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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
562/677

三百九〇時限目 プラネタリウム 2/7


「朝早くにごめん」


『いえ、お気になさらず』


「昨日の件はどうなったの?」


 単刀直入に切り出す。


 無駄話をする時間なら後で沢山あるはずだし、お互いに準備しなければならないものもある。着替え云々もそうだけど、心構えとか、覚悟とか……近況はそんなのばかりで、また頭が痛くなりそうだ。


 月ノ宮さんは『そうでしたね』と、静かな口調で呟いた。


『すみません。夜からずっとごたごたしていまして、優志さんに連絡するのをすっかり忘れていました』


 ごたごた──。


 一筋縄ではいかなかったようだ。カミングアウトして、なんの変化も見られないほうがおかしい。する側も、される側も、能天気に構えられる状況ではなかったはずだ。それこそ、怒号が飛び交っていても不思議じゃない。


 計画を進めたい月ノ宮氏と、縁談を破談にしたい月ノ宮さん。双方の言い分がぶつかれば、話し合いはさながら地獄絵図と化しただろう。その場に居合わせた給仕の方々を不憫に思った。


 数秒の沈黙──。


 閉じた唇が開く破裂音が訊こえた。


 そして、


『結論から申しますと、お父様との話し合いの時点では〝保留〟になりました』


「保留?」


『現状では判断でき兼ねる、ということです。会社はまだアメリカ進出するという情報を表に出しておらず、水面下の話し合いをしている最中でして……ただ、こちらから向こうの企業に話を振っての会談だったために、どう体裁を整えるかを決めなければならない。もしも白紙撤回をして、相手側から損害賠償請求をされては堪らない。だからこそ、お父様は私の件を〝保留〟としました』


 体裁を整えるという言葉の意味は決して悪い意味ではないのだが、どちらかというと悪いイメージが付き纏う。ニュアンスは『外聞を憚る』に近しいものを感じるのでそう捉えがちだ。だが、月ノ宮さんが敢えてこの言葉を流用したとあらば、話は別だ。


 然し、〈保留〉という言葉はどうも引っかかる。保留という判断を月ノ宮氏がしたということは、このまま先方との話し合いを進めるってことになるのでは? そうなると、縁談を断れない状況に追い込まれてしまう。月ノ宮さんが覚悟を決めてカミングアウトしたというのに、その覚悟が無駄になってしまっては元も子もない。


「月ノ宮さん」


『──わかっています』


 被せるようにして、僕の言葉を遮った。


『このままでは縁談を破談にできない……そう仰りたいのですよね? だからこそ、昨晩は〝ごたごたしていた〟のです』


 つまり。


「なにか手を打った」


 ええ、と頷く声。


 腹黒の本性がちらつく。


『私をだれだと思っているのですか。私は、月ノ宮家の娘ですよ?』


 自信に満ちた声だ。いや、自信というよりも、誇らしげ、か。月ノ宮さんらしくなってきたのは嬉しい限りだけれど、しおらしい月ノ宮さんも悪くなかった。


 どちらが取っ付きやすいかと問われると、勿論、前者である。前者ではあるが、儚げで、憂いのある瞳を地面に落としていた月ノ宮さんも捨て難い。


 後者のほうが普通の女子高生然としていた、と僕は思った。なんて失礼なことを思っているんだ、とも。──それはどうでもいい。


「どんな手を?」


 カミングアウトは奇策中の奇策だ。これ以上の手段はないように思えた。それとは別に、もう一つ手段を隠し持っていたとでもいうのだろうか。僕と会話しながら考えたのだろうか。それとも、帰りの電車の中で策を練ったのだろうか。どちらにせよ、この短期間に次の手を用意できるのは、さすがというほかにない。


 僕はスパイ映画を見ているようなわくわく感を抑えながら、月ノ宮さんの言葉を待った。


『縁談相手に直接カミングアウトしたのです』


 ──そんな大胆なことを!?


 月ノ宮氏が〈保留〉と採決を出したのに、その判決を無視して行動に移したのか。一歩間違えれば『損害賠償案件』になりかねない策だ。それこそ、鉄骨を命綱なしで向こう岸に渡るような、かなり危ない橋である。


「月ノ宮さんは英語がぺらぺらなんだね」


『今更ですか』


 と、呆れ声が訊こえた。


 たしかに今更な質問だし、間抜けな返しでもあった。


『私が本気を出せば、優志さんよりも舌が回るのです』


 猫を被れて、しかも二枚舌とくる。


 そりゃあ僕も敵わない。


「もう大丈夫なの?」


『はい。縁談相手の男性が、そういう理由ならば仕方がない、と私の要求を受け入れて下さいました』


 なんと器の大きい男だろうか。


 僕がその男性の立場で考えると、悔しさが先んじて承諾しかねるかもしれない。だって、相手は美少女だ。猫被りの二枚舌で、腹黒な策士という面を考慮してもお釣りがくるほどには可愛いらしい女子だ。


 でもそれは、僕が日本人だからということもあるだろう。


 いくら容姿が美しいといえども、国際結婚は文化の違いもあって大変難しいと訊く。物の考えかたであったり、宗教的な問題だったり。


 それらを受け入れてこその愛だ、と言うならば、それは真実の愛なのだろう。でも、そう簡単に決断できないのが国際結婚の困難なところだ。


 相手──この場合は月ノ宮さんになる──から、『私は同性に恋心を抱いています』といきなり伝えられて、「それでもアナタを愛しています」と言えるほどにお互いを理解していれば話は別だけれど。


 今回の縁談は急遽決まったような雰囲気を隠しきれていない。


 であるならば、相手の言葉を受け入れるのは自然な流れだが……。


 いや、待てよ。


 もしもこの話が〈商談〉ではなく、本当に〈縁談〉だったとしら、全体の見え方も随分と違ってくるのではないか。


 ──最初にこの話を持ちかけたのは他でもなく月ノ宮氏だ。


 月ノ宮氏は社会進出を常に目論んでいた。そんなとき、海外から一通のメールが月ノ宮氏に届く。その内容は『息子がアナタの娘さんの写真を見て一目惚れしてしまった。もしよかったらサマーバケーションを利用して、こちらに遊びにこないか』。


 こんな怪文章ではないにしろ、似たような内容が記載してあれば、この機会を好機と思い行動に移そうと試みるのもあり得ない話ではない。


 月ノ宮さんには『この縁談がまとまれば、我が社の世界進出計画が一歩前進する』と伝える。尊敬する父親からそう訊かされれば、月ノ宮さんは断れない。


 かなり最低なシナリオだけれど……。


 そうでなければ〈保留〉なんて判断ができるはずがない。


 社運がかかっている商談であれば、月ノ宮氏も血眼になるはずだ。


 だが、月ノ宮さんのカミングアウトで事態は急変する。


『私が好意を寄せている相手は女性なのです』


 娘から衝撃の事実を告げられて、月ノ宮氏は酷く動揺したのだろう。その瞬間を、月ノ宮さんは見逃さなかった。そして、こう思う。『この話には裏がある』と。


 未だに恋愛について鎖国的である日本と違って、アメリカ問わず海外は、同性間の恋愛について理解力があるように思える。縁談を持ちかけた企業の息子もそうだったのだろう。当人から赤裸々にカミングアウトされて感銘すら受けた息子氏は、『そういうことならば』と身を引いたのだ。


 とどのつまりこの件は、月ノ宮グループの世界進出がかかった一大案件なのではなく、月ノ宮さんへのラブコールがあって始まった案件だったとすると妙に納得できてしまう。


 僕は少々腹立たしく思いながらも、そんな推測をしていた。


「因みになんだけど」


『はい?』


「縁談を持ちかけた企業の息子さんは、どんなひとだったの?」


『そうですね……』


 と呟く。


 記憶を遡っている時間を黙って待つ。携帯端末越しから飛行機が飛ぶ音が聴こえてきて──。


『佐竹さんをもっと爽やかにした風体を想像して頂ければ、わかりやすいかと』


「ふむふむなるほど」


 ──よくわからん。



 

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・報告無し。

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