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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
565/677

三百九〇時限目 プラネタリウム 5/7


 楓ちゃんとレンちゃんの後ろを付いて歩く。


 池袋駅の大型モニターから垂れ流されているコマーシャルは、人気芸人がビールを飲んで「旨い! 喉越しがいい!」というだけの薄っぺらい内容だった。たったそれだけでうん十万円のギャラが手に入るのか、と思ったけれども、ここまで辿り着くには様々な努力と挫折が伴ってきたのだろう。いまや〈お茶の間の顔〉とまで評される彼らだからこそ、うん十万円のギャラを支払う価値がある、と捉えるべきだ。でも、煩いのは事実なわけで。


 騒々しさでいえば、私たちの味方、〈エセ池袋〉の異名を持つ、小江戸・川越にも大型モニターはあるし、自宅から数キロ離れた大型家電量販店も負けていないもんね!


 と、謎の対抗心を燃やしたところで都会の人口密度は圧倒的だ。道を歩けばすれ違う人と肩がぶつかりそうな距離感。私の場合は肩ではなく腕にぶつかるのだけれど。さすがに歩き煙草の火が目に入るほどの低さではないが、小学六年生が背の順で並び、「あの子、ちょっと背が高いね」と指をさす程度の低さではある。


 本当に、私の身長はこのまま止まってしまうのだろうか……バレーボールやバスケットなどの球技をすれば、多少の背丈は稼げるかな? 運動能力が著しくない私がそれらの部活に所属しても足を引っ張るだけ、と思い留まった。──それにしても。


 海外からの観光客は、近年で大きく跳ね上がったという。私が住んでいる埼玉のド田舎では滅多に見かけない──見かけても、中学・高校で外国語を教える教師の場合が多い──が、東京では純粋に観光を楽しんでいるアメリカ人や中国人が目立つ。勿論、それ以外の他国から遠方遥々足を運んできた外国人もいるのだろう。


 でも、海外の予備知識がほぼ皆無な私にとって、旅客の国籍を正しく判断するのは不可能だ。だから、アメリカ系、アジア系、アフリカ系と濁したほうが無難なのかもしれない。


 彼らは大きな旅行用トランクのローラーをごろごろと転がしながら、友人、或いは家族、恋人と楽しそうに歩いている。その姿を傍から見て、どうだ! という気分になった。日本の観光名所はマウントフジだけではないんだぞ、みたいな感覚。多分、アメリカに観光しにきた日本人を見たニューヨーカーも、「タイムズスクエアとセントラルパークだけが名所じゃないぜ?」と思っているに違いない。


 どの国にも素晴らしい名所はいくつもあって、誇れる部分がある。だけど、自国を愛せない者が他国を愛せるはずもない。


 他所の国を訪れて、「キミの住んでいる地域や国には、どんな素晴らしい場所があるんだい?」と問われたとき、答えられないようじゃお話にならないし。


 どんなに海外が素晴らしいといえど、それでも私は日本で気ままに暮らしたい……とか思いながら、二人の背中を見て黙々と歩いている。埼玉、東京だけでなく、アメリカ合衆国やお隣の韓国だって、夏の陽射しは体に堪えるものだ。


 私は額から流れ落ちそうな汗にハンカチを当て、サンシャイニングロードと呼ばれる街通りの天を仰いだ。ところどころに雲が見える白藍色の空。四方八方から訊こえてくる店内BGMの陽気なことか。あの角を曲がった先には美味しいと評判のラーメン屋があり、更に奥へ進むと怪しげな路地に出る。一介の小娘──というには後ろめたいけど──が立ち寄るべきではないような陰気臭い場所で。だけどそこでなにか事件があったわけでもなく、ただいくつかの大人専用時間貸しホテルがあるのみだ。私たちはその角を曲がらず、サンシャイニングロードをひた進んだ。





 * * *





 プラネタリウムまでの道のりは、水族館・プラネタリウム直通エレベータ待ちの長蛇の列によって阻まれた。人ゴミ……ではなくて、人混みに紛れながら、まだかまだかとエレベータを待つ。私たちの前にいるのは家族連れだった。退屈そうにしている子どもたちをあやす父親と母親は少々うんざりした顔で。


 お兄ちゃん、と呼ばれる少年は「まだ順番来ないの?」と連呼しているし、次男坊は「もう帰る」と駄々をこねている。それがかれこれ一〇分以上もすれば、親と言えど人間だ。「うるせー!」と激を飛ばしたい気分にもなるだろう。だけど優しい声で、「もうちょっとでトカゲさん見れるからね」と。──水族館のメインは魚なのでは?


 私たちがチケット売り場に到達したのは、それから三〇分ほど経過してからだった。十五時十五分から上映されるチケットを購入する予定ではあったけれど、既に満席になっていた。


「次の上映でいいんじゃない?」


 と、レンちゃん。その意見に同意し、楓ちゃんが受付のお姉さんに確認を取る。すると、ぎりぎり空いているとのことだった。私たちは三人並びの一般シート席を取った。


 上映まで一時間弱余った。その間、下の階にある雑貨屋などで時間を潰すことにした。


 図書券で雑貨を購入できる店。本来は〈本屋〉のはずだが、この店は雑貨が面積の大半を占めている。楓ちゃんはこの店に入ったことがなかったようで、少々混乱気味に、「ここは本当に本屋なのですか?」と首を傾げながら奇天烈な商品の数々を眺めていた。


 レンちゃんと楓ちゃんが楽しそうにしている傍、私はプラネタリウムのあとのことが気がかりで、とても浮かれた気分になれずにいる。下らない雑貨や珍しい漫画を見ても心を動かされることはなくて、楓ちゃんの図太さに関心するばかりだ。


 ──それは、するつもりです。


 私の質問にそう答えた楓ちゃんに、正気の沙汰じゃない、と思った。


 相手はこれからも行動を共にするであろうクラスメイトだ。いや、単純な告白ならばそれもある……と思える。だが然し、楓ちゃんが考える〈告白〉の意味合いは一般人のソレとは大きく異なっている。言うならば、プロポーズの意味合いに近い。


 楓ちゃんの夢を考えれば、やろとしていることは間違っていないと思うけれど、タイミングがズレている。ズレ過ぎていると言い換えてもいいくらいなのに強行する理由とは? このままでは二人とも、悲しい思いをするだけだ。


 一度はレンちゃんに託そうとも考えた私だったが、悲しい結末を事前に修正できるのは私しかいないことに気がついた。今日を楽しい思い出にするためには私が動かなきゃいけない、と──アメコミヒーローコーナーの前で決意を固め、楓ちゃんがいる売り場に赴いた。



 

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