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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百九十七時限目 スーパースターに憧れて 1/2


 ──まさかあそこまで話が盛り上がるとは。


 アニメ一話分程度の雑談だったはずなのに盛り上がり過ぎて、短めの映画を見終わるほどの時間が経っていた。当然、レインさんと流星が僕の帰還を待ってくれているはずもなく、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉からなる帰路をとぼとぼ歩く。誓約を果たした満足感と達成感は、精神的疲労によって打ち消されてしまった。


 ホテルのネオンライトが怪しく道を照らしている。単純計算すると一時間の利用で一五〇〇円もするのに、部屋には最低限の物しか置いていないイメージだ。大人の行為をするためだけの部屋、とするのならばそれでも満足できるのだろう。大人は寛大だなあ。寛大な癖にニュースキャスターのちょっとした言い間違いや、深夜に放送されるちょっぴりえっちなアニメにはクレームを付けるんだなあ。それでいて、「最近のテレビはつまらない」とか言い出すんだから、もうわけわかんないね。


 と、ホテルの料金システムから一部の大人ディスに変更された鬱積を蹴り飛ばすようにして、足早にホテル街を抜けた。


 高額を支払ったのだ。せめてだれかしらから感謝のメッセージが届いていても不思議ではない。そう思い、リュックの中に入れっぱなしだった携帯端末を取り出して確認する。


 奏翔君と天野さん、そして月ノ宮さんからメッセージが届いていた。佐竹からも届いていたけれど、どうでもいい内容であることは明らかである。電車のなかで返信してやるか、と後回しにして。


 先ずは天野姉弟の弟、奏翔君のメッセージを開封した。『今日はありがとうございました』から始まり、『これからもよろしくお願いします』で締め括られている。その真ん中にある文章は、『あの場ではああいいましたけど、優志さんだけに負担を強いるのもあれなので、たまには月ノ宮さんにも相談しようと思います』と記されていた。


 これも人脈の確保の一環だったとしたら、奏翔君は将来ビッグになるかもしれない。


 今回〈らぶらどぉる〉で女装した理由の一つに、ローレンスさん、カトリーヌさんとの縁を繋ぐ目的があった。カトリーヌさんとは女装姿で印象付けられたし、ローレンスさんには拙い言葉ではあったけれども自分の意見を伝えた。中学三年生がここまで具体的な目的意識を持って行動していることに、僕は驚きを禁じ得ない。しかも、掲げた目標をクリアしたのだ。ウルトラCを決めたと言っても過言はないだろう。


 天野さんのメッセージは、かなり端的に纏められていた。その中の一文に、『もう男装は懲り懲りだから』と書いてあった。パーティー主催者としてはとても残念な結果だが、たしかに褒められた結果ではない。


 点数を甘く見積もっても四十五点くらいだろう。赤点ギリギリ。いや、周りの点数が高ければ落第点だ。レインさんと流星が支えてくれなければ、〇点だった可能性もある。


 僕には荷が重過ぎたんだ。


 なんて言い訳はできないか。


 月ノ宮さんのメッセージを最後に持ってきたのは、どんなことが書かれているか想像できたからだ。開封するのが怖いけれど、未読無視をしたらもっと怖いことが待ち受けている気がした。断頭台に上がる覚悟でメッセージを開くと、そこには──。





 * * *





「遅かったですね」


 メッセージに指定されていた駅前にあるマックの二階、窓際の一番奥の席で月ノ宮さんは待っていた。ここまでファーストフード店が似合わない女子高生というのも珍しい。


 月ノ宮さんのテーブルには、Sサイズのドリンクカップと携帯端末が置かれている。もしかして僕が返信するまでずっとアプリを開いていたわけじゃないだろうな、と訝りながら月ノ宮さんの元へ。


「どうぞ隣へ」


 言われるがままに着席して、頼まれていたアイスコーヒーを置く。


「あとでお金を支払いますね」


「べつにいいよ、これくらい」


 理由はどうであれ待たせていたわけだし、と付け加えた。


「そうですか。──では、いただきます」


 ストローに口を付けて一口飲み、微妙な表情をする。


 どうやら口に合わなかったようだ。


「独特な味ですね」


「それ、食レポでは〝不味い〟って意味だから」 


「では、庶民的な味?」


「大差ないよ」


 なるほど、と頷く。どこに納得し得るだけのなにかがあったのだろうかほとほと疑問ではあるが、それよりも呼び出された内容が気掛かりだった。


「ここにお呼び立てした意味は、ご理解していますか?」


 それは、不甲斐ない僕を叱りつけるため、と喉まで出かかったのをぐっと呑み下し、「さあ?」と苦し紛れに白を切ってみた。


「本日の〝お茶会〟については、特に言うことはございません」


 よかった、と思いながらも、引っかかる。


「お茶会、ですか……」


 月ノ宮さんの基準であれば、タコパも鍋パもカレパさえも〈お茶会〉止まりなのだろう。もう少し生活水準を庶民レベルにまで落としてほしいところではあるが──。


「内容はどうであれ、私の注文を全てクリアしたこと。これだけは感謝せねばなりません。お礼を直接申し上げたくて待っていたのです」


 月ノ宮さんはこんなにも律儀な性格だったっけ? その日の汚れ、その日のうちに、は、たしか洗剤メーカーの謳い文句だったはず。僕は汚れだったらしい。やばい、月ノ宮さんにジョイでアタックされる! と身構えてみたが、柔軟剤を投下されたみたいな表情をしている月ノ宮さんに毒気を抜かれ、「はあ」と生返事をしてしまった。


「その気の抜けた返事はなんですか」


 そう仰られても。


 意外過ぎる反応をされれば、だれだってこうなる。


「少しでも楽しんで貰えたのならよかったよ」


「少しどころではありません。優志さん。恋莉さんの男装姿をちゃんと見ていたのですか! あの凛々しい姿を目に焼き付けたのかと訊いているのです!」


 ああ、いつも通りの欲望宮さんだ。


「それだけではありませんよ? 更衣室ではあんなところやこんなところまで。エベレストの登頂に成功した登山家は、きっとこういう清々しい気持ちなのでしょうね」


 ──そんなはずはない。


 登山家の耳にでも入ってみろ、某配管工の冒険に登場するなんちゃらブロスのようにピッケルを全力で投げつけるであろう喩え話である。それだけだったらまだマシだ。今度はSNSから自宅を特定されて嫌がらせされたり、自分の名前を使った爆破予告までされたりで周囲にも迷惑がかかるんだぞ。そうなる前に謝罪しておかないと。本当にごめんなさい──どうして僕が謝罪せねばならないのか。



 

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