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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百八十九時限目 君子の三大原則


 月ノ宮さんが離れたのは、それから数五分くらい経過した頃だった。さすがに〈恋人繋ぎ〉がはずかしくなった様子で、横顔を見ると気まずそうに目を伏せて歩いている。きっと一人になったとき、「私はどうしてあんなことをしてしまったのでしょう!?」と、我に返って悶絶するに違いない。


 僕は「少々お戯れが過ぎましたな、お嬢様」なんて、老齢執事のセバスチャンのような心持ちになりながら……実はかなり動揺しているのだが、それを噯に出すわけにはいかない。


 腹黒美少女・月ノ宮さんが見せた少女らしい一面に、内心はどぎまぎしていた。だってあんなの反則だ、と思う。月ノ宮さんは僕を籠絡させるつもりだったのではないか? と疑うのは当然で。


 見た目だけを言えば、だれしもが認める奥ゆかしげな大和撫子である。艶やかな長い黒髪は、写真で見る銚子大滝のようだ。勢いよく振り向けば遠心力によって花が咲くように香りが広がり、品のある匂いに釣られて鼻を向けてしまうほどだ。


 学年でもトップクラスの美貌を持つ月ノ宮さんが気まぐれ猫のように甘えてくれば、そこら辺にいる男子諸君はイチコロだろう。


 だけど僕はそうならない。月ノ宮楓の〈裏の顔〉を、理解しているからだ。


 知っている、のと、理解している、のは、その意味合いが異なってくる。


 知っている、というのは認知の意味合いが強い。喩えば、明日の午後から雨が降る、という情報を天気予報で得ていたのは、『知っている』ということになる。


 一方で『理解する』というのは、『雨が降るプロセスを把握している』ということだ。低気圧がどうたらとか、梅雨前線が云々とか、そういった話。


 もっと簡単に言うならば、『知る』は〈行動〉であり、『理解』は〈思考〉といったところだろう……多分、知らないけど。


 そうはいっても、月ノ宮楓の全てを理解しているとは言い切れない。況してや、あんな行動に出るなんて夢想だにしないじゃあないか。


 月ノ宮さんのクールビューティー──とは言い難いけれど──なイメージが、ここ最近になってどんどん崩壊している。


 それも、僕のことを信頼してくれている証拠(あかし)、なのだろうか。





 * * *





 小さな公園を見つけて、僕らは示し合せることなくふらりと園内に入った。民家を二つ並べたくらいの敷地に、ブランコ、シーソー、滑り台が、横に並んで設置してある。


 シーソーなんて遊具を見るのはいつ以来だっただろうか。動くタイプの遊具は老朽化が進み、撤去される傾向にある。が、それは表向きの理由であり、本意は〈リスク回避〉にあるのだろう。


 誤った遊び方をした子どもが酷い怪我をする、というケースは後を絶たない。それゆえに危険だ、と思われる遊具はどんどん撤去され続けている。


 それは、子どもの身体能力の低下も起因しているようだ。テレビやゲーム、ネットの普及に伴って外で遊ぶ子どもは減少傾向にあるらしい。


 僕が住む町の公園では、公園内で携帯ゲームをしている子をよく見かけるけれど、外で遊ぶ子どもが減った原因のひとつに、〈防犯〉として外で遊ばせない家庭もあるのではないだろうか。


 そう考えると、この公園にシーソーがあるのは奇跡とも言える。見た目もそこまで風化していない。未だに現役で活躍しているシーソーに、僕は歴戦の勇者の風格を見た。


 野晒し状態になっているベンチを見つけた。背凭れには飲料メーカーの名前が白で記載されている。周囲にそのメーカーの自販機があるのかと思い確認してみたが、そもそも自販機が見当たらなかった。


「歩き疲れたので座りませんか?」


 直射日光がきついけれど、背に腹は変えられない。


 月ノ宮さんは赤色のベンチに座った。僕はその隣にある青いベンチに座る……お尻が熱い。「熱くないの?」と隣を見遣ると、月ノ宮さんはハンカチを敷いて座っていた。──さすがはお嬢様。


「どうして隣に座らないのですか」


「いやだって、暑いし」


 それだけではないけれど。


 昨日の今日ならぬいまのいまで、隣に座る勇気はない。


 君子は(ひとり)を慎む、というキミ子さんの有難い教えを、僕は真っ当することにした。君子豹変す、だ。更にはキミ子の代名詞とも言える、君子は危うきに近寄らず、である。これら三つを一つに纏めて、『キミ子の三大原則』と呼ぶ。


 そんな原則あって堪るものか。


 そもそも、キミ子ってだれだよ。


「それもそうですね」


 日当たり良好なベンチに座り、涼しげな顔でそう言った。この暑さでそんな顔ができるってことはおそらく、月ノ宮さんは『整う』までサウナを利用するタイプだ。ロウリュは絶対におかわりするまである……想像したら暑さに拍車がかかったみたいだ。


 そういえばここのところ、目的地を決めずに街をぶらつくことが多いな、と思った。徒然と歩いていると、一期一会もあるもので──レインさんとの約束はいつ果たそうか。夏休み中は無理そうだし、学校が始まってからにしよう。そうすると流星の機嫌が一層悪くなるけれど、それはそれでまた面白いかもしれない。


「なんだか楽しそうですね」


 くすりと笑う、月ノ宮さん。


「退屈はしてないよ」


「優志さんはいつも、ああえ言えばこう言う、なのですから」


 笑ったかと思えば、呆れ顔だった。


「月ノ宮さんはどうなの?」


「ええ、お陰様で。最近は常々塞ぎ込んでいましたが、いまは晴れ晴れとした気分です」


 へえ、と相槌を打った。


 会話が途切れると、なにか話さなきゃいけないような強迫観念に襲われる。話題を逸らすのは得意でも、話題を振るのは大の苦手だ。だけど、こうしてなにも考えず、見知らぬ街の公園で知らない風の匂いを嗅ぎながらゆったりとした時間を満喫する。ただただ友人と空を仰いでいる時間も悪くない。一つ文句があるとすれば、この公園を横切る通行人の多さ。一分間に二人は僕らの前を往き交いしている気がして、目のやり場に困る。


 そろそろいいんじゃないかな、と腰を持ち上げようとした──そのときだった。


「今回も優志さんに助けられました」


 と。


 持ち上げた腰を『坐り直す真似』で下ろす。一度離れてしまったせいか、深く座ると椅子の熱が再来した。


 お尻と太腿に伝わってくる熱を堪えながら、


「助けるもなにも、まだなにひとつ解決してないじゃん」


 僕は月ノ宮さんの真意をたしかめただけに過ぎない。


 それでも月ノ宮さんは、「いいえ」と頭を振った。


「お父様にカミングアウトしようと思います」


「カミングアウトって?」


「同性に恋しているということを、です」


「それは」


 たとえカミングアウトしても、月ノ宮氏の考えを変えなければ意味がない気がするけれど……いや、どうだろう。


 息子と絶縁した過去を持つ月ノ宮氏だ。娘も出て行ったら、と考えを改めるかもしれない。


 でもそれはあくまでも『可能性がある』という程度の希薄なもので、もっと別の方法を試したほうがいいのでは。


 だが然し、〈カミングアウト〉が全く意味を持たないということもないはずだ。動揺を誘うとか、虚を衝くとか、奇策じみているとはいえ、あらぬ方向から石を投げられて回避できる人間も多くないだろう。


 試す価値がないとも言い切れない、諸刃の剣戦法──。



 

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