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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百九十二時限目 寄る辺ない星は月に沈む 2/4


 記憶を遡ってみると、海デート、ケーキ屋、サンデームーンと次々に蘇る。露天風呂事件に関しては、一番覚えていてはいけない記憶だ、なんて思いながらもぬけぬけと覚えているのだから始末が悪い。


 それだけ強烈な事件だったのだ。まさかあんなに大胆な行動に出るとは、予想外過ぎる。事前に防げたのであれば、私だってそうした。でも、『数秒後に道端で転ぶ』なんて、だれもわからないわけで……予期せぬ事故とはそういうものだし、そういうものであってくれ、とも思った。


 そうはいっても、楓ちゃんからすれば面白くない話だろう。釈明の余地がないことなんてわかりきっていて、返す言葉も見当たらなかった。


「ちょっかいを出しているのは知っています。この前いった喫茶店だって、恋莉さんといったのでしょう?」


 どうしてそれを──。


「どうしてそれを知っているんだ、と言いたげな顔ですね。私が恋莉さんの動向を知らないとでもお思いですか」


 それはそれで、知っているのはおかしいのだけれど。


 犯罪の臭いがする。


「それだけではありません」


 楓ちゃんは渋面を作りながら、


「日光旅行の温泉宿で、混浴めいたことをしましたよね?」


「いや、それはその……」


「最近だと……自宅に泊めたりも?」


 私のプライベートが見透かされているようで気が気じゃないが、もっとも気の毒に思うのはレンちゃんだ。この様子だと、起床時間から就寝時間、トイレにいった回数まで把握していそう。


「白状したほうが身のためですよ?」


 そのようです……。


「私の目を誤魔化すなんて、百万年早いのです!」


 びしっと人差し指を私に向けられた私は、いろんな意味で愕然としていた。とある時代劇の名シーンにある、これを見やがれえ! と肩に舞い散る桜吹雪の刺青を見せられた気分である。江戸の探偵は銭を投げるんだったっけ? ──どっちでもいいか。


 すっかり探偵気分の楓ちゃんは、犯人を追い詰めたと言わんばかりに目と鼻の先まで詰め寄ってきたが、「ちょっと近過ぎじゃない?」といった私の苦笑い混じりの声に我を取り戻し、数歩だけ距離を取った。


()()にきょりなんてどうでもいいでしょう!?」


 噛むなんて珍しい、と私は耳まで赤らめている楓ちゃんを見て思う。ついさっきまで演技振った態度をしていたのに、いまはその面も剥がれてしまい、年相応な少女の顔をしていた。


 楓ちゃんはなんというか、役に没入し過ぎる傾向がある。場を仕切るのが上手だからこそなのかもしれない。場面場面で切り替えができるのは凄いことだけれど、ふとした瞬間に虚を衝かれると案外脆いものだ。


 だれだって、そう、なのだけれど……。


 楓ちゃんの場合は普段が凛としているので、驚いたり、狼狽したりする姿がより鮮明になる。〈ギャップ〉と言い換えたほうがわかりいいだろうか? 


 こほん、と小さな咳払いが訊こえた。


「で、どうなのですか?」


 逃さない、と目が語っている。楓ちゃんの立場からすれば、大手飛車状態なのだ。いいや、詰将棋をやっている気分かもしれない。あと一歩だけ駒を進めれば王を討ち取れるというところまできているのだ。私が白旗を揚げるまで、攻撃の手を緩めるはずがない。


 おそらくこの状況下で私が得意とする、〈話題のすり替え〉を行なっても無意味だ。その隙は一瞬だけ見えたけれど、月ノ宮家の血筋だからというか、防御力は伊達じゃない。巧みに防御を擦り抜けても、その向こうには更なる鎧が待ち構えている。言い訳は……訊く耳は持たんという意思を感じてなならい。


 両手を挙げて、降参の意を示した。 


「不可抗力、だったというしか……」


 納得はしないだろう。でも、不可抗力という他に説明ができない。どんなに言葉を重ねても起きてしまったことは事実で、どうにか取り繕っても無駄な足掻きでしかない。それに、裏も取っているようだ……し?


 ──え?


 ──え?


 空気が凍ったのを感じた。


 どういうこと? と私は首を傾げる。


 どういうことですか? と楓ちゃんも首を傾げている。


 お互いになにが起きているのか理解できず、ただひたすらに「え」の応酬が続いた。


「まさか……本当、なのですか?」


 どうにも話が噛み合っていない。


「知ってたんじゃ、ないの?」


 いいえ、と頭を振る。


「もしかして……はったり?」


 今度は、はい、と力強く首肯した。


「可能性の話をしただけで……混浴の下りは空想でしかありませんでした」


 やられた。


 然し、よくよく考えればおかしい話である。


 レンちゃんのことを溺愛している楓ちゃんがそのことを知っていたとして、文句を言ってこなかったのはどう考えても不自然だ。『証拠が不十分だから』と胸中に留めていたのかもしれない。でも、それを私が肯定したことによって真実になってしまった。


 殺される、と本気で思った。命を取る、という意味ではなく、社会的に抹殺される、と。学校が始まり、意気揚々と教室に入ったら私の机がなくなっていて、だれかが「お前の席ねえから!」と嘲笑するとこまで脳裏で再現してしまった。


「他に余罪はありますか」


 余罪って。


 ますます裁判じみてきているが、私の弁護をしてくれる人物はどこにもいなかった。





 * * *





 レンちゃんとしてきた数々を赤裸々に打ち明けた。


 私の発言を訊き漏らすまいと耳を傾け続けた楓ちゃんだが、本当は耳を塞ぎたかったに違いない。拳を強く握り締めてじと耐えているその姿がとても痛ましくて、だけど、目を離すことはしなかった。私の懺悔のせいで、心を引き裂くような痛みを受け続けているのだ。目を背けるわけにはいかない。


 偶に、『そんなに嫌なら見なきゃいい』と言う人がいる。言っていることは正論だが、そもそも他人が嫌がる行為をしているほうがおかしいはずで──動物虐待をしている人を見かけて、「気持ち悪いと思うなら見るな」と言われても、相手が行ってる行為は明らかな犯罪である。


 私は、楓ちゃんのなかで行われている法廷によって裁かれているのだ。「訊かなきゃいいじゃん」なんて道理が通るはずがないし、状況にもよるが、誠意を見せろと訴える相手に不誠実で返すのは自身に課している法に反する。


 楓ちゃんの口が開くまで、どれくらい待っただろうか──。



 

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