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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二〇章 The scenery I saw one day,
587/677

三百九十九時限目 犬猿の仲を編む 1/2


 午前中の授業は眠気を極めるものばかりだった。エアコンが効いた教室での授業は快適だが、睡魔に襲われる危険性が高い。授業中に居眠りしてしまった佐竹は、現在職員室に呼び出されて面倒なことを押し付けられているようだ。いやはや、授業中に居眠りするのはよくなあ。本当に、佐竹が前の席でよかったと思う。


 佐竹を失った佐竹軍団は、まるでお通夜でもしているような静けさだった。が、一人だけ生き生きしている男がいる。彼の名は()()(はら)。下の名前は覚えていない。常に佐竹の後ろをくっ付いて歩く金魚の糞でありながら、一度だけ叛旗を翻した愚か者である。夏休みにキャンプをした仲ではあるものの、僕と宇治原君はずっと犬猿の仲で、あれ以来会話らしい会話をしていなかった。


 宇治原君はここぞとばかりに縁の下の力持ちを演じてはいるが、周囲にいる友人たちの反応は薄い。宇治原クーデター事件は佐竹が許して幕を下ろしたはずだが、軍団のなかでの宇治原君のカーストは最下位まで落ちたようだ。自業自得ではあるし、身から出た錆でもあるものの、ちょっとだけ気の毒に思える。


 一度失った信頼は、簡単には取り戻せない。それは学校社会でも同じだ。いや、精神年齢が幼い分、子ども社会のほうが残酷かもしれない。いじめに発展していないだけまだマシではあるけれど、見ていて痛々しいのは事実だ。


 ──強く生きろよ、宇治原君。


 僕は宇治原君がどうなろうがどうでもいいし、しったことではない。だが、目の前で死なれるのは寝覚めが悪くもある。「しょうがないな」と思い、軍団員から総スカンを食らってトイレに逃げ込もうとしている宇治原君に廊下で声をかけた。


「いつからあんな状況なの」


「げ、鶴賀」


「人の名前を英単語みたいに呼ぶのはどうかと思うよ」


 仮に呼ぶとすれば『ミスター』だろう。間違っても人の名前に『a』や『The』を付けるもんじゃない。


「なんの用だよ」


 筒慳貪な態度で、僕を睨みつけた。


「質問しているのは僕なんだけど……まあいいや。もう一度同じ質問をするけど、いつからあんな状況なの?」


「なんの話だ」


「宇治原君の株が暴落してるって話だよ」


 ちっ、と舌打ちをされた。


「お前には関係ないだろ。部外者なんだから」


 ああ、言われてみれば──。


「たしかに」


「いや納得すんのかよ! だったら最初から訊くんじゃねえ」


 見事な返しだ。


 佐竹同等の語彙力だと思ってたけれど、実は佐竹よりも会話ができるヤツなのかもしれない。


「昼休み中トイレに籠城するの?」


「お前、そういうのはっきり言うなよ。──だったらなんだ」


「うんこマンってあだ名をつけられなきゃいいね」


「ガキじゃあるまいし」


 とは言いながらも、宇治原君は思案顔をする。高校生にもなって大便器を使用したヤツに〈うんこマン〉なんてあだ名をつけるような精神年齢小学生レベルはいないと信じたいが、自分が置かれている状況を考慮すると否定はできない、といった様子か。


「わかった。質問に答えてやる。──場所を変えるぞ」





 * * *





 連れてこられたのは体育館の裏だった。この一角はアウトローな雰囲気が漂っていて、あまり立ち入りしたくない場所でもある。僕らの他にも不良風の先輩たちがどこから持ってきたのかわからない勉強卓を地面に置いて、賭けポーカーをしていた。賭けている金額が一〇〇円単位なのが可愛いけれど、黙々とプレイしている彼らの雰囲気は、逆境無頼を彷彿とさせられる。


「ねえ、こんな場所で話をするの?」


 とてもじゃないが、カツアゲされそうな空気がびんびんに漂っているそんな場所で、落ち着いて話ができるはずもない。


「他に場所があるのか?」


 と言われてやってきた僕のベストプレイス。野球部とサッカー部の練習風景を一挙に観戦できる特等席だ。ここのほうがまだ体育館裏よりも腰を据えて話ができるだろう。そうと思って連れてきたのだが、


「直射日光がきつい」


 教室からの移動中に購入した麦茶のペットボトルに口をつけ、ごくりと一口飲んだ。


「体育館裏なんかよりは健康的でしょ。──で、話の続きなんだけど」


 宇治原君はあまり語りたくないようで、大きな溜息を吐いた。人の前で舌打ちしたり、溜息を吐いたり、まるで礼儀がなっちゃいない。──他人のことをとやかく言えた義理じゃないか。


「お前に相談するなんて落ちぶれたもんだな」


「僕はこれでも様々な事件を解決した風にする凄腕だよ?」


「解決した風って、そりゃ解決してねえじゃん」


 ほう、と思った。


「解決するだけがゴールじゃないんだよ」


 へいへいそうですか、と肩を竦める。サッカー部のエースストライカーっぽい選手がゴールキーパーの股下を潜らせてゴールを決めたのを合図に、宇治原君は開口した。


「あの件以来、ずっとあんな感じだよ……お前、同じクラスなのに気がつかなかったのか?」


「ごめん。僕、宇治原君の興味ないから」


「──お前はそういうヤツだったな」


 どうぞ続けて、と手で合図を送る。


「佐竹はああいうヤツだから必至にフォローしてくれるけど、佐竹がいないと基本スルーだ」


 友情とは、そんな簡単に壊れてしまうような脆い絆なのだろうか。


「自分がやったことは、悪かったって思ってる。あの日、お前が完膚なきまでに叩き潰してくれなかったら同じ間違いを犯していたかもしれない。──だから」


 ここで僕は宇治原君の言葉を遮った。


 懺悔を訊きたいわけじゃない。 


「いや、感謝してほしいとは少しも思ってないし、僕はいまでも宇治原君のことが大嫌いだから大丈夫だよ」


「お前、もしかして喧嘩売ってる?」


 と、眉を顰める。殴り合いになれば、負けるのは僕のほうだろう。宇治原君の腕はなかなかに太く、力で勝てるような相手じゃないのは目に見えている。暴力反対。クールにいこうぜ。覚悟はできてるか? 俺はできている! って、熱くなってどうすんだ。うりいぃぃ、と思った。


「いやいや。今更になって仲良くしようってのも気持ち悪いじゃん。僕と宇治原君は友だちじゃない。友だちじゃないなら友だちじゃない付き合い方をすればいい。違う?」


「意味わかんねえ」


 そういって、うりいぃぃ原君は足元に生えていた雑草を引っこ抜き、そこら辺に投げ捨てた。



 

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・報告無し。

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