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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
589/677

四〇〇時限目 呼び出しの理由


 芳ばしい珈琲と、焼いたパンの匂い。喫茶店〈ダンデライオン〉で使用されているパンはカンパーニュと呼ばれる丸型のパン。フランスパンの一種で、スープによく合うとされている。このパンを製造しているのは八戸先輩がアルバイトをしているカフェ〈サンデームーン〉だ。ダンデライオンで提供されるメニューの八割は、サンデームーンと同じ物が出されいる。


 それもそのはず。照史さんがダンデライオンを初代マスターから受け継いだ際に、現状の食事ではいけない、と参考にしたのがサンデームーンだったのだ。その効果がどれほど利益に結びついたのかまではわからない──宣伝に使う費用がないのだろう──けれど、一年前よりは客足が増えているように思う。


「悪いね二人とも。先客がいて〝いつもの席〟は埋まってしまっているんだ。カウンター席でもいいかな」


 照史さんは申し訳なさそうに笑う。


 店内の様子を壁から覗き込むようにして窺ってみると、梅高の制服を着た男女数人が〈いつもの席〉で各々が持ち寄った本を読んでいた。


「ありゃあなんの儀式だ? マジで」


 佐竹が奇怪な物を見るような目で、呆れ混じりの声を出した。


「文芸部っぽいね」


「文芸部がどうしてダンデラにいるんだよ」


「その呼び方、本当に気持ち悪いからやめてよ。ゲームの中級魔法じゃないんだからさ」


 ダンデ、ときて、ダンデラ、ときた。来年の今頃には〈ダンデガ〉になっていてもおかしくないが、それは絶対に僕が阻止しようと思う。絶対にだ。


「他のテーブル席も埋まってしまってね」


 いつもは(しょう)(ぜん)としているのに珍しいこともあるものだ、なんて物見高くしているのが顔に出ていたようだ。照史さんが、「ボク自身も驚いているよ」と苦笑い。


「俺は別にカウンター席でもいいけど、優志はどうだ?」


 ここまできて別の店というのもなんだし──。


「たまには違う席でアイスコーヒーを飲むのも悪くないかもね。照史さん、空いている席に座らせてもらいます」


「わかった。注文はいつも通り、アイスコーヒーとアイスココアの大盛りでいいのかな?」


「喫茶店のマスターに〝いつもの〟って言ってもらえると、なんだか常連みたいだな。普通に、ガチで!」


 佐竹は感嘆を漏らすように言うが、実際、僕らは既に常連客と言い張っていいくらいには通い詰めているはずなんだけどな。


 僕らが着席したのは、いつもの席が見える一番奥のカウンター席。僕が奥で、佐竹は左隣に座っている。カウンター内では照史さんが、佐竹用の〈アイスココア大盛り〉を作っていた。


 アイスココアは裏メニューというほどでもないが、現在のメニューには掲載されていない。かつては期間限定で出していたけれど、いつの間にか除外されていた。それでもなお注文し続ける佐竹の図々しさたるやである。──佐竹のくせに生意気だぞ。


「それにしても今日は本当に混んでるなあ」


 混んでいるといっても、テーブル席が埋まっているだけなのだが。それを快挙としてしまえるほど、ダンデライオンには閑古鳥が巣を作って住み着いてしまっているのだった。


「日中にはよくある光景だけど、夕方は稀だね」


 はいどうぞ、と出されたアイスコーヒーを僕が、アイスココアを佐竹が受け取った。


「もしかして、二人が宣伝してくれたのかな?」


 僕と佐竹は顔を見合わせて、


「してないです」


「してないな」


 そうだよねえ、と残念そうに笑う照史さん。


 申し訳ない気持ちになってきた。


「俺らは宣伝してないけど、他のヤツらはわかんねえな。お前、事あるごとに相談者をここに連れてくるだろ? ソイツらが宣伝してるんじゃね? そうじゃなきゃ文芸部員がこの店にくることはないだろ。マジで」


 となれば、宣伝したのは関根さんか、それとも七ヶ扇さんか。──八戸先輩という線もあり得る。


「本を読む場所としてはこの上ない場所だし、うちの学校で知名度が上がれば放課後に集まるのも頷ける、か」


「案外、犬飼先輩が宣伝したってこともあるんじゃねえ? 八戸先輩よりは文学的なひとっぽいし、真面目そうだ」


 佐竹よ、それは八戸先輩が不真面目だと言っているようなものだぞ。


 事実だけど。


「まあその話は置いといて、だ」


「うん。本題に移ろう」


 手元にあるアイスコーヒーを一口飲む。冴え渡る苦味とキレ。スカッとした夏日を彷彿とさせる冷たさ──季節は秋だけど──に舌鼓を打ちながら佐竹の言葉を待った。


「宇治原のことなんだが」


 やっぱりか、と思った。


「佐竹軍団のなかで浮いているからどうにかしたい、そんな感じでしょう?」


「いや、それだけじゃない」


 佐竹は頭を振った。


「クラスでも割と浮き始めてる。──というか既に浮いてる」


 それは初耳だ。


 舞空術を使う宇治原君の姿を想像するとシュールな絵で面白いが、そういう意味での〈浮く〉ではなく、水と油が分離した状態のようなことを喩えた言葉だ。


「最近のこと?」


「春休み前からそういう傾向はあったんだ。──おそらく原因は」


「宇治原クーデター事件」


 言うと、静かに首肯する。


「俺らはもう高二になった。善悪の分別もそれなりにわかっている年齢だ。それなのに〝いじめは悪いことだからやめよう〟と言うのもなんか変だろ? まあ、まだいじめに発展しちゃいないが、それも時間の問題だ」


「職員室に呼び出しくらった本当の理由って」


「ああ、三木原商事に相談してたんだ」


 本名を三木原章治という。三木原先生の〈章治〉を〈商事〉と文字った駄洒落みたいなあだ名だ。三木原なら〈ミッキー〉や〈ハラちゃん〉なんて呼ばれそうなものだが、あのどことなく不健康そうな窶れ具合で「ミッキー」、「ハラちゃん」と呼ぶのも違う気がする。だからといってフルネームをあだ名にするのもどうかと思うが、それで馴染んでしまっているのだから詮無い。


「三木原先生はなんて?」


「現状は理解したって」


「それだけ?」


「一度、宇治原と話してみるとも言ってた」


 同じ〈原〉を冠する者同士で話せばわかることもあるかもしれない、とか。いやいや、全くもって冠していないのだけれど、その文言は佐竹を深刻にさせないように気遣った三木原先生なりのジョークーだったに違いない。


「他には?」


「数学の点数が悪いですねって」


「……だれの?」


「俺」


 バカ!?


「佐竹の数学の点数なんてどうでもいい情報は要らないんだけど」


「他には? って訊いたのは優志だろ、普通に!」


 そうは言ったが──。


 開示するべき情報の精査くらいできるだろ……普通に。



 

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・報告無し。

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