。それも、同級生ではなく上級生の……あ、そうだ。犬飼先輩に似ているんだ。そういえば朝、八戸先輩が言っていたな。


 ──眉目秀麗で中性的な雰囲気がある美男子だよ。彼はきっと女装したら美しいだろうな。


 なるほどたしかに、と思う。


「もしかしてだけど、犬飼先輩の弟さん?」


「はい。それじゃあ先輩が」


「僕が鶴賀だよ」


 鶴賀優志です、と自己紹介をした。


「やっぱり! 望君から訊いていた通りで、〝とってもちっちゃい〟ですね!」


 ──ほう、貴様いますぐ死ぬか?


 と、僕の内なる魔王様が囁いた。


 そんな存在はいないが。


「あ、ごめんなさい! とっても失礼なことを言いました!」


「だ、だいじょうぶ。ぜんぜんきにしてないから。うん。ほんとうに」


「とっても怒ってるじゃないですか!?」


 そりゃあ初対面で「とってもちっちゃくて豆粒みたいだから眼中に入りませんでした」と言われれば、だれだって頭にくるだろう。──そこまで言ってなかった気もするけど。 


「べつにいいって。それで、なにか用でも?」


「あっ」


 犬飼弟が鞄から取り出したのは、僕が八戸先輩に押し付けたハロルド本だった。


「この本、とってもお気に入りで。直接感謝を言いたいなって」


 どうやらこの少年、良くも悪くも正直な性格らしい。そして、〈とっても〉が口癖のようだ。


 無害そうな笑顔を浮かべる犬飼弟を見て、この笑顔は魔性だ、と思った。



 

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