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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
567/677

三百九〇時限目 プラネタリウム 7/7


 開場のアナウンスで誘導された客たちと、足並みを揃えて入場する。半円を描いたホールには、芝コート、ゆったりソファ、一般席の三つが用意されている。私たちは〈一般席〉なので、チケットに書かれた席に私、レンちゃん、楓ちゃんの順番で着席した。


 夜を思わせる空間の中央に、丸くて大きな機械がある。これが映写機となり、ホールの天井に星を映し出すのだ。私たちが見る演目は、ヒーリング効果のある音楽と合わせて四季の星座を観察するイベントで、眠ってしまう客も多いとか。


 一時間一六〇〇円で安眠を買うとは贅沢な話だけれど、私も起きている自信がない。今日までずっと緊張状態だったし、疲れも溜まっている。そこにヒーリング効果のある音楽を流されでもしたらひとたまりもないのではないか、と。眠気覚しにと買ったミント味のタブレット菓子がバッグのなかに入っているとはいえ、視聴最中に隣でシャカシャカされたら雰囲気ぶち壊しだ。せっかく購入したのに食べる機会をことごとく失ってしまった。


「楽しみですね」


 と、楓ちゃん。


「そうね」 


 レンちゃんが答える。


 私は口を閉じたまま、ぼうと天井を眺めていた。


 ほとんどの座席が埋まると、会場が暗転。優しそうな女性の声が開演を告げると、遠くのほうから、ほわあん、とα波を刺激する音の波が聴こえてきた。暫く真っ暗の状態が続くと、天井が夕焼け色に染まり、一つの星が輝く。先程の優しい声がその星を、『金星』と教えてくれた。それから、一等星、二等星……と、簡単な座学が入り、満を持して春の星座へ。


 夕焼け空から更に奥へとステージを上げた。暗黒の空に、うしかい座、うみへび座、おおぐま座の姿が映し出される。そして、それらの説明が終わると、春の星座が夜空に輝く。


 春──それは、私にとって転機となった季節。私のなかにある常識が覆った季節でもあった。〈女装〉という北斗七星を得た私は、そこから春の大曲線を通り、大三角の一部となった。


 人工的に作られた夜空に、夏の星座が浮かぶ。とあるアニメのエンディングテーマに起用されて以来すっかり有名になった、はくちょう座α星〈デネブ〉、わし座α星〈アルタイル〉、こと座α星〈ベガ〉の説明を訊く。それらを線で結ぶと夏の大三角になる。ベガとアルタイルは、七夕でいう〈織姫〉と〈彦星〉だ。そして、織姫と彦星を分断する帯状の雲、それが〈天の河〉である。


 夏といえば、忘れることができない事件があった。レンちゃんと二人でいった海浜公園での海デート。そこで、レンちゃんは離岸流に襲われて沖まで流されてしまった。慌てて海に飛び込んだ私は、事前に得ていた離岸流の対処法によってなんとかレンちゃんを岸まで運ぶことができたけれど、その一件以来、私とレンちゃんの間には、暗雲が立ち込めていた。


 季節は秋に変わり、アンドロメダ、ケフェウス、ペルセウスと、順々に紹介されていく。ペルセウスは、古代ギリシャ時代に大神ゼウスにより創られた人間の世界で活躍した英雄・ペルセウスの英雄譚が有名だ。ペルセウスが如何にしてメドューサを退治したのかが、優しい口調で端的に語られる。


 秋、それはもう一つの転機になった季節。名前の通り流星の如く私の前に現れた私と似て非なる境遇の〈雨地流星〉によって、自分の性を自認することになる。流星の一言で、私がどれだけ救われたか。流星の答えが全てとは思わないけれど、進むべき指針を示してもらった気がした──それにしても、お好み焼き喫茶なんて奇想天外な出し物を売り上げ一位にした楓ちゃんには恐れ入った。


 季節が冬に移り変わると、どこからか寝息が訊こえてきた。ちらりと横を見てみると、二人は真剣な眼差しで天井を見上げている。じゃあだれの寝息かな? と反対側を見てみると、トカゲ目的でやってきた親子連れの次男坊が、すやすや眠りについていた。きっと夢のなかでトカゲの背に乗っているのかな? なんて思いながら──。


 夏に起きた事件に決着がついたのが、冬だった。そうだ、奏翔君と知り合ったのも、この季節だった気がする。あの日、レンちゃんの悩みを訊いた私は、『どちらが恋莉さんの悩みを解決するか』と、楓ちゃんに一方的な勝負を持ちかけられた。でも、その勝負は楓ちゃんの手の平の上で転がされていたようだったし、結果的に私が解決した形になったけれど、裏で行動していた楓ちゃんの勝利だ、といまも思ってる。


 それから──。





 * * *





 会場全体に薄明かりが広がる。静かだった空間に人の囁き声が混じり始めた。父親が「終わったぞ」と、寝ている息子の肩を叩いて起こす。「おれは寝なかったもんね」って、長男は胸を張って威張った。〈おれ〉の発音が独特だな、と思った。


 なんだか懐かしいような光景に、星座ショーが終わったんだ、と実感が湧いてきた。私は──最後辺りの記憶に自信がない。


「んんっ」


 その場で背伸びをしたレンちゃんに倣って、楓ちゃんもぐいっと背を伸ばした。


 出口に向かう途中、


「こういうのを見たあとって、なんとも言えない感じになるわね」


 先頭を歩く楓ちゃんに、レンちゃんが言う。


「一本の映画を見終えた後に訪れる、満足感と虚脱感と疲労感を足して二で割ったような感覚ですね」


 それは言い得て妙だ、と私は思った。


「ユウちゃんは最後ら辺、寝てたね」


「春を過ぎた辺りから頭がぼうっとしてたんだけど、限界だったみたい」


 プラネタリウム側が全力で眠らせにきているのだから、耐えるほうがおかしい。そう思う反面、一六〇〇円支払って最後まで見れなかったことを悔やむ。五〇〇円分損した気分だ。やっぱりミントタブレットを口のなかいっぱいにしておけばよかった。──それはそれで集中できないかもだけど。


「これからどうしよっか」


 一回直通エレベータに乗り、六階を過ぎたところでレンちゃんが私たちに訊ねた。私と楓ちゃんは顔を見合わせる。うん、と頷く楓ちゃん。


 それが今回の目的だもんね。


 だから私が先手を打つことにしたんだ──。


 エレベータが一階に到着した瞬間だった。


「奏翔からだ。ごめん、ちょっと席を外すわね」


 と、駆け足でその場を離れていく。


 数分後、レンちゃんは申し訳なさそうな顔で戻ってきた。


「奏翔君、どうかしたの?」


「うーん。よくわからないんだけど、早く帰ってきてって、奏翔が。急を要するんだって訊かなくて」


「そうなのですか……では、仕方がありませんね」


「ごめんなさい。──今日は誘ってくれてありがと!」


 言うや否や、競歩でその場を去っていくレンちゃん。


 その後ろ姿が人混みのなかに消えると、


「──やってくれましたね、()()()()


 いままで訊いたことがない、恨みがかった声だった。



 

【修正報告】

・報告無し。

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