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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
574/677

三百九十四時限目 点と点を繋ぐ糸


 ここに自分の居場所はないのではないか。それは、授業中の合間に窓の外を眺めたときや、読書に疲れて一息入れたときなどのふとした瞬間に起きる自然現象みたいなものだ。「よう元気?」って肩を叩く感覚で脳裏に浮かび上がってくるもので、この思考こそが正しい、と思い込んでしまいそうになる。──そうじゃないと理解しているのに。


『居場所は与えられるものではない。自分で作るものだ』とご立派な意見をご享受して下さる第三者の方々には、そりゃあもう感謝してもしきれないくらいだ。だが、正論を言う自分が正しいなんて思うなかれ。そんなものは指摘されずとも重々承知なのだ。


 お肉が食べたくて蕎麦屋に入る人はいないし、英語の授業でわからなかったところを訊きに社会科の教師を訪ねる学生だっていない。〈一+一〉の問題に対して「三」と本気で答えるようなヤツが、「ここは自分の居場所じゃない」と達観しているのならば、ド正論を全力投球してやるのも一つの優しさかもしれない。然し、社会通念上著しく逸脱していない、普遍的とも言うべき常識──モラル──を持つ人間であれば、「たまには弱音を吐きたくなるよね」くらいに留めておくべきだろう。


 結局なにがいいたいのか自分でもよくわからないのだが、ただ一つだけたしかなことを言うのであれば、これ見よがしに学校でイチャつくんじゃない、だ。


 食堂から少し過ぎた辺りにあるちょっとした広場は、恋人たちの聖地と化していた。煉瓦で組んだ円形花壇に座り、彼女が作ってくれたであろうお弁当を幸せそうな顔して食べる男や、木の陰に隠れて抱き合う者もいたりと、当校の風紀は完全に崩壊してしまっている。


 それもこれも夏休みのせいだ。


「いつまでも夏休み気分ではいけません」


 と、こうしょー先生も言っていたし、キミたちの担任だって言っていたはずだ。それにも拘らずこの状況とは……生徒会はいったいなにをしているのか、とレジ前で定員に怒り狂う迷惑客の魂をオーバーソウルして殴り込みにいってやりたい気分だ。でもしない。その代わりといってはなんだが、心のなかで有象無象のカップルたちに、ささやかなエールを送ってあげようと思う。それではご唱和ください……せえの! ハ・キョ・ク♪ ハ・キョ・クゥ♪


 カップルゾーンを抜けて校庭の隅にあるベンチに移動した。この時間だと角度的に直射日光だが、仕方がない。ほら、正論ぶっ()マンも言っていたじゃあないか。「居場所は(割愛)」だって。


 夏休みに入る前は綺麗だったグラウンドには雑草が茂っている。もともとこのグランドは有名校のように上質ではないため、長い間放置すると青々とした葉が地面から「こんにちは」するのである。おそらく、本日の野球部、サッカー部、それに類するグラウンドを使用する部活の活動内容は草むしりと石拾いになるだろう。もはや恒例行事とも言われているらしい。知らないけど。


 途中にあった自販機で購入したアイスコーヒーを開けて、ちびりと飲む。缶コーヒー独特の雑味が口のなかに広がる。ラベルに書いてある『雑味のない究極のコク』とはいったいなんのことだろう? と思いながら、もう一口。やっぱり、これぞ缶コーヒー! って味しかしない。そもそもアイスコーヒーにコクもなにもないのでは……? キリッとしていて、それでいて爽やかな苦味が喉を潤すのがアイスコーヒーの特徴ではないだろうか。私見だけど。


 この味は、あの日のことを思い出すような苦味だった。


 月ノ宮さんから出された課題、『天野さんの男装姿を生で見たい』をどうやって実現するか思案熟考し続けているけれど、どうも考えが定まらない。喉元まで出かかっているのに上手く吐き出せないもどかしさを、あの日の夜からずっと噛み締めている。


 最終目標は、月ノ宮さんに天野さんの男装姿を見せること、だ。目標が決まれば、あとはゴール地点に向かって考えればいいだけなのに、そこまでに至るプロセスを構築できないのだ。穴あき問題の答えがわからずに回答用紙と睨めっこしている感覚に近い……うん?


「穴あき問題、か」


 両膝に肘をつき、右手を顎の位置に置いた〈考える人〉のポーズで、いまさっき出てきたフレーズを反芻する。


 作者の意図を答えよ系の穴あき問題には、必ず答えが含まれている。それでも答えがわからないということは、問題である文章の核となる部分を捉えていないからだ。そこを理解しなければ、延々と悩み続けるだけである。──核ってなんだ。


 この問題は、『月ノ宮さん』、『男装をした天野さん』、『生で見る』という三つで構成されている。つまり、それらを紐付けできれば解決の緒に成り得るわけだ。そして、点と点を結ぶ糸は、月ノ宮さんから相談されてからの日々にある、と僕は考えた。


 プラネタリムまでの日々に、なにかあったはずだ。


 ──アップオアダウン?


 レインさんの中音域声が脳内で再生される。


 ──自宅では家族の目があるので。


 と恥ずかしげに文章を飛ばしてきた、奏翔君。


「そうか」


 僕はいままで、自分を含めた『三人』だけで、どうにかしようとしていたが、よく考えてみると、月ノ宮さんから人数指定は受けていないじゃないか。奏翔君は、『姉さんには内緒で』と言っていたけれど、登場人物全員を巻き込んでしまえば内緒もなにもないだろう。


「あとは根回しだけだが」


 携帯端末を取り出して、パスワードを入力。出てきたホーム画面の青い鳥アイコンをタップ。検索ワードに『らぶらどぉる』と記入して検索を押す。そこに出てきたのは、店舗の看板キャラクターをアイコンにした、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉のアカウントだった。


 つぶやきに記載されているURLを踏むと、出勤メンバーの名前が書かれたカレンダーに飛べる。


 可能ならば流星も出勤している日がいい……そうなるとこの日だ、と目星を付けた。



 

【修正報告】

・報告無し。

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