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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
568/677

三百九十一時限目 どの道リスクは避けられぬ


 奏翔:姉さんを呼び戻して欲しいって

 奏翔:どういうことですか?

 優志:説明したいのは山々だけど

 優志:その時間がないんだ

 優志:頼めないかな?

 奏翔:そう言われても

 奏翔:そこに姉さんはいるんですよね?

 奏翔:直接伝えればいいのではないでしょうか?


 それができればどんなに楽だろか。奏翔君と連絡を密にできるのは、二人が珍しい雑貨に目を奪われているこのタイミングしかない。このチャンスを逃せば月ノ宮さんの計画を実行されて、最悪の結末を迎えることになる。だから、藁にも縋る思いで奏翔君に連絡した……のだが。


 無茶なお願いをしている、とは自覚していた。説明もなしに、「お姉さんを自宅に呼び戻してくれ」と言われても混乱するばかりだろう。


 本来ならば、前もって根回しをしておかなければならない事案だ。奏翔君だって予定はあるだろうし、仮に予定がなく、私に協力をしてくれるといっても無傷で終わる話ではない。帰宅したレンちゃんから雷が落とされるのは火を見るより明らかな話で……であれば、協力を惜しむのも当然と言える。


 事情を知らなければ、「直接伝える」という手段を提案した奏翔君が正しい。小賢しいことをせず、レンちゃんにわけを話して帰宅してもらえばいい……それだけの話だ。


 だけど、自体はそんなに甘くはない。


 いまでこそ楓ちゃんは、「こんな物がどうして生活の役に立つのでしょうか」と珍品に興味を惹かれているけれど、その実、目の端でレンちゃんの行動をしっかりマークしている。私のマークが外れているのは、レンちゃんさえ抑えていれば手出しできない、と踏んでいるからだ。以前までの私であれば、これで詰んでいただろう。──でもいまは違う。


 ふうと息を整えて、脳に酸素を供給する。


 巡れ、酸素。


 馬車馬のように脳を働かせろ。


 ブラック企業も顔面蒼白になるくらい──。


 再び携帯端末の画面に目を向ける。奏翔君は『どうかしましたか?』と打ったままの状態で、私の言葉を待っている。


 騒然とするビル内の物陰に隠れながら、


 優志:このままだといけないんだ

 優志:なにがとは言えないんだけど

 優志:いまは奏翔君だけが頼りなんだ


 と、送信。


 数秒の間があり、


 奏翔:わかりました

 奏翔:優志さんたちの事情は多少理解しているつもりです

 奏翔:でも成功するとは限りませんよ?


 ふむ、と思った。


 奏翔君は私のことを、〈鶴賀先輩〉と呼んでいたはず。レンちゃんと二人きりのときは〈優志さん〉呼びで通していたのかな? それならそれで別に不満はないけれど……先輩と呼ばれない寂しさはちょっと残る。


 奏翔:それで

 奏翔:具体的にはどうすればいいんですか

 奏翔:さっきからあやふやな指示が多いので


 その通りだと思い、私は自分の発言を見返してみた。これではまるで、自分の仕事を押し付けて我先に帰る上司みたいだ。そういうタイプの上司に限って翌日の朝に、「昨日は遅くまで残ってたんだろ? あまり無茶するなよ」とか言い出す。気遣ってくれるのは大変有難いし涙も唆るけれど、だれのせいで帰りが遅くなったのか自分の胸に訊ねてほしいところ。──私に社会経験はないけどね!


 奏翔:優志さん?

 優志:ああごめん

 優志:ちょっと感傷に浸ってた

 奏翔:感傷?

 奏翔:よくわからないですけど

 奏翔:それよりも

 奏翔:具体的な指示をください


 そうだな──。


 プラネタリウムの開場は、十六時十五分。


 終わるのは、それから約一時間後だ。


 優志:十七時半から四十五分の間に

 優志:お姉さんに電話してくれるかな

 奏翔:五時半から五時四十五分の間

 奏翔:この時間で間違いはないですか


 奏翔君の理解力とキーボードを打つ早さには、感心してしまうばかりだ。


 優志:そうだね

 優志:よろしく頼むよ


 と、携帯端末を閉じようとしたのだが──。


 奏翔:あ

 奏翔:ちょっと待ってください


 漆黒の画面に奏翔君からのメッセージがポップアップされた。


 優志:どうかした?

 奏翔:いくら優志さんの頼みとはいえ

 奏翔:ぼくも相当なリスクを背負うんです

 奏翔:ただで、とはいきませんよ


 言うようになったではないか、小僧──なんて思いながら。


 まったく、だれに似たんだか。


 優志:わかった

 優志:この埋め合わせはいずれ

 奏翔:らぶらどぉる


「え?」


 つい声に出してしまった。


 慌てて口を塞ぐ。


 奏翔:その

 奏翔:家にいると女装することができなくて

 奏翔:家族の目があるので

 優志:それでらぶらどぉるにいきたいと?

 奏翔:あの店なら気兼ねなくできますし

 奏翔:だめですか?


 私は一向に構わないけれど……純粋だった少年を穢してしまったような罪悪感が、私の心に鈍痛となって走る。


 然し、迷っている暇はなかった。


 優志:わかった

 奏翔:姉さんには内緒で!


 そう、ですか……後々知られたら怒られそうではあるけれど、背に腹だ。


 優志:天野さんには秘密にしておく

 奏翔:ありがとうございます!


 まあ、レインさんとの約束もあるし。──そうか。


 せっかくだし、薔薇園に招待してみよう。ある意味で危険かもしれないけれど、別世界の扉を開くかは奏翔君次第だ。それに、せっかく女装するのだから、女の子気分を味わうのは至極当然……やっぱりやめておこうかな。



 

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