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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
588/677

三百九十九時限目 犬猿の仲を編む 2/2


「どうせお前は〝あのとき〟みたいに、どうこうするつもりはないんだろ」


 吐き捨てるような言い方をする。あのときというのは〈宗玄膳譲事件〉のことで間違いはなさそうだけれど、〈クーデター事件〉を指している可能性もある。


 ──どっちだ。


 ()()()()なんて抽象的な言い回しをされては、該当項目があり過ぎて全貌を掴めない。


 どちらにしても、宇治原君のために動こうとは思はない。本人が明確な意思を持って助けを求めていれば、行動に移すのも吝かではないけれど。


 宇治原君のことはいまでも大嫌いだ。少々頑なになっていると自分でも思う。だとしても、嫌いなものは嫌いだ。恩を仇で返すようなやつは、もっと嫌いだ。──だから。


 僕は、自分のことも好きになれない。


「別にお前の助けなんて必要ねえし、いま話してるのだって一種の気の迷いみたいなもんだ。──忘れてくれ」


 そういって、脱力するように肩を落とす。膝に両手の肘を置いた前傾姿勢でサッカー部の練習風景をぼんやりと眺めていた。サッカー、すきなのだろうか。


「宇治原君は、友情と愛情の違いってわかる?」


 訊ねるつもりはなかったけれど、気がつけば口から零れていた。


「あ?」


 呆気に取られたといった様子だが、それ以上に僕自身が驚いている。


 こんなことを訊ねる間柄じゃないだろうに。


 顔だけをこちらに向けて、


「気持ち悪い質問すんなよ」


 麦茶のペットボトルを一振りして、ごくりと飲んだ。微妙な表情を浮かべる。購入してからまだ數十分も経過していないが、冷たさは失われてしまったようだ。空になったペットボトルを隣に置いて、こきこきと首を鳴らした。


「……友情ってのは」


「え?」


「えじゃねえよ、お前が訊いたんだろ」


 そうなんだけど。


「友情は、そうだな。一緒にいて楽しいとか、そういうので、愛情ってのは、一緒にいて嬉しいとか、そんなんじゃねえの。知らねえけど」


 一緒にいて楽しいのが、友情。


 一緒にいて嬉しいのが、愛情。


 宇治原君はそう答えたが、なんだかふわっとした回答だ。


「友だちと一緒にいて嬉しいと思ったら、それは愛情になる?」


「だーかーらー、知らねえって言ってんだろ」


「宇治原君は佐竹たちと一緒にいて、楽しい?」


「べつに、普通だ」


 普通ってなんだ? 白か黒か訊いた際に「灰色」と答えるような狡さだ。はいといいえの二択しかないにも拘らず、『どちらでもない』を勝手に選択肢の項目に追加したような裏技感がある。


 普通を辞書で引くと、〈usually(ユージュアリィ)〉という単語が出てくる。日本人の多くは〈normal(ノーマル)〉を真っ先に連想するだろうけれど、normalの意味は〈正常〉である。


 とどのつまり、『普通に〜』という言葉の意味は、『正常に〜』って意味だ。余談だが、佐竹軍団のようなパリピウェイ系がよく使う〈simple(シンプル)〉の意味は、〈単純〉、〈簡単〉、〈質素〉、〈飾り気のない〉、ではあるけれど、その多くは『単純』という意味で用いられるだろう。


 単純を辞書で引くと褒め言葉として使うのは憚りたいと思えてしまうのだが、彼らの脳内構造はシンプルなのでしょうがない、としか言えない。


「普通を〝当たり前〟という意味で使うのは、どうかと思うよ」


「んなら訊くんじゃねえよ……」


 たしかーに、そのとーり、である。


 訊いた僕がどうかしていた。


「先に教室に戻ってるぞ。お前と一緒にとかやべーから」


 立ち上がり、


「やっぱりお前、ムカつくヤツだわ」


 そう吐き捨てて、一人で教室に戻っていった。





 僕が教室に戻ると佐竹も教室にいた。息を吹き返した佐竹軍団は、良くも悪くも教室に活気を呼び込む。ガチでマジでと鬱陶しい。佐竹の隣には宇治原君の姿があるが、浮かない顔をしていた。


 佐竹はどうやら職員室で特別授業を受けさせられていたようだ。授業といっても簡単な問題集を解かされただけなのに、大袈裟に騒ぎ散らかしている。「居眠りしたのが悪いんじゃーん」とギャル風女子生徒にツッコまれて、「それな」と返していた。


 予鈴が鳴り、席に戻る。


 と、佐竹が後ろを振り返った。


 なにか言いたげだ。


「あのさ」


 出た。


 伝家の宝刀、『あのさ』。


「折り入って話があるから、放課後にダンデラきてくれ」


 また新しい変な略称を作ったのか。なんかこう、鳥肌のようなものがぞぞぞっと立つような気色の悪さだ。害虫を見てしまったときの「うげえ」って感じに似ている。


 だが、丁度いい。


 僕も佐竹に話があったところだ。


 面倒事に巻き込まれるのは御免だけど、もう半身は突っ込んでいるようなものだし、佐竹がなにを思って彼を救いたいとするのか、その理由も気になるところではあった。


「わかった」


 と、端的に返す。


 佐竹は満足そうに「よし!」と呟き、小さくガッツポーズして前を向いた。「やったぜ」という気持ちが背中を見てるだけで伝わってくる。まるで飼い主を前にした犬のようだ。尻尾が生えていたら左右にぶんぶん振っていることだろう。駄犬ほど可愛いと訊くけれど、僕は犬を飼ったことがないのでいまいちぴんとこない。


 もし飼うことになったら格好いい犬がいいな。ドーベルマンとか最高だ。名前がもう既に格好いいし、警察犬としても活躍している犬種だ。性格は恐れ知らずで聡明、警戒心が強く、従順である。留守中の番犬としても大いに活躍してくれるはずだ。


 僕よりも優秀じゃないか? 犬に劣る飼い主とはいったい──。



 

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