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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百九十六時限目 異性装パーティー 5/6


 みんなが奏翔君の新しい名前を考えている最中、私は、パーティーってもっとわいわいがやがやするものでは、と考えていた。それは、四人席に座り沈黙している私たちよりもソロプレイでメイドさんとミニゲームで遊んでいる客のほうが楽しそうだからである。別の席に目を移してみても、お気に入りメイドに構ってもらっている客は幸せそうな顔だ。


 この卓だけお通夜状態なのは、私に責任があるのかもしれない。奏翔君の提案が悪いわけじゃないし、楓ちゃんの仕切りたがりが静寂を生んでいるとも言い難い。〈らぶらどぉる〉で働くメイド、執事たちは、客をもてなす流儀を心得ているように見えた。それができない私だからこそ、盛り上がりに欠けるのだ。


「なにか思いついた方はいらっしゃいますか?」


 痺れを切らした楓ちゃんが言う。


 天野姉弟の手は挙がらない。当然だ。奏翔君も、レンちゃんだって、改まって名前を考えろと言われても、発言するのは厳しいだろう。ノリがいい佐竹姉弟であれば話は別だけど、私の左右に分かれて座るこの姉弟は、場の勢いではっちゃけるようなタイプではない。つまり、楓ちゃんは私に意見を求めているんだ。『取っ掛かりを作ってほしい』と、そういう意味を込めて。


 喩えばこれが、犬猫などの小動物に名前をつけろ、という話であれば、ありきたりな名前を適当に挙列して、手頃だと思う名前にすればいい。ポチやタマ、ノラやミケとか。ラッキーは早死にすると訊いた。それじゃあラッキーじゃなくてアンラッキーだね! とか気が利くようで全く利いていないブラックジョークはさて置くとして。


 名前を付ける相手は人間である。


 奏翔君をペットみたいに呼ぶのは失礼極まりないだろう。


「あだ名のようなもの、と考えてみてください」


 私の思考を見透かすように楓ちゃんが言った。あだ名を付けるという行為に馴染みがなさ過ぎていまひとつぴんとこない。こういうのはその道のプロに任せたい案件だ。リアルが充実している佐竹君であれば、一番に手を挙げて答えそうなのに、どうしてこう肝心なときに限って佐竹君はいつも不在なのだろうか。──ああそういえば。


 初めて優梨の格好をして天野さんに会った日、私は前置きもなく、「レンちゃん」と呼んだじゃないか。それは私だからこそできた芸当であり、優志では成し得なかった所業だ。思い出せ。レンちゃんと呼ぶ決心をした、あの感覚を。


 かなと、とひらがなに分解してみる。


 女の子と仮定するならば『カナちゃん』になる。『カナちゃん』は、あまりしっくりこないなあ。『かなと』の『と』を別の文字に変換してみればどうだろう。私の名前だって『ゆうし』の『し』を『り』に変換しただけだ。


 かなこちゃん、と口の中で呼んでみる。


 響きは悪くはない。でも、このご時世で子どもの名前に『子』を付けるのは古臭い、とネットに書いてあったような気がする。私はいいと思うけど、奏翔君が納得するとは限らない。──では、最後の手段。


 奏翔、という二つの漢字をぶった切りにしてみる。


 一つは〈奏〉。もう一つは〈翔〉。〈翔ぶ〉という漢字は男の子によく使われるので取り除き、残ったほうに焦点を置く。『(かなで)ちゃん』。発音すると綺麗な響きだ。


「かなで、はどうかな? 演奏の奏で、かなでって読むの」


 挙手して発言する、を無視した私に対し、楓ちゃんは渋い顔をした。


「悔しいですが、悪くないと思います」


 奏翔さんはどうでしょうか? と視線を向ける。 


「かなで、いいですね」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。奏ちゃんは新たに与えられた名前を噛みしめるように、「かなで」と嬉しそうに何度も呟いていた。これから奏として自分を表現していくわけだけど、その心境は如何ほどだろうか。


 私はちょっぴり気がかりに思うことがある。奏翔君が女装を重ねていくにつれて、自分を見失ってしまうんじゃないか、と。そして、レンちゃんはどう奏翔君と向き合っていくのか。あくまでも『女装は趣味』とするならば杞憂に終わるけれど、いまの姿に戸惑うのではなく嬉々としているのを見ると、私のしたことが正しいとは言い切れなかった。


「どうかしましたか?」


 奏ちゃんが私の機嫌を窺うように訊ねた。怖い顔をしていたつもりはなかったが、急に黙った私を不審に思ったのかもしれない。このままでは空気が凍りついてしまう。「ううん、どうもしないよ」と笑顔で答えて、


「楓ちゃんはどんな名前を考えてたの?」


「〝あいり〟と提案しようかと考えていました。ラブという意味の〝愛〟に、恋莉さんの〝莉〟を付けて〝愛莉〟です」


 そういう付け方もあるのか、と深く感心してしまった。


「そっちのほうがいいんじゃない?」


 楓ちゃんは頭を振った。


「愛莉だと、恋莉さんのほうが妹みたいな気がして」


 愛と恋を比べて、楓ちゃんは『愛のほうが重くて強い』と捉えているようだ。そして、強さは序列となる。『兄より優れた弟など存在しねえ!』と断言した世紀末漫画のキャラクターの台詞を引用すれば、愛は恋よりも上の立場でなければならない。


 とどのつまり、恋の文字が入っているレンちゃんが姉である以上、愛莉という名前を付けるわけにはいかないと考えたのかも。理屈っぽいけど、楓ちゃんらしい。


「恋莉さんはどうですか?」


「え、私? 私は、べつになんでも……」


 自分の弟に新たな名前を与えるのはなんとなく気恥ずかしいのに、それを発表しろというのは酷というものだが、楓ちゃんを後押しするように奏ちゃんも、「ボクも姉さんが考えていた名前を知りたい」と言い出した。


「あだ名を付けるのは苦手なのよ。泉だったらぽんと浮かぶんだろうけど」


 泉ちゃんにあだ名を決めさせたら、それこそ奏ちゃんが言っていた『奇を衒った名前』になるだろう。相変わらずレンちゃんに対して元気よく、「ワトソンくん!」と呼んでいるし。


「奏と決まったなら、それでいいでしょ!」


 ついには怒ってそっぽを向いてしまった。すかさずフォローに入った奏ちゃんを余所にして、「いつか二人の間にできた子どもの名前を決めるのに参考になるかと思ったのですが」と、だれにも訊かれぬよう密かに呟いていたのを、私は見逃さなかった。



 

【修正報告】

・報告無し。

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