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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
583/677

三百九十六時限目 異性装パーティー 6/6


 楓ちゃんが「女子とはなにか」を奏ちゃんに伝授している。


「いいですか、奏さん。女性とは常にだれかに見られているという意識が大切なのです。他者を意識することで自分自身を鼓舞し、美しく見せる努力を継続させる。これこそが美を保つ秘訣です」


 と、熱っぽく語る。私はそれを懐かしい光景だなと思いながらも、楓ちゃんの言葉が耳に痛かった。


 私の場合は学ばなければならない事情があった。けれど、奏ちゃんはそうじゃない。私のように深淵まで覗く必要はないのだ。そうはいってもお互いに真面目な気質だから中途半端を許すはずもなく、まるで教祖と信者の構図になってしまっていた。


 楓ちゃんは、社交界にも顔を出さなければならない立場であること、両親と並んだ際に恥ずかしくない体型でなければならないことなど数多の理由があって、現状のスタイルを維持する努力を怠れないのかもしれない。でも、一番の理由は、想い人に好かれたい、なんだと思う。その理由を悟られまいと奏ちゃんにあれこれくどくど説明しているのだとすれば、付き合わされている奏ちゃんがちょっと可哀想に思えてきた。


「ねえ、楓。奏にそんなことを教えても無意味ないんじゃない?」


 セミナー講師に一石を投じたのは、レンちゃんだった。


「どうしてですか?」


 と、楓ちゃんは小首を傾げる。


「奏は趣味でこういう格好をしているわけで、ユウちゃんとは違う。──そうでしょ?」


「女の子になりたいと思ったことは、あるよ」


 手に持っているコップを危うく落としそうになった。危ない危ない。借り物の衣装をよごしたりでもしたら、ローレンスさんになんて言われるか。いや、それはどうでもいい。


「そうなの?」


 奏ちゃんは、「うん」と頷く。


 一度は動揺した私だったけれど、考えてみればなにもおかしなことではない。世の健全な男子諸君であれば、一度は必ず考えることではあるのだ。それを姉に面と向かって言える勇気は賞賛に値するとしても、訊かされた側のレンちゃんはどう思うのだろう。ある日を境に弟が妹になったとして、その事実を受け入れられるかどうか。


「優梨さんはどうだったのでしょう? やはり、そういうものなのですか?」


「そういうものかどうかはわからない。でも、一度くらいは考えると思う。それを実行するかはその人次第かな」


 そうはいってみたが、奏ちゃんの()()()()()()()()()()()を見てしまった後で、「ただの趣味だ」と一蹴することもできそうにない。『混ぜるな危険』の注意書きを読まず、能天気に薬品を混ぜてしまったような気分だ。


「あとは奏さんが女装とどう向き合っていくのか、ですね。──なにかあれば私に相談してくださいね? こういうのは〝利害の一致〟というものですから」


「話のどこに利害の一致があるのよ」


 奏ちゃんからレンちゃんの情報を吸いたい、という欲望が丸見えだった。


「はい。そのときはよろしくお願いしますね。──優梨さん」


「え、わたし?」


「月ノ宮さんに訊くのは危険な匂いがするので」


 リスク管理ができるしっかり者だこと。


「優梨さん! その際にはぜひ情報の共有を!」


「しません」


 クライアントの情報は秘密という設定は、自分だけには適応されないらしい。フリーダム過ぎて逆に尊敬するよ、楓ちゃん。





 * * *





 それからの僕たちは、レインさんの手品を見てはしゃいだり、「今後の参考に」というローレンスさんの希望で写真撮影をしたりと充実した時間を過ごしていた。


 話題が尽きてしまったときはどうしようかと思っていたけれど、そこはレインさんとエリスがカバーしてくれた……というか、二人とも最初から僕一人でどうにかできると思っていなかったようで、接客しながらも気にかけていてくれたようだった。


「軍服ってあんなに暑いのね」


 私服に戻った二人は、とても快適そうにしている。その一方で、奏翔君はちょっぴり寂しげに笑っていた。


 着替えを終えた僕たちはローレンスさんに呼び出されて、バッグヤードに集まっていた。そのなかに、業務時間の拘束から解放されたレインさんとエリスも混じっている。多少の広さが確保されているこの空間でも、午前の部で接客をしていた他のメイドさんや執事たちが一斉に集えば狭いし、なによりも場違い感が尋常じゃない。


「ねえ優志君。私たちはどうしてローレンスさんに呼び出されたのかしら。なにか悪いことした?」


「そういうことで呼び出されているわけじゃないと思うけど」


「おそらくはパーティーの件でしょう。初の試みということでしたし、各々の感想を訊きたいのではないでしょうか?」


「さすがは月ノ宮様! お察しの通りです」


 事務所のドアの隙間から、ひょっこり顔を出すローレンスさん。声量と態度が伴っていないのはツッコまないでおこう。


 事務所に通された僕らは、部屋の中央で横に並ぶ。月ノ宮さんが一番右で、天野さん、奏翔君、僕という順番だ。僕らの後ろで待機しているのはレインさんと流星。二人は制服姿のままだった。


「本日の催し物は楽しんで頂けたでしょうか?」


 事務所の一番奥にあるデスクの後ろに立って、ローレンスさんが僕らに訊ねる。


「急な話ではあったものの、ここまで用意できたのは素晴らしいとしか言えません。ですが、物足りなさがあったのも事実です。それは、優志さんの実力が不足していたからではあるのですが」


 返す言葉も御座いません。


「具体的に、どこを改善するべきかは?」


「今日の〝お茶会〟をイベントとするにはどうすればいいのか、と?」


 ローレンスさんは首肯した。


「衣装は各自で揃えて貰うしかありませんが、着替えをどうするかが課題でしょう。今回の場合は四人で済んだのでこちらの更衣室をお借りすることができましたが、イベントとなるとその数は膨れ上がります。自宅から着替えてここまでこい、というのはさすがに無理がありますね」


 こういう場面での月ノ宮さんは、弁が立つというか、頭角を表すとでもいうか、生き生きしている。自分の意見を相手に伝えるのを臆さない月ノ宮さんと、相手の意見を真摯に訊くローレンスさんだからこそ成り立っているのかもしれない。それでもやはり、月ノ宮家のお嬢様の迫力は伊達ではなかった。


「自分もいいですか?」


 と、挙手をする奏翔君。


「はい。遠慮なくどうぞ」


「自分はとても満足できました。なんといえばいいのかまだ纏まっていないんですけど、知らない自分に出会えたのは、今日のパーティーがあったからだと思うんです。たぶんですけど、普段生活していて自分に違和感を覚えている人は多いんじゃないかなって。変わる、変わらないの話は片隅に置いておくとして、自分のセクシャリティーに疑問を持っている人たちの憂さ晴らし……ではないのですが。ああえっと、その。すみません。やっぱりうまく言葉にできないです」


 そこまで自分の意見を言えるのは大したものですよ、とローレンスさんは賞賛の拍手を送る。が、一番驚いていたのは天野さんだった。辿々しかったものの、挙手をして、自分の考えを相手に伝える。その行動に弟の成長を垣間見たのだろう。いつまでも可愛い弟ではない、と奏翔君自身が証明した瞬間でもあった。


「貴重なご意見の数々、ありがとうございます。帰りの時間を頂くのも申し訳ありませんので。宴も(たけなわ)ではございますが、本日はこれにてお開きということで。どうぞ、お気をつけてお帰りくださいませ。お帰りの際は、バッグヤードの出入口をお使いください。レインさん、エリスさん、お見送りを」


 ほと安堵する表情を見せた面々。レインさんと流星に別れの挨拶をしながら事務所を出ていく。が、「鶴賀様」と僕だけが呼び止められた。


「もう少しだけお時間を」


 きた──。


 みんなに「先に帰っていいよ」と旨を伝え、事務所のドアを閉めた。


「どうして呼び止められたのか、心当たりがないわけでもないでしょう」


 にやりとほくそ笑むローレンスさん。


()()、ですよね」


「そう。──アレです」


 コンコン、と事務所のドアをだれかがノックする。


「失礼します」


 と、両手に物騒な物を携えて入ってきたのはカトリーヌさんだった。


「こちらの二丁でよろしかったでしょうか」


 ちょっと呆れた様子で、〈アレ〉をローレンスさんのデスクの上に置いた。


「ありがとう、カトリーヌ」


「いえ。──では」


 カトリーヌさんがこの場から去るのを見守り、そして──。


「では、存分に語り合おうではありませんか!」


 アサルトライフルを構え、不敵に笑うローレンスさん。


 まったく、このひとは本当に掴みどころがない。ああもうしょうがないなあ! 僕は残ったアサルトライフルを満を持して手に取り、その感触をたしかめた。重さ、肌触り、マガジンの曲線美。正直、堪りません。


「いつの日か、一戦交えましょうか」


「ヘッショ無しルールでならば、或いは」


(つわ)(もの)とお見受けしても?」


「さあ、どうでしょうね」


 ついさっきまで「このパーティーについて」を質問していた男とは思えない語り草である。そして、割と僕ものりのりである。なんとも色気のない終幕ではあるが、本日のパーティーはこうして幕を閉じたのであった。



 

【修正報告】

・報告無し。

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