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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
577/677

三百九十五時限目 鶴賀優志は根回しをする 3/3


「奏翔君も一応は経験者だし、誘わないわけにもいかないでしょ?」


 所謂、『お姉ちゃんがいくならぼくもいく!』作戦である。


 天野さんが異性装パーティーに参加すると知れば、奏翔君も黙ってはいない──という設定──。奏翔君とは打ち合わせしてあるので、正しくは『弟をひとりでいかせるわけにはいかない!』作戦になるが、この際、作戦名なんてどっちでもいいだろう。


『それって、やっていることは誘拐犯と同じじゃない?』


 呆れ返った声。


「そんなつもりは毛頭ないよ? もしも天野さんが参加しないというのであれば、奏翔君は僕が責任を持って家に送り返すと約束する」


 奏翔君を人質と捉えるのであれば天野さんの言う通り、やっていることは誘拐犯のそれでしかない。「身代金を寄越せ、さもなくば人質を殺すぞ」である。


『わかったわよ。私もいけばいいんでしょ』


「ありがと。助かるよ」


『でも、私と奏翔は一銭も出さないから。──それでいいわね?』


 な、なるほど……一矢報いられてしまった。


 これは痛い。主に財布が痛い。最悪の場合は皿洗いでもなんでもしてローレンスさんに許しを乞おう。一日くらいただ働きする覚悟がなければ実行できない作戦なのだ、と再確認した。


 ──詰めが甘いですよ。


 月ノ宮さんの言葉が胸に突き刺さる。もっと楽に状況を動かす方法が他にもあったんじゃないか、と思えてならない。然し、僕にできる最善はこの方法だけだった。


 父さんと母さんに説明して、お金を借りておかなければ……。





 * * *





 楓:(いき)(さつ)はどうであれ

 楓:ここまでの舞台を用意したのはさすがです

 優志:そりゃどうも


 帰宅後、シャワーを浴びた後に居間のソファでぐったりと横になりながら冷凍庫に入っていた棒アイスを片手に持った状態で、月ノ宮さんに連絡した。『連絡はメッセージアプリを通して』と言われていたし、電話越しに(かしこま)る必要もない。


 楓:もう一度確認致しますが

 楓:開催日は今週の土曜日でお間違えないですか?


「だから、そうだって言ってるでしょうに」


 僕の不満が向こう側に届くはずがないのだが──。


 楓:念のためです


 独り言に返信がきた。どこかに盗聴器でも仕込んでいるんじゃないかと思い、携帯端末に付けているカバーを外してみたりしたけれども、細工をした形跡は見られなかった。


 楓:もしかして

 楓:盗聴器などを仕込んでいるなどと

 楓:疑っていますか?


「エスパーなのか……?」


 楓:ハッキングです


「エスパーより(たち)が悪い!?」


 楓:冗談です

 優志:冗談に思えないのでやめてもらっていいですか

 楓:案外、人間の心理というものは

 楓:単純明快なものですよ


 メンタリスト〈KAEDE〉が誕生した瞬間である!


 ……誕生して堪るものか。


 楓:しかしそうなると

 楓:私も男装する必要がありませんか?

 優志:あ


 そうだったー。男女逆転パーティーと銘打ったからには月ノ宮さんにも男装してもらう必要があるんだったー。そこまで考えが至らなかった自分が憎いなー。渾身のミスだー。抜かったー。


 楓:(はか)りましたね?

 優志:それもまた一興かなー……

 優志:なんて


 僕としても、月ノ宮さんに一矢報いてやりたいと思っていた。


 考えれば考えるだけ損な役回りを押し付けられていた。


 これくらい、悪戯の(はん)(ちゅう)だろう。


 楓:いいでしょう

 楓:その条件で呑みます

 楓:当日を楽しみにしていますね


 これ以上の無礼は(つつし)んだほうがよさそうだ。僕は『はい』とだけ返信して、アプリを閉じた。『当日を楽しみにしていますね』、か。含むところがありそうなご挨拶に体がぶるりと震える。冷房を効かせ過ぎた部屋でアイスなんか食べていたから、かもしれないが。


「よっこいしょういちっと」


 寝そべっていたソファから立ち上がり、食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に捨てた。





 * * *





 それからの数日は怒涛の日々だった。


 翌日、昨日のあれはなんだったのかと天野さんに詰め寄られたり、奏翔君から化粧品の相談を受けたり、満遍の笑みで接してくる月ノ宮さんを躱してみればファンクラブの面々に睨まれたり、ローレンスさんと打ち合わせをするために〈らぶらどぉる〉に寄って打ち合わせしたりと、一人でてんやわんやしていた。


 すっかり鳴りを潜めていた佐竹は、「俺も構えよガチで!」と暑苦しくジャレてくる始末で、パーティー当日の朝ににはぽっくり逝っているんじゃないか? と思うほど目が回りそうな忙しい日々だった。


 だが然し、僕の目は開いた。


 開いてしまった、というほうが正しいかもしれない。


 このまま永遠に惰眠を貪り続けていられれば地獄を見ずに済んだかもしれないのに、と窓の外に広がる青天井を見上げながら思う。蝉も小鳥も鳴かない静かな朝。予想最高気温は二十九度に達するらしい。もう九月だぞ、バグってるんじゃないか? 秋はどこどこいってしまったのだろう……なにはともあれ、男女逆転パーティー当日の朝を迎えたわけである。



 

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・報告無し。

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